7 ギルドの護衛

「荷物はそれだけ?」

「あ、俺、持つっすよ」


 カミーユがトールから紹介された護衛は二人。

 商業ギルドではあまり見かけない風体ふうていで、すぐに彼らが護衛だとわかった。

 がっちりとしたブーツを履き、腰のホルダーに収められている刃物も大きめだ。

 身体が特別大きいわけではない。でも、体幹がしっかりして、鍛えている感じがする。

 脱いだら凄そう。まずそんなことを思った。


 三十台後半ぐらいに見え、黒髪で、日に焼けた肌、鋭い目つきをしてる方がアルバン。

 もう一人の、明るい茶色でふわりとした髪をしたほうが、ジャック。

 ジャックは、カミーユと大差ない年齢のような気がする。

 こちらは対照的に、ニコリと愛想が良かった。


 三つの鞄の中で、持ち運び用オルガン調香台が一番重い。

 ジャックが手を伸ばしてくれたが、カミーユは丁寧に断った。

 大事な商売道具は自分で運ぶことにしている。

 変わりに着替えの入った方を預けた。


「船では食事が出ねえんだ。明日の夕刻には着くが、何か買って乗り込むほうがいい」

「どこがいいっすかね。いつもはジャーキーに、チーズとパン。酒のアテばかりっすからねえ」

「いつもんとこで、いいんじゃねえか?」


 紹介された時は畏まっていたが、カミーユが平民とわかってからは口調も砕けている。

 トールがニコニコと口を挟んだ。


「なにか買うなら、カミーユのお薦めを選ぶといい。大抵、安くってうまい。つまみも間違いがないよ」

「マジっすか」


 驚いたような二人にじっと見下ろされ、カミーユは得意げな笑みを浮かべた。




 ギルドは王都の中心、大変賑やかな場所にある。

 船着き場は少し南に歩くが、商業街を抜けていくので選択肢は多い。


「いつもは、おつまみを買うんですよね? お酒は黒ビールが好みですか? それに合わせたおつまみでいいでしょうか」

「ん? まあ、なんでも飲むが……?」


 ジャックが突っ込んだ。


「いや、アルバンさん、黒ビール好きっすよね。今日も飲んだじゃないっすか。俺、あれはちょっと甘くって……」

「馬鹿、あれがいいんだ。香ばしくて、コクがある。かみさんに、酒は一日二杯までって言われてるからな。なら酒精は強いのがいいだろ?」

「あれ、一杯までから昇格したっすか?」


 二人の言い合いに、カミーユはクスクスと笑い声を立てた。


「ペリーズの黒ビールは特に甘めだって言われてますよね。この時期はホットビールでしょ? シナモン振ってくれるし」

「今日は冷えたからな、あれがちょうど良くて―――。……なんで、ペリーズに行ったって知ってる?」


 アルバンがピタリと足を止めた。


「当たりました?」


 カミーユが楽しそうに、自分の鼻をツンツンと突く。


「ギルドで握手した時にシナモンが香りました。ジャックさんからは、ベーコンの煙と、多分それにかけられた、とろけて焦げ目の付いたチーズ。その組み合わせだったら、ペリーズだなって」

「すっげー!」


 カミーユが、しまったと言うように肩をすくめた。


「あっ、ごめんなさい。匂いを嗅ぐのは失礼だから止めなさいって、今日言われたばかりだった……」

「いや、すっげーっすよ。調香術師の鼻、ナメてた……!」


 ジャックが興奮し、アルバンはうんうんと頷いた。


「全くだ。驚いた。もしかして、『鼻』でうまいもんがわかるのか?」


 カミーユが苦笑した。


「いえ、さすがにそれは。香りは美味しく感じる大事な要素ですけど、味はそれだけで決まるものではないですし。でも、店はけっこういろいろな所を知っていますから、ドーンと任せてください!」


 胸をポンッと叩いた。


 高等学院の帰りに、あちらこちらの店で皿洗いをした。

 草花だけでなく、フルーツや野菜、肉に魚、自分の中にたくさんの香りの引き出しを作りたかった。

 どこも賄いやランチの残りを食べさせてくれたので、なかなかお得な勉強だったと思っている。


 ジャックが嬉しそうな声を上げた。


「俺、がっつり食べるっす。常に身体強化してるっすよ。だからいつも腹ペコで」

「常に身体強化⁉ えっ、それ、魔力大丈夫なんですか?」


 身体強化は魔力を身体に巡らせて使う。

 本来、戦闘などの必要な時にだけ、するものじゃないだろうか。

 カミーユは身体強化を使えないし、魔力量も多くないので、どれだけ大変なのか想像もつかない。


「魔力量だけは多いっす。訓練にちょうど良くて」

「わかりました。ええと、アルバンさんは?」

「俺はそうだな、量はいらない。うまいつまみが欲しい。ああ、船に積まれているビールはブロンドだ」


 アルバンがニッと笑ってウインクを寄越したが、それはなかなか堂に入ったものだった。







 彼女に会った時、きっと誰かに押し付けられたのだろうと思った。

 辺境に来たがる調香術師など、そうはいない。

 聞けばまだ学生で、胸に刺繍されたローザの蕾を引っ張って見せた。これが正規の調香術師となると、この花が開く。


 本当に辺境に連れて行って大丈夫なものかと、そう思っていたのだが―――。


 彼女の能力には心底驚いた。

 辺境には昨年まで、引退間際の調香術師がいたが、あんなことできただろうか。

 少し前に食べた物がわかるなんて、相当な腕なんじゃないか?


