第18話 魔紋、スライムマンvsヤリサーメン

「そんじゃ、やるとするか」


 そう呟いた来夢は、身体からバチバチと放電しながら、女達ではなく、リーダーらしき男へ向かって、ゆっくりと歩きだした。


「なッ!? くっ、お前らやれ!!」


 敵対宣言を受けたリーダーらしき男が、顔を引き攣らせながら、大声で叫ぶ。


「オラァ!!」「くらえ!!」「死ねぇ!!」「ウェーイ! ヒャッハー!」


 その叫び声に応じて、来夢を囲んでいた男達が、一斉に襲いかかった。


 グニョン!


 しかし、鉄の棒や小型の斧などが、頭部や背中などに直撃しても、来夢は小揺るぎもしなかった。


「「「ッ!?」」」


 男達は、まるでタイヤでも叩いたような手応えに驚愕する同時に、目を疑った。

 直撃した攻撃の全てが、来夢の身体にめり込んでいるのだ。


「おいおい、いきなり容赦ねぇな……。

 まぁ、そんなモンは効かねぇんだが──殺す気できたなら、俺も手加減しねぇぜ。

 取り敢えず、物騒なモンは没収だ」


 来夢は、確実に殺すつもりで襲ってきた男達に少し驚きながらも、何の痛痒も感じていない様子で告げた。


 ズブブ。


 それどころか、男達が手にしていた殺傷性のあるキャンプ用品が、スライム化した身体の中へと呑み込まれていく。


「な、何だ!?」「斧が抜けねぇ!」「ぬがぁッ!?」「ヒャハ?」


「そんでもって、痺れろ!! 〈ライトニングスタン〉!!」


 バチン!


「「「ぐあッ!?」」」


 更に、円状に放射された〈ライトニングスタン〉の衝撃で、男達は感電しながら吹き飛ばされた。


「なッ!? 何だよ、ソレは!?

 ……まさか、魔法なのか!?」


「さて、どうだろうな?」


 驚愕するリーダーらしき男を観察しながら、来夢が首を傾げる。


「……それだけ派手にやって、まだ惚けるんだね。

 スライムマン、僕は他の魔法を見たことがあるんだ。

 上がやらかした時に、ヴォイドの幹部が粛正に来てね……一瞬で氷漬けにされて、バラバラに砕かれていたよ。

 アレが氷の魔法なら、ソレは雷の魔法ってことだろう?」


「ヴォイドの幹部が氷の魔法ね……。やっぱり魔法使いとかもいるのかよ」


「あぁ、やっぱり貴方は、ヴォイドから情報を集めるように言われている、ユグドラシルとかいう組織のエージェントだね?

 魔法を使う政府の秘密組織なんて、本当にあるとは思ってなかったよ」


「おいおい、どういうことだよ?

 お前さん、何だか凄え情報通じゃねぇか」


「こう見えても、僕はグループの幹部候補なんだよ。

 ヴォイドの情報も少しは持ってるし──切り札だってあるのさ」


 そう告げたリーダーらしき男は、いつの間にか手に持っていたボールペンのようなモノを首に押し当てた。


 プシュ!


 そして、空気が吹き出す音と共に、ボールペンのようなモノ──アンプル注射器の中身が、リーダーらしき男へと注がれた。


「くくく、運が悪かったね。

 僕は戦闘部門の幹部候補だから、コレを特別に与えられているんだ。

 知っているかもしれないけど、コレは売り物の女に使う劣化品じゃない、ヴォイドの戦闘員が使う本物の魔薬だよ。

 つまり……ああッ! キたぁああ!!」


 ドクン!


 リーダーらしき男の顔を含めた全身に、女達よりも荒々しい、濃い紫色の紋様が浮き出ると、体表が変化し始める。

 ボコボコと泡立った肌が、赤色に染まりながら、紋様に沿ってコブのように盛り上がっていく。

 その過程は、まるで禍々しい化け物が、人間の肉体を突き破っているようだった。


「なるほど、切り札ね……」


 来夢は変貌していく様子を観察しながら、興味深そうに呟いた。


「うああああアアァァァァ!!!!」


 十秒程度で変化を終わらせると、リーダーらしき男が、吠えるように叫ぶ。


 その叫び声には、魔力が込められており、物理的な圧力を伴って、周囲の固定されていないキャンプ用品を吹き飛ばした。


「ハァ、ハァ……。お待たせしたかナ?

