第32話 ラストワン-9
「だな。少なくとも次の投票で、我らの一人が一位に仕立てられ、奴隷送りにならざるを得ない。いや、運が悪けりゃ、我らが二位にするつもりの男と、陸野派が一位にするつもりの男とが重なることもあり得るか。そうなったら最悪だぞ」
「あ、重なるのは避けられます。正確には、重なっても僕らの側から確実に二位が出るようにする訳ですが」
「ふむ。どうやってやるんだい」
「票を二人に振り分けます。十五票なら八と七でいいでしょう」
内藤の解説はこれだけだったが、久能や針谷達聞き手が理解するには事足りた。
Aに八票、Bに七票を割り振るとして、陸野派が十七票をAに入れたならばBが二位に、Bに入れたならAが二位、AでもBでもないCに入れたなら、同じくAが二位に収まることになる。
「少し考えてみれば、簡単な解決策があるもんだ。これで、差し当たっての関門は“犠牲”に絞れる」
一歩引いて聞いていた針谷は、ここを機と見て内藤に顔を向けた。
「さすがに名案がある訳じゃなさそうだな」
「ええ……。向こうからが寝返りがあれば話は変わってきますが、現状でそれを期待するのは無理があります」
今や参加者は二派に割れており、密かに接触することなぞとても不可能と言えた。
「今、内藤が話した策を、あいつらの前で言ってやればどうかな」
そう提案したのは
「さっき言ってたじゃないか。解放される可能性が薄くなると知ったら、降りる奴も出て来るんだろ? だったらわざわざ危ない橋を一回渡らなくても、投票の前に知らせりゃ済む」
「それは別の意味で危険なんです」
内藤は申し訳なさそうにかぶりを振った。
「事前にこちらの手の内を明かすと、向こうもきっと対抗策を練ります。十八票を一人に集中させるのをやめ、適切に振り分けられると、こちらの不利は明白」
「じゃあ……誰か一人、こっちから陸野派に寝返る振りをして、向こうに入り込む。そして逆に寝返るよう、めぼしい奴に密かに声を掛けるというのはどうだろう?」
「危険すぎます。それに恐らく、仲間に入れてはくれないでしょう。向こうは今の人数が定員ですからね。あれ以上減っても増えても、作戦に支障が出る」
「そ、そうか。浅知恵では通用しないな。黙るとするか」
裏染が自嘲し、お手上げのポーズとともに首を左右に振るのへ、内藤は「そんなことありません。思い付いたことは何でも言ってください」と気遣いを見せた。
「裏染はもう逆さに振っても、何も出そうにないな」
久能が軽口を叩く。だが、その表情にいささかの緩みも見られない。
「代わりにちょいと考えてみた。実際に裏切り者が出なくても、裏切る奴がいるという噂を流すだけで、効果はあるんじゃないか。どうかね、内藤」
「……一考の価値、ありますね」
認めた内藤だが、その顔色は明るくない。
「しかし、時間がありません。投票まで約十分。向こうはまた五分前に競走をさせる気でしょう。正味五分で“噂”を利用した作戦を立て、実行するのは現実的でない」
「それも理屈だな。一人が犠牲になる代わりに、一人が解放される相打ち作戦で行くしかないか」
あきらめた口ぶりの久能は、次に周囲の者を品定めするかのように見回した。
「誰が犠牲になるんだろうな。さっきの連中のやり口から推し量ると、まだ名前の書かれていない奴ほど危ないってことになりそうだが」
「策を提示したのは僕ですから、僕が犠牲になるように持って行きますよ」
内藤の発言に、これまで低い声の会話しかなかった十五人に、一蹴のざわつきが走る。内藤は目配せをした。
「静かに。奴らに気取られるとまずいです」
「しかし、内藤の坊や。美しき自己犠牲精神には敬意を払うが、いかにして連中の票を操るね?」
久能がこれは本当に分からないという風に首を捻る。
「絶対確実ではありませんが、仕向けるのは可能と踏んでいます。見たところ、今の陸野派を仕切っているのは陸野の腰巾着、松井です。彼は単純だから、怒らせれば……」
「待った。その役、俺に譲ってもらうぞ」
針谷が不意に割って入る。続きは一際小さな声で、でも鋭く言った。
「おまえさんは早い内に二位抜けして、奴隷になった俺の脱走を助けるんだ」
沈黙が降りてきた。無言だが、力強い頷きがそこにはあった。
「おまえら! 用意はいいか? 今度は八人だ。早い順に八人までだから、せいぜいがんばれよ!」
松井はすっかり調子付いていた。陸野に言われた通りにやれば、楽々勝ち抜ける。その安心感が自信につながっていた。号令を掛け、自分達の派閥に入っていない十五人の走る様を、高みの見物と洒落込む。
「おお、感心感心。今度はちゃんと全員が走ったな。あー、やっぱり、若い方が有利だなあ。これは公平じゃないから、次からはやり方を変えないといけないねえ」
などと独りで声高に喋る内に、レースは終わった。目の前に並んだ八人に対し、「次の投票では俺、松井の名前を書くんだ」と指示を出す。
と、そんな松井の顔に影が掛かった。見上げると、針谷が仁王立ちしている。
「言いてえことがあるんだが」
「い、言やあいいだろ」
迫力に圧倒され、二、三歩後退した松井だったが、強がってみせる。
「尤も、聞くかどうかは俺様の自由だけどな――ぐあっ!?」
針谷が胸ぐらを掴んでいた。太い腕の発揮する力は、松井を爪先立ちさせてお釣りが来る。
「嫌でも聞け。てめえらのやり方が気に入らんのだ」
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