第4話 確認、スライムマンの現状認識!!

「あぁ、朝日が眩しいな……」


 一晩中、天に向かって叫んでいた来夢は、ご来光を浴びながら正気に返っていた。


(ヤバいテンションになってたぜ……。

 いや、雷様々なのは間違いねぇけどな!

 あれ? ──そもそも落雷が直撃して無事ってどういうことだよ?)


 周囲を見回せば、大雨で鎮火済みの真っ二つになった大木の残骸がある以外は、背の低い雑草が生えているだけで、周囲の木々とは間隔がかなり空いた広場となっていた。


 来夢は大木の根元に残っている歪な切り株へと近づいていった。


「うわぁ……コレって、何の木だよ?

 こんな邪悪そうな見た目してる木とか、日本に生えてんのか?」


(スライムになってた時のことはボンヤリとしか思い出せねぇけど、俺って、このザ・魔界ッて感じの木に張り付いてたよな?

 いや、なんか穴に入ってた気も……?

 そうそう、丁度この折れた高さ辺りにスポッと──ん? 俺の元住処に雨水が溜まってるのか……ッ!?)


 大木が倒れた後の切り株には、来夢が入っていた洞の部分が半球状に欠けていた。


 そして、その凹んだ箇所に溜まった雨水が鏡となって、水面を覗き込んだ来夢の顔が映り込んだ。


「は? 若ッ!? え、何? どういうこと? モチモチ? プルプル?

 スライム肌で若返りってことか……?」


 思わず、意味不明なことを呟いた来夢の身体は、十代後半から、二十代前半の青年として若返っていた。


(あの施設で若返ったのか?

 いや、何度か自分の姿が設備に映ってたけど、不健康そうな俺のままだったよな……。

 うーん、分かんねぇことだらけだぜ。

 やっぱり、そろそろ状況を整理しながら、確認してかねぇと、駄目みたいだなぁ)


 来夢は切り株の平らな部分に座ると、溜息を吐いた。


「はぁ、夢オチは期待できねぇ、のか?」


 未練がましく己の頬をつねった来夢は、痛みがなく、プルプルで瑞々しい肌に、夢オチの可能性を否定しきれない微妙な気分になりながらも、一つずつ声に出して、状況の確認を始めるのだった。


「まず、俺の名前は須藤来夢。

 年齢は三十五歳、中堅企業のサラリーマン……独身。

 母子家庭で育つも、現在の家族はいない。

 特技は……学生時代に空手をやってたくらいか?

 友人関係もそれほど広くはないが、会社の同僚と大きな仕事が終わると飲みに行く程度の付き合いはある」


 そこまで確認した来夢が、何かを思い出したのか、視線を斜め上に向ける。


「そう、飲みに行ったんだよな……。

 アレは九月だったか? 仕事がひと段落して……飲んで……家に帰って?

 あ、いや、家には帰ってないのか?

 道路で気分が悪くなって……目が覚めたらガラスの筒に入れられていたような……。

 それで、ゴブリンのクソ野郎と戦わせられたんだっけ?

 ……なんか意識はあったのに、イマイチよく覚えてねぇぞ?

 う〜ん? 今思い出すと、ずっと、頭が痛いような、ボンヤリしてるような感覚で、現実味が全然なかった気がするぜ……」


 脳に刻まれていた命令術式と、ミノタウロスウーマンに頭部を破壊された影響によって、来夢の記憶は細部が思い出せなくなっていた。


「そういえば、身体が自分の意思で動かなかったんだよな……。

 ──ッ!? あ、そうだった!!

 よく分からねぇ言葉で、勝手に身体が動いたのに、今は自由に動けるじゃねぇか!?」


 思わず、切り株から立ち上がった来夢は、その場で腕を回したり、屈伸したり、飛び上がったりして、身体を動かすのだった。


「うおおっ!! 遅れて気づいたけど、解放感を凄え感じるな!!

