第16話 出発、スライムマンはシルフとニアミスする!!
「なるほど。〈スライムスイッチ〉で変化させると、取り込んだ魔法陣の輝きで、薄い紫色に染まるのか。
それで転移が発動する時だけは、ボックスに合わせて大きくなりながら、表面に魔法陣が浮き出るワケだな」
完全スライム化させたスイッチでも、〈スライムボックス〉を発動できることを確かめてから、来夢は頷いた。
「よし、スイッチとしても問題ねぇなら、棍棒の状態より、自由に動かせるスライムの方がいいよな。
あ、折角だから、スライム版スイッチは、ライチと呼ぶことにしよう。
来夢とライチ……相棒感マシマシだぜ」
そう言って、手の平サイズのライチを揉んだり、指で突いたりし始めた来夢、十分以上も夢中になった後で、我に返った。
「ハッ!? ヤバいな……永遠とプニプニして遊んでいたくなるぜ。
こんなにスライムって可愛いのかよ?」
プニプニ、ポヨポヨとした薄紫色の葛饅頭にも似た小型スライムを指先で弄びながら、来夢は呟いた。
「ちょっと待てよ? 俺はスライムマンなワケで、この触り心地抜群のポヨポヨも、間違いなく俺の一部なんだ……。
つまり、俺はマッチョなタフガイでありながら、キュートな癒し系ってことか?
──スライムマンのポテンシャルは、底知れねぇぜ。……あれ? もしかして、俺は魔王軍に感謝しなけりゃいけねぇのか!?」
ライチで遊んでいる内に、頭がポヨポヨになってきた来夢は、決めたばかりの魔王軍と戦う覚悟すら、若干柔らかくなり始めたが、すぐに首を振って正気へ戻る。
「いやいや、人体実験されて感謝とか、あり得ねぇから!?
幾ら凄えチカラが手に入っても、ソレはソレ、コレはコレだぜ──というか、感謝はスライムさんにするべきだよな!
よし、初志貫徹だ! 魔王軍の邪魔をしまくってやるぜ!!」
気を取り直した来夢は、ライチを左肩に乗せると、魔造樹の痕跡が失われた広場を見回した。
「ふぅ、この場でやり残したことは、もう無さそうだな。
このままじゃ、魔王軍を忘れて、延々とライチを突っつくだけの人生を送りそうだし、さっさと出発するか……」
そう言ってから、来夢はサバイバル生活の拠点だった広場を出ると、一度だけ振り向いてから、人里に向けて走り始めた。
来夢が出発してから数時間後、広場から二つ離れた山の上空に、一人の少女が浮かんでいた。
その少女は、モデルのようにスレンダーな体型を覆う、緑色を基調としたまるで高校のセーラー服と一体化したようなデザインの機械鎧を着ており、鎧の背中に展開された機械翼から、エメラルドグリーンの微粒子が噴き出している。
「もしも〜し、こちらシルフ
何かクレーターっぽいのは見つけたけど、全然ダンジョンやモンスターっぽい魔力反応がないで〜す。
ボク、座標間違えちゃったかな?」
活発そうな印象を受ける整った顔に笑顔を浮かべた機械鎧の少女は、特徴的な緑色のメッシュが入った髪を風に躍らせながら、視界に
『いえ、小規模の転移反応が確認されたエリア内で、監視衛星が火災らしき煙を確認した座標は、その地点で間違いありません。
シルフⅨは、直ちに地上へ降下後、エレメンタルギアのセンサーを使用。
魔素濃度を測定しつつ、魔力痕跡を探索して下さい』
「うげぇッ!? このクソ暑い日差しの中を飛んで来たんだよ!?
なのに、次は山の中を歩き回れなんて、か弱い女の子に酷すぎるでしょ?」
報告を聞いたオペレーターらしき制服を着た女性が要請すると、機械鎧の少女──シルフⅨは、あからさまに不機嫌そうな返事をした。
『大丈夫です。エレメンタルギアが常時展開しているエーテルフィールドが有れば、炎天下の日差しでも日焼け一つしませんよ』
「うぅ、まぁ、暑くはないけどさ……ボクだって、精神的に疲れるんだよ?」
『アストラルリンク及びエーテルドライブの稼働率は、共に許容範囲内です』
「ぶーッ!! 分かったよ!
ボクが行けばいいんでしょ!?
