第31話 ラストワン-8

「一体、どんな手で来やがるんだ」

 針谷の歯ぎしりが大きく聞こえた。

 隣で立ちつくす内藤は、ようやくいつもの落ち着きを取り戻し、

「おおよその想像は付きますよ。今さら話しても、遅いでしょうけど、どうします?」

 と針谷の意向を尋ねた。




「二位は十六票で陸野。一位は十八票で鳩山。以上だ」

 役人の宣告が広場に轟き、引き続いて鳩山はとやまが――眼鏡を掛けたそばかすの目立つ男――が、その場に膝を屈した。

「まさか……どうして鳩山なんだ」

 衛兵に両脇を抱えられ、連れて行かれる鳩山を横目で見つめながら、針谷が首を捻っていた。

「奴らの標的は、まず俺だと思っていたんだが」

「僕もそう思っていました」

 内藤が答える。

「結果を見てからこんなことを言っても仕方がないのですが、陸野達は安全策を採ったんでしょう」

「どういうことだ」

「陸野達の策略の仕組みは、もう説明しなくてもいいですね?」

「あ、ああ」

 十八人からなる組織を作った陸野は、残り十六名に向けて一位にするぞと脅しを掛けることにより、その過半数を強制的に一時的な味方とした。この九名には二位にしたい者、今回で言うと陸野に投票させる。これにより、陸野の二位が確定する。実際の投票結果が、陸野に十六票となったのは、先着九名からあぶれた針谷達も陸野の名を書いたためである。

 次回以降もこの策を繰り返し行使することで、陸野派の残り十七人の内、十五人は二位となり、針谷達十五人は順次、一位にさせられる。最後の投票は陸野派同士の二人で争うことになるが、解放の確率が圧倒的に高いのは陸野派であり、逆に陸野派でなければ解放の権利を得る可能性はゼロだ。

「一位に針谷さんを選ばなかったのは、僕ら十六名の中に、これまでの投票であなたの名前を書いた者が大勢いるからです」

「ん?」

「言い換えると、針谷さんを残すことで、あとの者は投票可能な名前が少なくなります。先程狙い撃ちになった鳩山は、まだ誰にも書かれていない。だから、選ばれた……」

「そういうことか」

 理解して頷いた針谷は次の瞬間、はっとした。

「もしかしたら、内藤、おまえさんが選ばれていたかもしれねえってことかよ?」

「そうなります」

 内藤はここで間を取り、想像が過ぎるかもしれませんがと前置きを入れて続けた。

「陸野は最悪のケースまでも想定していたのかも。万が一、枝村のように裏切りにあって自分が一位になったときには、僕を懐柔して脱走を手伝わせるつもりだった。だから僕は選ばれなかったのかもしれない」

「陸野の奴なら考えかねんな。……うん? どうした」

 ため息をついた針谷が腰を下ろす場所を探すのを、内藤は腕を引いて止めた。

「一刻も早く対策を立てる必要があります。そのためには、十五人で団結しないと」

 内藤と針谷以外の十三名は、呼び集めるまでもなく、いささかばらけた状態ではあるがひとかたまりになっていた。積極的な会話はなされず、むしろ牽制し合う気配が窺える。次回投票の直前に行われるであろう“短距離走”を睨んでのことに違いなかった。陸野派から外れた者達が、何となく一緒になっているというだけの集団だった。

「皆さん、話を聞いて欲しい。あまり大きな声では話せないので、もっと近付いてください」

 内藤は丁寧さと親しさを混合したような言葉遣いで始めた。針谷に聞かせたように、陸野派の策略及び自分達は全滅するしかないことを説明する。

「先程のように先着順を競っていては、向こうの思う壺。次からは決して相手の話に乗らないでください。お願いします」

 内藤は深々と頭を下げた。

 数秒の間を置いて、久能くのうという男が片手を挙げた。額から頭の真ん中にかけて禿げ上がり、丸っこい眼鏡と合わせて教授然として見える。若い頃から嘘の肩書きを使った詐欺をいくつもやらかしたという大ベテランだ。

「よう、内藤の坊や。おまえさんが利口なことと、陸野派の手口ってのは理解した。じゃあ、どうすりゃいいんだい? 打開策はあるのかい」

「あります」

 内藤は決然と言った。そこまでは聞かされていなかった針谷は、瞬きを何度もした。ここまで自信を持って答える内藤を目にした覚えがなかったからだ。

「陸野は狡賢いですね。本人もきっと、自らの策に穴があることは分かっていたんでしょう。だからこそ、一番に抜けたんです。陸野の策は最初の一回、それも考える時間を僕らに与えない奇襲でこそ、威力を発揮します。次回も手強いには違いありませんが、打ち崩せないことはない」

「ほお。なら、聞かせてもらおうじゃないか。何もしなけりゃ、どうせ奴隷行きが待つだけだしなぁ」

 久能は縁石に腰掛け、腕組みをした。年長者がそういう態度ならと、他の者も耳を傾ける姿勢になる。

「まず、さっきも言ったように、相手の話に乗らないことが重要です。かけっこはもうなし。僕らが先着争いを演じなければ、向こうは戸惑うはず。誰を一位にすればいいのか判断できないのだから。陸野ならそんな事態にも対処できるでしょうが、奴が抜けた今ならかなりの動揺を誘えるでしょう」

「なるほど。しかし、動揺を誘うだけじゃあ、まだ勝ち目はないぜ」

「ええ。次に忘れないでいただきたいのは、こちらにも十五人分の票があるという事実。うまくやりさえすれば、僕らの思惑で二位の者を決定できる票数です」

「何となく見えてきたぞ」

 久能が顎をさすった。

「最前の投票で陸野派の連中は、二位にしたい者を指定してきた。今度はそれを無視し、我らの中から二位を出す、という算段だな? これは愉快だ。折角つるんだのに解放の目がないんでは、連中にも分裂の余地が出て来よう」

「ご明察です。しかし、この策には犠牲が伴う……」

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