第8話 消化、スライムマンの増殖細胞!!


(……まず、こうなった理由は、〈スライムハンド〉で解体した時に、イノシシの血を残さず吸収し尽くしたから、で間違いないよな。

 最初は消化する度に吸収してたのを、作業が全然進まねぇから、一気に全部吸い込んじまったんだっけ?

 それで多すぎる血を消化するために、身体の表面が少しずつスライム化していった……のか?

 ……いや、違う気がするな。

 それなら【トランスフォーム】が解除されない理由にはならねぇぜ)


 ピュッ、ピュッ。

 と、考察しながらも、スライム化した指先で吸収した水を消化せずに、そのまま川の向こう岸へと勢いよく噴き出して飛ばす。


 水鉄砲を再現した来夢は、膨れたり萎んだりする指先を見つめて、ハッと気づいた。


「……あ、まさか、消化しても常にスライム化してるのは、単純にスライム化した細胞がからなのか!?)


 ピタリと動きを止めた来夢が、ジッと自分の両手を見つめる。


「よく見れば、スライム肌の下に俺の肌があるな……コレは増殖、か?

 スライムの定番に巨大化があるよな?

 イノシシの血を吸収して体積が増えた……十分にあり得る仮説だぜ。

 だが、そうだとすれば、解決手段はなんだ?」


 来夢は創作物に登場するスライムのパターンを思い出していく。


「スライムって言えば、食べる、大きくなる、分裂……する?

 え? 俺、分裂するのか? えっ!?

 ……いや、待て、落ち着け、まだ慌てるような状況じゃねぇ。

 そうだッ!! 新しい細胞が、スライムとして増殖したなら、人間のカタチに整えればイイんだよ!

 つまり……」


 来夢は立ち上がると、周囲を見回して危険がないことを確かめながら、比較的に平らな足場へ移動した。


「【トランスフォーム】〈須藤来夢〉!!

 ……よし、ちゃんと人間の肌に戻れたぜ。

 これで解除すれば……おぉ、なんだ?

 揺れてる? 地震か……いや、俺の足が震えてる……? うおッ!? 痛えッ!」


 人間化した来夢は、突然足が震えだしたことで、バランスを崩して倒れ込んだ。


「なんだ!? スライム化の影響か!?

 身体中が震えてるぞッ!?

 た、立てねぇ……腰も抜けてる?

 ヤバい!? こんな状況でクマやイノシシが出てきたら、し、死んじまうぞ!!」


 震えながら、反射的に叫んだ来夢だったが、己が口に出した言葉を理解すると、不思議そうな顔になって首を傾げた。


「………………ん? ……俺が死ぬ?

 ……あぁ、そういうことかよ。

 なら、【トランスフォーム】解除……なるほどなぁ、やっぱりこの状態も普通じゃねぇってことか」


 人間化を解除した来夢は、難なく立ち上がったが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


(そりゃあ、裸でイノシシとガチバトルしといて、平気なワケねぇよな……。

 人間化した瞬間に、直前の記憶から恐怖がぶり返しできたって感じか?

 めちゃくちゃビビったが、羞恥心だけじゃなくて、死の恐怖心もないってことは、早めに気づけてよかったよ。

 ……多分、今の状態だと、【トランスフォーム】してない俺の精神にも、元からスライムが混ざっているんだろうなぁ。

 スライムには、恥や恐れの感情なんてねぇだろうし……いや、その割には危機感とかは敏感な気がするぞ?

 あ、こういう感覚は、感情じゃなくて本能ってことか……)


 来夢はスライムのチカラを手に入れたことで、己が自覚しているよりも、ずっと人間離れしていたことを悟った。


「偶に人間の感覚を思い出すってのは、タスク⑦俺が何か変化したとして、元に戻れるのか、を解決するためには、想定以上に重要かもしれねぇな……。

 おっと、そういえば、人間化した目的の方は成功したのか?」


 気を取り直した来夢は、改めて己の状態を確認すると、全身の肌が元の状態へ戻っていることに喜んだ。


「おっしゃ!! 上手くいったぜ!!