 全く妨害しないなんて、やっぱり情報を得ることが目的みたいだネ」


 魔薬による変化を終えたリーダーらしき男が、ジッと立っていた来夢へ尋ねた。


 その変化した姿は、紋様が浮かんでいなかった部分に、人間の身体を残しているが、紋様に沿って盛り上がった赤色の身体で一回り大きくなっており、紫色の紋様が妖しく輝いて、生物的でありながら、パワードスーツを装着しているようにも見えた。


 また、リーダーらしき男の顔は、魔紋に沿って盛り上がったことで、鬼の仮面を被ったように変化している。

 その額からは、小さな二本の角も生えているため、魔薬による変化の結果、リーダーらしき男は、赤い鬼人とでも呼ぶべき姿となっていた。


「まぁ、そうだな。ヴォイドの戦闘員とやらが使うんだろ?

 お前さんがペラペラ説明してくれたから、これからやり合う相手の戦力を知りたくなっちまったよ」


「ククク、それは説明した甲斐があったヨ」


「俺を始末すれば、問題ねぇってか?」


「アァ、そうサ。となったこの姿を見たなら、貴方程度のチカラでは敵わないと分かるだロ?

 魔薬によって、オーガとかいう鬼の魔紋を手に入れた僕は、オーガ魔人になったんダ。

 ヴォイドから与えられたこの圧倒的なチカラがあれば、手品みたいな魔法に、負ける筈がなイ」


 ドゴォッ!


 自称、オーガ魔人となった男が、右足を強く踏み下ろすと、地面がヒビ割れて、小さなクレーターができていた。


 ドヤ顔でチカラを誇示するオーガ魔人を、来夢は冷静に分析していく。


(筋力だけじゃねぇ、身体の紋様に魔力が流れてやがるな。

 紋様に沿ってモンスター化することが、魔人化だとすれば、魔薬は、魔法の薬じゃなくて、魔紋の薬ってことなのか?

 魔人……魔造人間と似ているよなぁ)


「取り敢えず、殴ってみるか。

 雷速でいくぜ!! 〈スライムライトニング〉!!」


「これで分か──グベッ!?」


 グシャッ!!


 改めて〈スライムライトニング〉を発動し直した来夢は、また何かを言おうとしていたオーガ魔人の顔面を思い切り殴って、キャンプ場の中心部から外へと吹き飛ばした。


 強力なライトが付けられたキャンプ場の中心部から離れて、闇が深くなる中を、オーガ魔人がゴロゴロと転がっていく。


「手応えはあったか? ──ぐッ!?」


 ドガッ!!


 来夢は、吹き飛んだオーガ魔人を追いかけようとしたが、高速で近づいてきた存在に、逆方向へと殴り飛ばされた。


「いきなり、痛いじゃないカ!?

 お返しをしなきゃネ!!」 


 来夢を殴ったのは、吹き飛んだ筈のオーガ魔人だった。


 殴られて吹き飛んだ直後に、体勢を立て直したオーガ魔人は、突進するように来夢へカウンターの拳を叩き込んだのである。


 その凄まじいまでの瞬発力は、全身を覆っている真っ赤な鬼の筋肉が、魔紋から噴き出ている魔力を纏うことで、強化された結果だった。


 ギラギラと狂気を帯びた眼を輝かせて、オーガ魔人が叫ぶ。


「もう一発、くらエ!!」


 ズドウッ!!


「うおッ!?」


 カウンターでガードごと殴り飛ばされた来夢に、高速で追いついたオーガ魔人の追撃である蹴りが炸裂したことで、更に飛ばされていく。


(かなりの威力だが、打撃なら問題ねぇか。

 ……いや、ごっそりと魔力が減った?

 どういうことだ? オーガ魔人とやらの攻撃が原因なら──もしかして、魔力が込められた攻撃は、魔力抵抗しねぇと、スライムの身体でもヤバいのか!?)


 キャンプ場の端まで吹き飛ばされながら、オーガ魔人による攻撃によるダメージを確認した来夢は、スライムの身体が打撃を無効化できなくなる可能性に気づいた。


「なるほど、攻撃の無効化なんて強すぎると思ってたぜ。

 早めに気づけてラッキーだったな。

 ここからは、丁寧に避けながら戦って、あの自称魔人をぶっ飛ばしてやるよ」


 己の優位性が揺らいでも、スライムマンとなった来夢に恐怖はない。

 ただ打開策を探し、戦意を高めながら、キャンプ場の端に設置された僅かな灯りが照らす中で、悠然と歩いてくるオーガ魔人を睨みつけるのだった。


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