 まるで、素っ裸になって陽の光を浴びてるみてぇだぜ!! …………うん?」


 己の発言に違和感を覚えた来夢が、ゆっくりと視線を下げて、解放感を主張しているナニかの存在を確認する。


「…………そうだよ!? 素っ裸になって陽の光を浴びてるんだよ!!

 え? どういうこと? 全く違和感がなかったんだけど!?

 今も羞恥心とかないんだけど!? 怖ッ!! なにコレ、怖ッ!?」


 頭の中にある常識と、実感の乖離に激しく混乱しながら、来夢は次々と異常に気づいていく。


「……そういえば、大雨の中に一晩居ても平気だったし、雷が直撃しても無事だったし、なんならこの場所に来た時には頭がなかったし──あれ? 俺って人間じゃねぇのか?

 今も、俺はスライムなのか?

 っていうか、自然に受け入れてたけど、何でスライムになってたんだ!?」


 一気に叫んだ来夢は、激しく息を吐いた後で、再び切り株に腰を下ろした。


「ハァ、ハァ……落ち着け、俺よ。

 すぅ……はぁ……焦った時ほど、深呼吸するんだ。

 混乱しても問題解決はしねぇ。

 社会人なら、タスク管理するんだ」


 来夢は膝の上に乗せていた両手を開くと、一本ずつ指を折りながら、優先すべき問題の整理を始めた。


「全ての問題に番号を振って、重要性と、緊急性を考えながら、一つずつ確認していけばいい……。

 ①俺は何者なのか、②此処は何処か、③此処は安全か、④今は何時か、⑤俺は何に巻き込まれたのか、⑥俺は何が変化したのか、⑦俺が何か変化したとして、元に戻れるのか、⑧短期的に俺はどう行動するべきか、⑨中、長期的に俺はどう行動するべきか、⑩俺にとっての行動指針は何か……取り敢えずの問題は、こんなところか?

 分からないことが多すぎてタスクがデカいな……。

 だが、軽く整理しただけでも、②と③が重要性も緊急性も一番高いと分かるぜ。

 ──此処は小さな山っぽいし、頂上を目指すのが早そうか?」


 落ち着きを取り戻した来夢は、周囲を改めて確認したことで、己が山中にいることを理解した。


 そして、傾いている地面の上方を目指すことを決めて立ち上がると、大木の周囲に落ちていた禍々しい杖っぽい枝を拾ってから歩きだした。




(あの落雷現場には虫や鳥の気配すらなかったけど、普通に生き物はいるみたいだな。

 でも、何か避けられてる気がする……?

 異世界的な感じは全然しないから、モンスターはいないのか……やっぱり地球?

 でも、あんな魔界っぽい木は、地球にねぇだろ?)


 色々な疑問を感じながらも、③此処は安全か、が不明なままのため、来夢は出来るだけ気配を消しているつもりで、黙々と木々の間を登っていった。


 なぜか、周囲に動物の姿を見かけることはなく、ガサガサと離れた場所の茂み越しに、物音が聴こえてくるだけだった。


「お、もう頂上かよ、近かったな……」


 裸の状態で杖をつきながら進んだにも関わらず、二十分程度で頂上へと辿り着いた来夢は、注意深く周囲の景色を見渡していく。


「おぉッ!! あそこに見えるのは鉄塔と送電線か……?」


 パコンッ!


「んおッ!? ……おいおい、コレはペットボトルじゃねぇか!?」


 すると、人工物らしきモノを確認しようと動いたことで、頂上に捨てられていたゴミを裸足で蹴飛ばしてしまった。


 すぐにゴミがペットボトルであることに気づいた来夢は、拾ってラベルを確認する。


「古くてボヤけちまってるが、『ナントカの天然水』って読めるぞ!?

 よし!! 現代風異世界転生じゃなきゃ、日本で間違いなさそうだな!!

 ……いや、そう考えると、何も確定しない気もするけど、可能性としてはあるのか?」


 WEB小説的展開を考え始めたら、日本風異世界の可能性を捨てきれず、タスク②此処は何処かという問題に、『日本語が通じる地域』という微妙な結論を出す来夢だった。

 

 

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