第17話 誰何、通りすがりのスライムマン!!

「「「かんぱ〜い!!」」」


 山中に若い男女の声が響き渡る。


 とある夏の夕暮れ刻、都市部からのアクセスが不便なため、無人であることも多いキャンプ場に、珍しく大型のテントが二つも張られていた。

 テントの近くには、キャンプ用品を積載した二台のワゴン車も乗り入れられており、バッテリーに繋がれた大型ライトによって、太陽が沈み始めたにも関わらず、明るさが確保されている。


 そして、ライトに照らされた中心部では、ワゴンから流れてくる流行曲とバーベキューで肉が焼ける音をBGMにして、賑やかな宴会が行われていた。


 大学生のグループが、他に利用者がいないキャンプ場を独占して騒いでいるのだ。


 男五人、女三人で構成された彼らは、キャンプ場と同じ県内に存在する地方私立大学のテニスサークルに所属している。

 現在は、サークルの新メンバーである女性達を歓迎するという名目で、夏のキャンプ合宿を開催していた。


「俺らの奢りだから、じゃんじゃん食べて、飲んじゃってよ!」

「あ、ありがとうございます……」

「そうそう、めっちゃ買い込んだから、飲んじゃえ! 飲んじゃえ!」

「もう、酔わせてどうするつもり?」

「ウェーイ! 一気しま〜す!」

「がはは! 俺も飲むぜぇ、勝負だぁ!!」

「お、いいね。あぁ、そうだ!

 ねぇ、勝った方に君がキスしてあげてよ」

「えー? もう、ほっぺならいいわよ!」


「「「おお!!」」」


 男達が終始盛り上げながら、女達の警戒心を緩ませて酒を飲ませていく。

 グループのリーダーらしき男は、穏やかな口調に反した、獲物を狙う蛇のような目で、状況を観察しながら収穫のタイミングを伺っていた。


 そうして、夜更けになるまで続いたキャンプ場の騒ぎは、決定的に雰囲気が怪しくなっていった。


 巫山戯るフリをした男達が、酒に酔った女達の身体を、強引に弄り始めたのだ。


「や、やめて下さい!?」

「ちょっとッ!? 何する気よ!!」

「どこ触ってるの!? 離して!!」


 朦朧としながらも抵抗する女三人の叫び声が、夜のキャンプ場に響く。


 しかし、男達はニヤけるだけで、管理者などが助けに来るような気配はない。


「何って、ナニするに決まってるだろ?」

「あぁ、解放感溢れる自然の中なんだ。

 俺達と一緒にもっと色々と解放して、楽しもうぜ!!」

「このために管理者不在の過疎ってるキャンプ場を選んでるから、叫ぶだけ無駄だよ?

 それより、たっぷり楽しんでよ。

 あ、自然と一緒にしっかり撮影もしてあげるからね!」

「ぐふふ、今年はかなりの当たりだなぁ」

「ウェイ! ウェイ! メインイベントの始まりで〜す!

 さぁ、盛り上がってイキましょう!!」


 残忍な本性を露わにした男達は、女達を拘束すると、ワゴンの中から撮影用の機材を用意し始める。


「ハァ、ハァ、家に帰して……」

「クソ! 絶対、警察に通報するわよ!」

「な、なんか、気持ち悪い……」


「あれ? そういえば、上から新しいクスリの効果を確かめとけって言われてたろ?」

「おぉ、前のでも凄かったのに、今度のはかなりヤバいって噂だな」

「ちゃんと、新しい淫魔薬をあの娘達が飲んだ酒に混ぜておいたよ。

 そろそろ馴染んで効果が出始めるんじゃないかな?」

「ぐへへ、淫魔ちゃん達との遊びは楽しいからなぁ」

「ウェーイ! 撮影準備もバッチリオッケーで〜す!」


「あ、魔紋が浮き出てきたよ」


 リーダーらしき男がそう告げると、拘束された女達の身体に、紫色の妖しげな紋様が薄っすらと浮かび始めた。


「ハァ、ハァ、身体が……熱い」

「ウゥ、何なの……? 頭が……」

「苦しい……誰か、助けて!」


 紋様が浮かんだ女達が、苦しそうに呻く。


「おぉ、淫紋キター!!」

「あれ? 身体つきが変わってねぇぜ。

 量が少なかったんじゃねぇか?」

「最初から多すぎると、発狂するかもしれないからね。

 何度かに分けて馴染ませるんだよ。

 三日は遊ぶんだから、初日で壊すのもつまらないだろう?」

「ぐふふ。段々とボン、キュ、ボンの淫魔スタイルになっていくのも面白いぜぇ」


 女達の様子を嬉々として眺める男達の背後から、ニュルリと質問が捩じ込まれる。


「あむっ。なんかヤバそうだけど、こんなことして警察にバレねぇのかよ?」


「ウェーイ! 魔薬の使用は合法で〜す!

