第28話 ラストワン-5

 次の投票開始までの時間は、重苦しい雰囲気で幕を開けた。ほとんど全員が疑心暗鬼に陥り、会話一つ交わされない状況がしばらく続いた。が、それは十分足らずで終了を迎える。

「このままでは埒が明かない。とにかく話し合おう」

 金戸の呼び掛けがきっかけになった。誰もが話し合いを潜在的に願っていたのだろう、ことはすんなりと運んだ。

 とは言え、多くの者は鋭い眼光で疑いを向け合っている。罪人であることを抜きにしても、警戒を解ける状況ではないのだ。

 目付きを悪くした連中が、ぞろぞろと中心部に歩み寄る。精神的疲労が積み重なっているせいか、一人が地べたにどっかと腰を下ろすと、右に倣えする者が次から次へと出た。

「俺の正直な心境を言おう」

 金戸が口を開いた。車座の中央に立つことはなく、そのままの位置、そのままの座った姿勢で始める。

「さっきの投票で、抜け駆けをしようと、俺は俺自身の名前を書いた」

 聴いている者達に、特に大きな反応はなかった。予想の範囲内だったということか。

「抜け駆けは失敗に終わった。その上、俺は他のみんなと比べると、投票に書ける名前が少なくなってしまった。この差は重い」

 すり専門の金戸は、名前に反して比較的貧相な容貌をしているが、今の喋り方には人を惹き付ける力があった。

「はっきり言って、焦りがある。だからこそ、こうしてみんなに声を掛けた。何故だか分かるか?」

 突然、聴衆に問い掛ける金戸。問われた側は、首を捻るか微かに笑う程度で、返事はしなかった。

「俺達の中から助かる者を一人でも多くしたいからだ」

 金戸の口調は、ここぞとばかりに熱を帯びる。

「各自が勝手に投票していたら、奴隷行きの人数は間違いなく増える。何故かって? 投票で一位になった奴だけでなく、投票できなくなった奴も奴隷行きだからだ。てんでばらばらに投票した場合、書く名前のなくなる奴が確実に増えるんだ。投票したのが一位や二位になったのならいい。問題は、三位以下になった場合だ。書ける名前を一つ、無駄にしたことになる。これが何度も繰り返されると、一位にならなくても、投票できないがために奴隷行きだ」

「おまえの辿る運命じゃないのかい?」

 誰かが茶々を入れた。笑う者もいたが、金戸は怯まなかった。

「分かってないな? それだけじゃあ済まないんだぞ。投票できなくなった者が退場させられるってことは、そいつの名前も書けなくなるってことだ。次はあいつに投票しようと考えていたのに、その“あいつ”がいきなりいなくなる可能性が出て来る。連鎖的に、投票できなくなる者が続出する事態になりかねない」

 場に静けさが降りた。

 金戸の指摘した事実を、元から認識していた者も当然いただろうが、半数以上はたった今気付かされた、そんな空気が流れる。

「そういう馬鹿げた状況を避け、一人でも多く助かるには、投票前にくじ引きでもして、一位になる者と二位になる者を決め、計画的に投票するしかない。そうすれば、俺達の半分は絶対に助かる。そしてここが重要なんだが、助かる人数は半数が最大。これ以上はない」

 金戸は演説を終えたが、沈黙がしばらく続いた。言いたいことがありそうな者はそこかしこに見受けられても、目立つことを嫌っているようだ。目立つと投票の標的にされかねない――三度の投票を経て、そんな漠然とした感覚が参加者の頭に根付いたのかもしれない。

 だが、場の静けさを破る者があった。金戸と立場を同じくする愛甲だった。年若く、日焼けした肌と立派な体躯はスポーツマンか肉体労働者のようだが、罪状は結婚詐欺である。

「金戸の主張は理解した。で、確かめさせてくれ。金戸はくじ引きで一位と二位を決めて投票する作戦を実行しようと言うんだな?」

「言うまでもないだろう。無駄死にを増やしてもしょうがない。くじに運を任せることこそ、公平な解決策」

「やるというなら、俺は反対はしない。みんなはどうだろう?」

 愛甲が尋ねるが、場の反応は芳しくなかった。組織票による確実な勝ち抜けという幻想にしがみついている者もいれば、金戸の提案を現実的と認めつつも確率の悪さに尻込みする者もいるだろう。この状況を利して、次回、二位になるにはどうすればいいかに脳細胞をフル回転させている者もいるはずだ。

「勢多、君は?」

 愛甲は個人的に声を掛けた。無論、自分や金戸と同じく、この勢多も抜け駆けに失敗したに違いない――と踏んでのこと。

「俺は……どっちでもいい」

 頭を左右に振る勢多。

「俺は盗みで捕まった。あんた達みたいに知能犯罪には無縁で、その頭脳もねえ。さっき、油原を真似て失敗して、もう懲り懲りだ。他にいい作戦があるんなら乗るが、ないんならくじ任せでもかまわねえさ。むしろ、その方が俺には分があるかもしれねえ」

「自棄を起こすなって。それじゃあまるで、他人の意見に流されますって宣言してるようなもんじゃないか。いいように利用されるのが落ちだぜ」

 愛甲の口ぶりが忠告じみた調子を帯びた。

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