第15話 収納、スライムマン式アイテムボックス!!

 改めて目標を定めたスライムマンこと、来夢だったが、魔王軍と戦うための先行きは、余りにも不透明だった。


「……さて、これからどうするべきだ?

 魔王軍との敵対を、タスク⑩の行動指針とするなら、⑨中、長期的な目標として、魔王軍に対抗するためのチカラを手に入れる必要があるってことだよな?

 ……だとすると、一番現実的なのは、警察とか自衛隊みたいな組織の協力を得ることなんだろうが、そもそも国とかは魔王軍を把握してんのか?

 あ、精霊界とかいう連中は、俺達の……いや、人間の味方っぽいんだっけ?」


 カイゾーンが警戒しているらしい、精霊界という勢力が、人間の味方である可能性が高いと考えた来夢だったが、己の正体を踏まえると、来夢の味方となるかは、微妙な状況であることに気づいてしまった。


「うーん、俺の立場って、魔王軍の脱走兵とかに近いのか?

 魔造人間とか扱いに困るなんてレベルじゃねぇだろうし、魔王軍に対抗する勢力がいても、俺の味方とは限らねぇよなぁ……。

 自宅に戻れたら、普通に社会復帰するつもりだったが、ちょっと立ち回りを考えねぇと、かなり厄介かもしれねぇぞ」


 今後の方針に悩みながらも、来夢はヒビ割れた切り株に近づいていく。

 ゴブリン達の"記憶"が正しいのならば、魔造樹と呼ばれていたこの大木は、魔王軍の施設と繋がっていた可能性が高いのだ。


「まぁ、今後のことは、人里に戻りながら考えるとして、今はさっさとコレの始末をするべきだな」


 そう言って、〈スライムヒート〉を発動した来夢は、バキバキと切り株を端から殴り砕いて、全て吸収し始めるのだった。


「少し思い入れがあったからって、残しておいたのは失敗だったか……いや、ゴブリンが来たのは、寧ろ幸運だったよな?」


 スライム時代を含めて、かなりの期間を共に過ごした大木の痕跡が消えていく。


「どういう技術かは分からねぇが、ほぼ間違いなく、俺もこの魔造樹とやらで、この場所に送られて来たんだ。

 事情をしっかり把握できたからこそ、きっちりとコレを食べ尽くして、気持ちよく出発することができるってモンだぜ」


 来夢が魔造樹の大木であった切り株を砕いて、根っこも含めて吸収していく速度は、魔造ゴブリン達を吸収したことによる【レベルアップ】で、更に早まっており、殆ど止まることなく削られていった切り株は、五分程度でほぼ呑み込まれていった。


「最後は根っこ付近で見つけた割れている魔石か……。

 魔造樹の幹にも魔石があったよな?

 擬態とモヤモヤの感知能力で一個、転移で一個ってことか? 或いは、バックアップ的な機能でもあるのかね?」


 来夢は疑問を感じながらも、魔造樹に存在した二つ目の魔石を吸収する。

 割れた魔石の魔力抵抗は僅かだった。


 それから、【スキルコピー】によって得られた技能を確かめると、魔力で描かれた特定の陣を形成できることが分かった。


「うおッ!? コレは……マジで転移の魔法陣ってヤツかよ!?」


 早速、来夢は魔法陣を地面に形成しようとするが、手応えを感じられず、全く発動させることができない。


「……あ、そう言えば、俺って魔力操作とかできねぇわ。

 転移は無理かぁ……ん? もしかして、スライム化した状態なら、身体強化みたいに魔力を動かせるのか?」


 ふと、思いついた来夢が、左手に〈スライムハンド〉を発動してから、魔法陣を描こうとすると、蠢いた手の平に魔法陣のカタチをした透明なラインが形成される。

 ただし、魔法陣は半円だった。


「あん? 半分? ……そうか、魔石が割れてたからな。

 んじゃ、もう半分も描こうとすれば……お、ちゃんと魔法陣になったな」


 再び、来夢の手の平が蠢くと、真円となった魔法陣が完成する。

 その陣は非常に複雑な図形や術式が未知の言語で表記されていた。


 しかし、完成した魔法陣に変化はなく、何かの効果が発動することはなかった。


「で? っていう……"記憶"が見れないせいか、発動方法がイマイチ分からねぇな。

 いや、よく考えたら、発動させると何処に転移するんだ?

 下手したら、魔王軍の施設に……コレ、めっちゃ危なくねぇか?

 ……封印だな。よし、解除、できない?

 おいおい、制御できねぇのかよ!?」


 【トランスフォーム】を応用して描かれた魔法陣を解除できず、驚き焦る来夢だったが、状況は更に悪化する。


「うおッ!? 勝手に魔力が集まって、紫色に光ってる?

 それに魔力の勢いが止まんねぇ……ヤバいぞ、この勢いじゃすぐに枯渇しちまう。

 どうすれば──そうだ!! 〈スライムハンド〉全開だ!!」


 来夢の左手首から先が、一気にスライム度を増していき、グニョーン、ポトリと、が、地面に落ちた。


「よし、棍棒を出す感覚で切り離せたぜ!