 コレで遠慮なく飯を食えるが……なんか疲れたし、取り敢えず、中身を皮に全部包んで、切り株まで持って帰るか?」


 感情の振り幅が、精神的疲労となった来夢は、一枚に繋がったイノシシ皮を風呂敷のように縛ると、広場へ向かって歩きだした。


(まぁ、まだ分裂の可能性は残ってる気がするけど……そんなことは、増えてから考えればいいことだよな?

 きっと、打開できるぜ。

 成長した未来の俺ならな……)




「さて、怒涛の一日だが、まだ昼も過ぎてないんだよな……」


 定位置となった切り株に座った来夢は、足元にイノシシ袋を置いて、太陽の位置を確かめると、改めてタスクを確認し始めた。


「タスク③此処は安全かについては、十分生きていける場所だと判明したぜ。

 ……水も食料も吸収できるから、サバイバルの大半をスライムの能力だけでゴリ押せるワケで、魔力を動物が避けるのも、キャンプするならプラスの効果しかねぇな」


 来夢は己の手を見つめた後で、イノシシ袋に視線を向けた。


「ただし、①俺は何者なのかにも関わることだが、今のスライムと混ざってる状態だと、腹が減ってるのか、膨れてるのかが、イマイチよく分からねぇ。

 そもそも、俺には食事が必要なのか? っていう、根本的な疑問もあるんだが…………なんとなく、スライムには必要なくても、俺には必要な気がするんだよな」


 身体の表面がスライム化したことを思い出しながら、来夢は己自身に問いかけることで、"未知なる自分ピュアスライム"が齎らす漠然とした直感を拾い上げていく。


「兎に角、水と食料は確保できそうで、あと④今は何時かについても、季節は夏ってことが分かったな。

 人間化したら暑かったし、虫の声も蝉とか聴こえるから、多分間違いねぇだろ。

 俺が謎の施設に拉致されたのは、秋の筈だから、此処が元いた日本だとすると、最低でも一年近くは経ってることになるな。

 …… ⑨中、長期的な行動として、職探しを含めないと、一生サバイバルすることになりそうだぜ」


 ほぼ無職になったことが確定した来夢だったが、スライム的価値観によってショックは軽減されていた。


「まぁ、人様に迷惑をかけない場所で、プルプル、ポヨポヨと平和に暮らすのも悪くねぇかもなぁ……ッ!?

 いやいや、危ねぇ!?

 俺としたことが、本格的にスライム生を目指すところだったぜ……。

 少なくとも、この山を降りる前に人間辞めちまうのは早すぎるよな?

 プルプルするのは何時でもできるんだ。

 しっかりしろよ、俺!!」


 若干の混乱を継続しながらも、来夢はイノシシ袋を持ち上げると、切り株に溜まった雨水を〈スライムハンド〉で吸収してから、その凹みに中身を載せていった。


「……兎に角、今は行動する時だからな。

 食料確保の最終段階、ナマイノシシの実食編を済ませちまうぜ。

 テーブル代わりには、ちょっと素朴すぎるかもしれねぇが……皮は使いたいからな。

 思わず、この汚ねぇ雨水も吸っちまったが、これで体調が悪くならなきゃ、水で腹を壊すことはねぇよな?」


 イノシシの中身を山盛りにしてから、皮を畳んで切り株の空いたスペースに置いた来夢は、両手の違和感に気づいた。


(……あれ? この雨水、切り株の魔力が混じってるのか? うおッ!? 魔力が減っていく?

 これは……消化に魔力が必要なのか?

 あれだけの水で、ほとんど全部の魔力が使われるだと……)


 消化による魔力枯渇で身体のダルさを感じながら、来夢はスライムの吸収能力に存在した弱点を理解した。


「魔力があるモノを吸収するには、魔力が必要なワケか……なるほどなぁ。

 スライムだった頃に、洞の分しか木を吸収できてなかったのは、魔力が足りてなかったのか……」


 そして、切り株の上で山盛りにされたナマイノシシを見て顔を顰めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る