第30話 ラストワン-7

「ん、そうですかね」

 とぼけた調子で応じる内藤。煙草があれば悠然とふかす姿が、楽に想像できた。

「僕の場合、奴隷行きになったとしても、それならそれで脱獄、いえ、脱走を試みる楽しみがあるからでしょうか」

「楽しみと来たか。まったく、大したたまだな」

「実際、外部からの手引きさえあれば、意外と簡単に逃げられるかもしれないと踏んでいます。奴隷と呼ぶからには、外での強制労働があるでしょう。この島や監獄から抜け出すよりは、障壁が少ないはずです。その分、兵士は山ほど配置されているでしょうが」

「……」

「どうしました?」

 陸野達の動きを観察していた内藤は、不意に黙り込んだ針谷に気を止め、視線を戻す。針谷も俯きがちにしていた面を起こし、ちょうど見合う形になった。

「なあ、内藤よ。もしもおまえさんが外から手引きするとしたら、中にいる仲間をうまく脱走させられるか?」

「うーん、どうでしょう。脱走する当人の能力も重要だから、一概には言えません。僕自身の手間を言えば、脱走するよりも手引きする方が楽だし、確実な仕事をやってのけますよ」

「そうか。なら、俺も少しは安心していいのかな」

「え、針谷さん……」

「俺はさっきの投票で、仲間からの援護は終わったも同然だ。意識して二位を狙うことは、まず絶望的だ。覚悟しといた方がいいと思ったんだ。おまえさん自信溢れる言葉を聞いて、まだ希望は残ってるんだと安心した訳だ」

「……それには僕が無事に解放されなければなりません。大難関だ」

 内藤が冗談めかして言うと、針谷は相手の肩を叩いた。

「何とかするさ。それが俺自身のためにもなるんだから、なおさらだ」

 彼ら、受け身に回らざるを得ない針谷達とは対照的に、陸野の準備は完成を迎えようとしていた。

「十八人、確保できましたよ、陸野さん」

 松井の報告に、陸野はにんまりと笑みをなした。注目を浴び、気持ちよさげにする映画スターのようだ。

「結構だね。これで勝てるよ」

 つぶやき、そして集まった松井とその他十六人の仲間を見つめ返す。

「真っ先に言っておく。この計は私が考えた。最大の功労者は私、陸野だ。よって、最初に解放の栄誉に与るのもこの陸野である。文句あるまい」

 自信に満ちた口上に、彼以外の十七人は一瞬、呆気に取られた。

「り、陸野さんが最大の功労者だってことは分かるけれどよ」

 松井が恐々と口を挟んだ。顔色を窺いながら言葉を繰り出す。

「一番に抜けられたら、あとの俺達が困るんじゃあ……」

「安心していいよ」

 相変わらずの笑顔で陸野は言った。

「発案者がいなくても、この仕組みは簡単に扱えるのだよ。十八人中十七人は絶対確実に助かる。これまでに四度の投票が行われ、四人が解放されている。一方、あの金戸の言葉――助かるのは最大で半数だというのは真実故、最初の四十一人の半分、高々二十一人。二十一から四を引くと――松井?」

「えっと、十七、です」

「そう。この陸野が編み出した計略によって救える人数と一致する。皆は、これから授ける戦法を忠実になぞればいいだけ」

「だ、だから、その戦法を早く」

「まだだ」

 陸野は時刻を確かめた。

「早い内に知らせると、漏れる心配があるからね。ぎりぎりまで伏せておく。それにぎりぎりで残りの十六人の奴らに仕掛けてこそ、効果があるんだ。枝村の二の舞を踊るほど、愚かじゃないよ」

「そんな大口を叩いて大丈夫なんでしょうな。ほんと、枝村のときみたいなことは御免です」

 丸顔の中年男性が質問した。彼、折原おりはらは勢多と同類で、他人に流され易い質だ。島に送られたのも、銀行強盗に荷担した挙げ句、とかげの尻尾切りをされたためだった。

「最初に語ったように、私自身が第一号になる。成功ぶりを見届けるがいいよ」

 陸野は折原にだけでなく、十七名全員を見渡してから断言した。


 五度目の投票があと五分で始まるというときになって、陸野が広場の中央に進み出た。

「我ら陸野のグループに属さぬ十六名に告げる。よく聞くがよい」

 針谷や内藤達はその場を動かず、演説者をちらと見た。無論、耳は澄ましている。

「数えてみれば分かることだが、我らのグループは十八名を擁し、現時点での対象者三十四名の過半数を確保している。次回、第五回の投票にて、我らはグループ外の十六名の内の一人に揃って票を投じる」

「何っ?」

 察した何人かが、思わず声を上げる。針谷や内藤も気付いたが、息を飲んで推移を見守るしかできないでいた。

「十八票を獲得した者が一位になるのは、言うまでもない。さて、我らがまだ誰に投票するかを決めていないという事実は、君達にとって朗報だろう。そこで、免除してやる人間を何名か選ぼうと思う。条件は、我らの命じる人物に投票すること。ただし、十六人全員は多すぎる。先着順に九名までだ。さあ、従う者はこの陸野の前に並ぶがいい!」

 朗々と述べた陸野は、腕を大きく振りかざした。すると条件反射のように、数名が立ち、一目散に走った。

「馬鹿、乗るな!」

 平静さを保っていた内藤が叫んだが、もう遅い。陸野の前には人の列がたちまちでき、頭数は九に達していた。

「結構結構。君達九名は今回限り、我らの仲間と認めるよ。第六回以降は、また走ってもらうことになるがね」

 陸野は完璧な計画に酔ったように、高笑いを始めた。が、それさえも芝居がかった演技だったのか、やがて表情を引き締めると、集まった九人に指示を出し、次いでグループの十八人に別の指示を出した。


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