 そしてその能力は、生まれつきのものだけじゃなく、本人が努力を重ねて培ったものだった。



 


「よし。じゃあ、ルート的にまずチーズかな。とっておきをお伝えしましょう」

「とっておき! 期待しかねえ!」


 ジャックはカミーユに会ってから、どうも浮ついている気がする。

 いや、元からこんなだったか。


 調香術師に憧れる者は多い。

 深緑のマントの胸にローザを咲かせ、女神に捧げる香を作り出す。

 聖職の一つと言ってもいい。

 我々はそのおこぼれに預かっているだけだ。


 ただでさえ、カミーユは人目を引く容姿をしている。

 白い肌、整った顔立ち。唇はピンクでふっくらと、その髪は―――。

 ……ん、その、なんだ、秋のコキアみたいな色をしている。

 とにかく目立つ。


 その彼女は今、深緑のマントを翻して大通りから細い道へと曲がり、俺たちを先導している。

 この周辺は食堂や酒場が立ち並ぶ一角だ。

 昼のうちはいいが、夜に娘を立ち入らせたくはないだろう。


 案内された店は、店だと言われなければ、きっとわからなかった。

 看板はなく、扉も閉まっている。


「おじさーん。カミーユです。いるー?」


 そんなところへ、カミーユは扉を叩きながら入っていく。

 中も薄暗い。

 窓はあるが、鎧戸が半分閉められている。


「やってねえんじゃ……」

「やってるよ。……昼はまあ、こんな感じだ」


 奥から小柄なおやじが出て来た。


 薄暗さに慣れた目に、大きな樽が並んでいるのが見える。

 酒屋か、いや、夜には酒場になるのだろう。

 欲しいのは、酒ではなくつまみなのだが。


「なんだい、カミーユ、久しぶりじゃねえか。先生の酒か? この間届けたばっかだと思ったが……」

「ううん、そうじゃなくて。あ、やっぱり一本届けて欲しい。同じコルニャック。先生が気に入ったみたいなんだけど、なんかね、今日フルーツケーキに使われてた」

「うははっ。あれを使っちまうのかい。贅沢だなあ」


 会話を聞く限りは、やっぱり酒屋だ。


「んで、そちらさんは?」

「おいしいおつまみが欲しくて、案内してきたんだ。あの丸いの、ある?」


 おやじが嬉しそうに頷いた。


「ちと待ってろ。六か月か?」

「うーん、十八か月も欲しいかな」

「おう」


 おやじの姿が店の奥に消えると、カミーユがこちらを振り向いた。


「ここでおつまみに出してるチーズ、すっごくおいしくて、お薦めです。ビールで洗って熟成させてあるんです。おじさんがビールを作って、おじさんの妹がチーズ」

「へえ」

「そんなんあるっすか」


 どうやらここは醸造所直営の酒屋らしい。

 カミーユが頷いた。


「だから、ビールのおつまみにはぴったりなんですって」


 親父が木箱を抱えて戻って来た。


「こりゃすごい」


 黄色いボールのようなチーズがゴロゴロと入っている。

 小さいのは俺の握りこぶしぐらいだが、大きいのは子供の頭ぐらいありそうだ。

 おやじが一つを手に取って、ナイフを入れた。

 中は薄いクリーム色だ。


「うまいな……」

「うめえ!」


 薄く切られた一枚を口にして、思わず口からでた。

 外側は少し硬めだが、中は柔らかくねっとりとして、しっかり詰まっている感じだ。爽やかな感じがするのが、もしかしてビールか?


「でしょう? やった! ……これは六か月熟成のもの。口から鼻の方に香りを抜いてください。少しドライアプリコットとかピーチの香りがしませんか? ええと、おじさん、これはブロンドのビールに合うよね」

「ああ、間違いないな。ブロンドに、果実味のあるアンバーあたりが合うよ」


 カミーユが俺たちの方を向いて、どうだ、と言わんばかりの目で見てくる。

 自分も鼻に香りを抜いているのだろう。一切れ食べて、モグモグと口を動かしている。

 大きく頷いてやった。

 彼女の言ったドライアプリコットとやらはわからなかったが、うまいのは間違いない。


「いいな。できれば今夜食べる分だけじゃなくて、いくつか分けて欲しいが」

「あ、俺もっす」


 ふふふん、とカミーユの含んだ笑いが聞こえた。

 人差し指を一本立て、違うというように左右に振っている。


「まだまだ、ですよ。十八か月熟成も試してください。ナッティーで、最後にちょっとビターです。これ、黒ビールにいいと思うんですよ。あの香ばしい感じと、このナッツっぽさが合うんじゃないかなあ」


 十八か月熟成とやらの一切れを、おやじがナイフに載せて差し出した。


「ま、カミーユの言うことは確かだ。十八か月は少し癖があるから、好みだがよ」


 それも食べて、俺もジャックもすぐに購入を決めたことは間違いない。

 かみさんもこれは気に入るだろう。


 後で聞いたら、ビールは醸造と卸が主で、店は週の半分ぐらいしか開けないらしい。


 その後も、カミーユにはいくつかいい店を紹介してもらった。

 一月に一度ぐらいギルドの依頼で王都に来るが、毎回の楽しみになりそうだ。


 今日は夕食にミートパイが食べたい気分だったらしく、少し違うが、肉だけじゃなく、玉葱、きのこに、芋まで包んだパンを教えてもらった。

 ここのが一番どっしりと重くて食べ応えがあるだとか、あちらのジャーキーは甘辛いタレが絶妙で肉が柔らかいだとか、次から次へとお薦めが出て来た。


 終いには、俺たち三人とも両手に持ちきれないほど買い込み、船へと向かうことになった。

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