絶対、機関を未成年の違法労働で訴えてやるからね!!」
『残念ながら、我らがユグドラシルは超法規的組織なので、構成員が国家権力に訴えることは不可能です。
私達エルフやドワーフ達だって労組もないんですよ……』
「……ワ〜イ、労働ハ楽シイナ〜」
哀しげに俯きながら、先端が尖った長い耳をピクピクと動かすオペレーターに、遠い目となったシルフⅨが、クレーターから少し離れた場所へと降下を開始する。
「よっと、このクレーター辺りに手掛かりがあれば、楽なんだけど……」
降下速度に反してスタッと、軽やかに山中へと降り立ったシルフⅨは、機械鎧──エレメンタルギア{以降、ギア}から展開していた機械翼を畳むと、視界に映るセンサーの表示を確認した。
「ふ〜ん、周囲の魔素濃度はLv5かぁ……Lv5ッ!?
異界化してるダンジョンでもないのに、高すぎでしょ!?」
『シルフⅨ、そのエリアにおける魔素濃度は、最高でもLv3の筈です。
魔素濃度によるマナラインの阻害は軽微ですが、上昇原因の究明が必要です。
至急、魔力痕跡を探索して下さい』
「了解だよ。──お、あった。
魔力痕跡の波長データを送るね」
『データベース照合。
波長パターンが酷似するモンスターは、ゴブリンですね』
「またゴブリンなの? ……いい加減、飽きてきたよね〜」
『ゴブリン以外の痕跡はどうですか?』
オペレーターの質問に、周囲を確認したシルフⅨは、焦げた枝や不自然に短くなっている雑草を見つけた。
「ちょっと待ってね〜。おぉ? 何か木が燃えたっぽい跡があるじゃん!?
どれどれ、魔力痕跡はあるのかなぁ?
──ん? 何も感知されないね」
『画像から解析した結果、発火したのはごく最近です。
魔力痕跡がないのなら、魔法ではなく自然発火ということになりますね』
「自然発火ね〜? ゴブリンが松明でも持ってたのかな?
まぁ、いいや。それよりも、本命のクレーターを覗いてみま〜す」
そう告げたシルフⅨが、大きく抉れたクレーターを確認する。
「うわッ!? ……色なしのスライム?
あれ? モンスターの魔力反応は……反応なしッ!?
ちょっと〜、オペさんどういうこと?」
『データベース照合。
恐らくですが、スライムの原種です』
「原種? 強いってこと?」
油断なくスライムを観察しながら、オペレーターに質問したシルフⅨは、ギアの機械翼を展開することで、周囲にエメラルドグリーンの粒子を纏い始めた。
『いえ、原種スライムは推定Lv0ですね』
「はぁ? Lv0なんてあるの?」
『原種スライムは、モンスターというよりも魔界の自然環境を構成する一部と考えられています。
ただ、人界に対する影響という意味では、かなり有害ですね。
初代魔王が精霊界から
つまり、自然のエネルギーから、
……まぁ、原子力発電所と、手回し発電機よりも差はありますが。
それとセンサーで魔力反応や痕跡が見つからなかったのも、魔力波長がほぼ魔素と同じだからでしょう。
魔族やモンスターなら探知できるかもしれませんが、エーテルセンサーを元にした装備では、魔力波長の感度不足ですね』
「え〜と、何かよく分からないけど、魔素濃度の原因はコイツでいいってこと?」
『まだ、断定はできません。
しかし、一定以上の魔素濃度があれば、魔石を粉々にすることで、スライムを発生させることができます。
何かしらの実験で原種のスライムを発生させた可能性は高いですね』
「ふ〜ん。捕獲とか必要な感じ?」
『ちょっと待って下さい。
……いえ、必要ないそうです』
「ま、データベースに詳しい情報があったんだから、とっくに調査済みだよね〜。
それじゃあ、ホイっとな」
そう言って、シルフⅨが片手をスライムに向けると、腕部全体を籠手のように覆っていたギアが、ガシャガシャとライフル型に変形していく。
「取り敢えず、一発当ててみるよ」
そして、ライフルへの
ドシュウ!
という発砲音と共に、エメラルドグリーンに輝く、圧縮された風の霊力弾──ウインドバレットが、スライムを貫き跡形もなく消滅させる。
「ほえ? 出力最弱だよ?」
『Lv0。理論上、魔界最弱ですから』
「あ〜、Lv0って本当に弱いんだね。
それじゃあ、ボクは帰ってもいいかな?」
『いえ、引き続き付近で、魔力痕跡の探索をお願いします』
「……ですよね〜」
その後、探索を継続したシルフ09は、大型のゴブリンが存在したと思われる足跡や、僅かな魔力痕跡を追うことで、山を越えた先に魔素濃度が若干高い広場を発見した。
しかし、日が沈むまで行われた探索でも、転移反応に関する詳しい事実までは、明らかにならなかった。
疲れ果てたシルフⅨは、半泣きで愚痴りながら、《対魔界特別対策機関ユグドラシル》の本部へと帰還するのだった。
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