 なぜなら、魔法は証拠にできないから〜!

 だから、俺達も捕まりませ〜ん!」


「あぁ、なるほど。魔法の薬で魔薬って名前なのか……。

 ──ゴクゴクッ、ぷはぁ。

 え? 巷でこんなん出回ってるのかよ?」


「ウェイ、ウェイ、俺達の上はヴォイドと繋がってるから特別で〜す」

「ヴォイド様々だよな? 正直、魔法とか意味分かんねぇけど……」

「探ったらヤバいって話だけど、金も女も手に入るんだから、どうでもいいだろ?」

「ぐふふ、淫魔ちゃん達は気持ちいいし、壊れたら処分してくれるし、最高だぜぇ」


「あぐあぐ……ヴォイドねぇ? 魔王軍の下部組織か?

 つまり、人間にも協力者がいるってことかよ……世知辛いぜ」


「魔王軍? 何を言って……誰だッ!?」


 リーダーらしき男が慌てて振り返ると、彼らのすぐ後ろで、腰蓑だけの大男がバーベキューセットを使って、勝手に肉と酒を貪っていた。


「──ゴクンッ。

 ん? 余ってた肉と酒を頂いてるぜ。

 やっぱり口から食べるってのは、満足感が違うよな……味覚だけ人間化できたのもありがたいね」


 大男の顔は、口元以外が醜悪な老人のような木製の仮面で覆われている。


「「「うおッ!?」」」

「ボケっとするな! 全員で囲め!!」


 残りの男達も、突然現れた余りにも怪しい不審者の姿に驚愕するが、リーダーらしき男の指示で、即座に警戒しながら大男を囲み始める。


「なッ!? なんだテメェ!?」

「おい、何を勝手に食ってやがる!!」

「なんだぁ!? 急に変態野郎が出てきやがって!!」

「ウェーイ! 腰蓑とかイカれてる〜!」


「…………それで、貴方は誰なのかな?」


 リーダーらしき男は、キャンプ用品を武器代わりに持った仲間達が大男を囲んだことを確認すると、表情に余裕を取り戻しながら、大男に質問した。


「俺か? 俺のことは、とでも呼んでくれ」


「スライム? ……格好といい、名前も巫山戯てるね。

 まぁ、いいさ。兎に角、このキャンプ場は僕達が使用中だから、スライムマンには黙って消えてもらえると嬉しいんだけど」


 スライムマンと名乗った異様な大男──来夢の危険性を、鋭敏に感じ取ったリーダーらしき男は、仲間を手振りで抑えながら、穏やかな口調で告げた。


「まぁ、そうだろうな。

 ついさっきまでは、俺もそのつもりだったんだぜ?

 なにせ、俺はただの通りすがりだし、正義の味方ってワケでもねぇからよ。

 だが、その娘さん達からは魔力を感じるんだよなぁ……魔薬とヴォイドだっけ?

 どうにも、気になるぜ。魔王軍と関わりがありそうじゃねぇか」


「魔力を感じる? ……魔王軍なんて、僕は知らないな。

 ヴォイドだって、僕らのグループでは、最上位の幹部だけが繋がってるのさ」


「そうか……知らねぇなら、仕方ねぇぜ」


「あぁ、悪いね。何なら、彼女達を連れて行ってくれても構わないよ」


 そう言って、リーダーらしき男は、来夢の正面を避けるように身を引くと、拘束された女達への道を開けた。


「「「なッ!?」」」


 来夢との敵対を避けだしたリーダーらしき男に、仲間の男達が非難の目を向ける。


「確かに魔薬とやらのことは、詳しく知りてぇからな。

 そんじゃ、ありがたく連れてくか……」


 その様子を横目に、リーダーらしき男へ頷いた来夢が、身体に魔力を帯びた紋様を浮かべながら、意識を朦朧とさせている女達の方向へ歩きだすと、


 バチバチッ!!


 一歩を踏み出した来夢の身体から放電音と共に雷光が飛び散った。


「ッ!? 何だい? ソレは……」


「……うーん、よく考えたら、俺は魔王軍の敵になるって決めたんだよなぁ。

 なら、正義の味方のつもりはねぇが、魔王軍の──悪の敵には違いねぇ。

 つまり、魔王軍と協力してる悪の組織も、その手下も、その手下の手下も、全部が敵ってことになるワケだ。

 どうやら、お前さん達は、末端の末端っぽいが、敵には違いねぇからな……取り敢えず、ぶっ飛ばしておくぜ」


 そして、ニヤリと笑みを浮かべた来夢は、リーダーらしき男に向かって、気軽な口調で敵対を宣言するのだった。

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