第12話 因縁、スライムマンのトラウマ!!
「あ、なんか……ずっと、このままでいたいかもしれない」
人里離れた山の中に、一本の異様な木が生えていた。
一見すると、二メートル程度の枯れ木なのだが、木の上部に人面が浮かんでおり、イノシシの腰巻きがかけられた枝葉が伸び縮みをしたり、ニュルニュルと地面を滑るように移動していくのだ。
「この格好で陽の光を浴びながらジッとしていたら、気持ちいいよな……」
その人面樹──来夢は、擬態のためにスライム化しすぎた影響で、かなり身体がプルプルで、頭の中がポヨポヨになっていた。
しかし、その分だけスライムの本能が増しているのか、来夢の背中側を無警戒に歩いていたイノシシが、瞬間的に膨らんだ木の中に呑み込まれていく。
当然、スライム化した身体の中で暴れようとするイノシシだったが、バズンッ! という籠った放電音と共に感電して動きを止めると、そのまま消化され始めるのだった。
「あぁ、なんか満腹感まであるわ。
……ちょっとだけ、寝ちまおうかな?
まぁ、別に準備を急がなくても、困ることがあるワケでもねぇし……ッ!? な、なんだ!? ナニカが近づいて来る!?」
高まっていたスライムの本能が、ポヨポヨしていた来夢を叩き起こすように、感知能力が捉えた異常を知らせてくる。
「コレは……魔力か? 魔力がある動物が複数いる?
1、2、3、4……五匹、距離は切り株の近く……あれ? 切り株の魔力が小さくなってないか? おいおい、いきなり何が起きてるんだよ……」
危機感によって覚醒した来夢は、複数の魔力がある存在が、拠点としている場所の近くから己のいる方向へ迫って来ていることを感知した。
「いや、今は迎撃体制を整える方が重要だ。
まずは、【トランスフォーム】を解除して……うおッ!? なんで腹の中にイノシシが丸々一匹入ってるんだ!?
めっちゃ腹伸びてるし、え? 先に消化するべきか? ……いやいや、そんな場合じゃねぇだろ!?」
状況に困惑しながらも、すぐに思考を切り替えて迎え撃とうとした来夢だったが、己の状態を把握して混乱してしまった。
そして、なんとかイノシシをスライム化した腹から出すと、すぐに人間化することで思考の正常化を図るのだった。
(ヤバかったな。……この異常事態よりも確実にヤバかったぞ。
危うく、俺の就職先が〈スライムツリー〉になる処だったわ。
正直、これから来る……恐らくはモンスター共にはお礼を言いたい気分だが、殺し合いになるんだろうな。
今の状態じゃ魔力感知もできないが、方針は決めておくべきか?
……そうだな、若干俺のスライム度が上がってる気もするし、モンスター相手はあの施設以来だから、慎重にいこう)
敵が迫って来ている可能性が非常に高いため、来夢は人間化して理性が強い状態で、迎撃の作戦を立てることにした。
(まず、相手の情報だが、魔力感知があるのか、真っ直ぐにこっちへ向かって来てる。
一応、放出魔力は抑えてるが、何かしら感知する方法があるのは、間違いない。
数は五匹で、一匹の魔力量が、俺の半分くらいか?
魔力と戦力の関係は分かんねえが、速攻で二匹をヤらねぇと、単純な数で押される可能性があるぜ。
というか、俺がマッチョになって十倍以上も魔力量が増えてなかったら、勝ち目はなかったな……。
次に、こちらの情報だが、全力での戦闘経験がない。
一度、クマを見かけた時にやり合ってみるべきだったか?
まぁ、素手ゴブリンよりは強くなっていると思いたいが……魔力量の差が戦力比と近ければ、一対一なら負けねぇだろう。
それらを踏まえて、最後に戦闘場所だな。
地形を把握できてねぇが、幸いにして山だから斜面と木がある。
基本的に上方を維持しながら、木を盾にして相手を分断、各個撃破を狙う……これくらいしか、俺には思いつけねぇぜ)
状況の分析と迎撃作戦を立てた後で、人間化を解除した来夢は、再びマッチョなスライム人間に戻ると、作戦通りに動こうとして、ふと、溶けかけたイノシシを見た。
「あ、コレは使えるか?」
そう言ってイノシシを持ち上げた来夢は、魔力感知で相手の位置を探りながら、迎撃場所を探して走りだした。
「此処が良さそうだな。
アッチは……もうすぐ見えてきそうか?」
来夢は斜面の上にあった比較的に広い平らなスペースを迎撃場所として選んだ。
適度に木が生えており、大柄となった己でも全力を出しやすい足場となっている。
だが、幾つかの候補場所から、最終的に決定したこの地点に着いたのは、相手が到着する寸前であった。
山の木々を避けながら走って来る点のように小さな存在を、来夢は身体と同様に強化された視力で観察していく。
そして、一瞬で混乱した。
「お、アレか? やっぱり動物じゃ、ない、よな……アイエーッ!? ゴブリンッ!? ゴブリン、ナンデッ!?」
ゴブリンリアリティショックである。
謎の施設で、余りにもゴブリンからボコボコにされていた来夢は、深層心理にトラウマを抱えていたのだ。
身体だけでなく、精神の抵抗力も激減する隷属術式を刻まれた状態で、一方的に瀕死へ追い込まれ続けた来夢は、謎の施設における記憶が曖昧になろうとも、トラウマを癒やすことができなかった。
故に、醜悪な小人といった姿であり、緑色の肌で棍棒を持ち、腰蓑を着けている因縁のモンスターを見ただけで、酷く混乱するようになってしまったのだ。
もし、この時点で来夢が人間化していれば即座に気絶していただろう。
だからこそ、スライム人間の状態ですら制御できない恐怖に襲われた来夢は、無意識に【トランスフォーム】でゴブリンから隠れようとした結果、無詠唱で全力の〈スライムツリー〉を発動してしまう。
グ、ググ……ググン!!
相手を妨害するために投げつけようと持ってきていたイノシシを足下に落としたまま、
来夢の身体がスライム化しながら、枯れ木の姿へと変化していく。
そして、変化が終了した時、そこには不自然さが感じられない、完全な枯れ木──〈スライムツリー〉が生えていた。
「…………」
ソレは既に一匹のモンスターだった。
来夢を戦わずして戦闘不能に追い込んでしまったゴブリン達は、命令によって向かっている先が、恐るべき絶対捕食者が待つ死地であることをまだ知らない。
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