 ッ!? 発動するのか!?」


 来夢が跳び下がると、スライム状態で地面に落ちた左手の魔法陣が限界まで輝く。


 そして、フッと、左手部位の半分が、一瞬で消え去った。


「……ん? 半分だけ、転移したのか?」


 警戒しながらも、魔法陣が輝きを失ったことを確認した来夢は、スライム状態で残された部位を拾う。


「何がなにやら……お、やっぱり身体に戻せるんだな。

 うん? なんだぁ、この感覚は?

 えッ!? ……マジかよ。いや、確かめてみるべきだよな」


 分離した手首の半分を腕に戻した来夢は、何かの感覚に気づくと、今度は意図的に半分のままになっている魔法陣へ魔力を込めてから、再びスライム化させて分離した。


 すると、半分の魔法陣が光り輝いた次の瞬間、フッと、失われた筈の部位が合わさるように現れる。

 ただし、部位同士は離れたままなのか、魔法陣の輝きが失われると同時に、コロリと転がって魔法陣が分かれた。


 来夢は片方ずつ部位を拾い、魔法陣を解除してから両方共吸収すると、呆然とした顔で呟いた。


「…………マジだった」


 暫く黙って考え込んだ後、来夢は【トランスフォーム】で出したゴブリンの棍棒に魔法陣を描いても、同様に発動することを確かめると、消え去る部位へ拾った木の枝を埋め込んで、発動を繰り返した。


 そして、埋め込まれた木の枝ごと戻ってきた部位を見て、己の感覚が齎らした推測が正しいことを確信した。


「ま、間違いねぇ!

 この魔法陣の効果は──転移じゃなくて、アイテムボックスじゃねぇか!?」


 思わず、叫んでしまった来夢の言葉は、ある意味で確かに正しかった。


 過剰な出力によって割れてしまった魔石を吸収した結果、【スキルコピー】によって形成された魔法陣は、致命的なまでに転移術式が壊れていたのだ。

 

 故に、通常の転移陣としては機能せず、発動しても、本来の術式が繋いでいた座標──魔王軍の施設ではなく、亜空間へ放り出されてしまう。


 また、魔法陣が割れたことで発動範囲も半減してしまったことで、半分の魔法陣を亜空間と往復させる効果を有する、極めて奇妙な術式となってしまったのだ。


「理屈は分かんねぇけど、消えてねぇ方の魔法陣に魔力を注げば、消えた方の魔法陣が戻ってくるのは、間違いなさそうだな。

 ……よし、この魔法陣を〈スライムボックス〉、消えた方の部位をボックス、消えてねぇ方の部位をスイッチと名づけよう。

 この〈スライムボックス〉は、今後活躍する予感しかしねぇぜ!」


 戻ってきたボックスから木の枝を抜き出して観察すると、来夢は頷いた。


「いいぞ。ボックスに取り込んだモノを、吸収しないこともできるみたいだな。

 だが、さっきより少し魔力消費が多かったか?

 ……木の枝を入れたことが原因だろうが、消化と同じだとすると、大きくて魔力抵抗があるモノほど、消費が激増しそうだなぁ」


 木の枝が抜かれたボックスを一度身体に戻してから、再び分離して送り出す。


「ボックスが何処いってたのかも、一体化したことで、ある程度分かったが……正気が削れるかと思ったぜ。

 アレは多分、異次元だか、亜空間だかいうSFの世界だよなぁ……スライム的な感覚だと、不思議なチカラが満ちた空間を、延々と落ち続けてたみたいだが……あんまり大事なモンは、入れねぇ方が良さそうか?」


 残ったスイッチを解除しようとするが、失敗する。


「この状態だと発動中ってことか?

 ん? 触っていると、少し魔力が抜けてくのか……あ、送ったボックスを維持してるってことだな。

 うーん、お、コレか? この繋がりが魔力を送ってるなら……よし、スイッチを発動させずに、ボックスへ魔力を送れるぜ。

 コレはモヤモヤの発生対策にもなるぞ」


 魔造樹の簡易転移陣に組み込まれていた魔素転送機能が、【スキルコピー】の際に変質した魔力転送機能によって、来夢は生み出され続ける魔素の放出を抑えることが可能となった。


「そんじゃ、身体に戻せねぇ半分になった棍棒は……〈スライムスイッチ〉で、改めて完全スライム化させる!」


 そう告げた来夢は、スイッチの媒体として半分になったゴブリンの棍棒に、【トランスフォーム】を重ねて発動した。


 すると、表面に描かれていた半円の魔法陣が内部に飲み込まれながら、全体が縮小していき、手の平に乗る程度の薄紫き色をした半球型のスライムとなった。


「よし、上手く小型スライムになったな。

 ん? おお!? 触ってる時なら、魔力を送れるし、結構自由に動かせて楽しいな!

 ──ふぅ、分裂したコイツには、俺の意識がなさそうで、安心したぜ」


 ボックスを維持するために、身体へ戻せなくなったスイッチを完全スライム化させた来夢は、意思通りに動かせる薄い紫色に染まった小型スライムの状態を確認した。


 そして、己の意識までは分裂しなかったことに、心から安堵するのだった。


 

 

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