第27話 ラストワン-4

 そしてその呟き通りの読みをもって行動を開始した者がいた。車崎である。彼は出門にあることを命じた。この悪友が枝村を取り囲む輪に加わったのを確認したあと、足早にその場を離れた。前回枝村の組織票に加わらなかった十一人のいる一画に至ると、誰とはなしに「話は伝わっているかな」と尋ねる。

「ああ」

 即座に返答があった。針谷はりたにという男で、強盗専門と言っていい、年齢の割にキャリアを積んだベテラン犯罪者だ。十一人の中ではボス格と呼べる存在で、先程抜けた悟堂とは特に親しかったはず。最初の一瞬だけ目を合わし、あとは銘々が勝手な方向を見ながら会話は続く。

「十一人全員の意思統一はできているのだろうか」

「悟堂さんから話を聞いて、俺達も考えた。この状況で、ただ単に言いなりになってちゃあ、他の連中の踏み台にされるのが落ちだ」

「それじゃあ……」

 しくじったか、と車崎は内心、落胆した。顔色を変えずに次の言葉を探していると、相手が先に口を開いた。

「車崎、あんたのおかげで悟堂さんが助かったのは事実だ。枝村の野郎のおかげで追い詰められ、順番に一位にさせられるのを待つだけだった俺達が、息を吹き返したのもまた事実。だからこそ、二回目の投票では全員で富良野と書いてやったんだ」

 枝村の作戦の穴。それは、二位に推すために選んだ者の名前を、グループ外の人間に知られると破綻する点である。グループ外の人間の内、少なくとも二票が二位予定者に入れば、そいつは一位に押し上げられる。

 車崎は悟堂に頼む折に、最低二票で充分だと告げていたが、開票結果を見ると悟堂を含む十二人が富良野の名を書いたことになる。無論、これからも投票を続ける立場として、“書ける人名”をなるべく残したいとの計算も働いたに違いない。富良野の徴用が濃厚ならそれに乗っかろうという訳である。

「俺達十一人の考えは、一つにまとまっている。次回の投票はおまえに従おう」

「それならそうと早く言ってくれよ」

「俺達の誇りのために断っておく。礼の意味だけで従うんじゃあないぞ。おまえが悟堂さんを早く退場させたがったのと同様に、俺達もおまえの切れ者っぷりを警戒しているんだ。その上、おまえはすでに一度、枝村達を裏切ってる。そんな男にいつまでもこの広場にいられたら、安心できやしねえ」

「誉め言葉と受け取っておく」

 車崎はにやりと笑ってみせた。

「では三回目の投票で、俺達は誰に何票投じればいいのか、聞いておこうか」

「俺に七票。あとの四票は枝村に」

 枝村に従った二十五人から、車崎自身を除くと二十四人。ほぼ全員が、作戦失敗を理由に枝村に投票するのは間違いない。念のため、出門に「三回目は枝村を一位にして、責任を取らせようじゃないかじゃないか」と連中を煽るよう、言い含めておいた。これから自分も糾弾の輪に加わって状況を見、必要とあらばだめ押しするつもりでいる。

「承知した」

 請け負った針谷に短く礼を告げると、車崎は目立たぬように来た道を戻り始めた。


 そうして、車崎の策は見事な成功を収める。枝村の失敗とはあまりにも対照的だった。

 一位が枝村、二十五票。二位が車崎、八票。三位が四人出て、針谷、愛甲あいこう勢多せた金戸かなとにそれぞれ一票。役人の発表した第三回の投票結果はこのようになった。

 針谷への票は、枝村が最後のあがきをしたものと考えられる。

 愛甲、勢多、金戸の三名に関しては、一回目で油原が取った作戦をそっくりそのまま踏襲したものと推測された。つまり、枝村に票が集中すると読み、得票数一で二位になるべく、自分で自分に投票したのだろう。そんな目論見も車崎の用意周到な策の前に、あえなく水泡に帰した。当人達はお首にも出さないが、心中ではこの勇み足が相当堪えているはず。

「車崎が二位になるなんて、聞いてないよ」

 立ち去ろうとする車崎の背後で、出門が情けない声を上げる。振り返ると、へたり込み、最早泣き崩れんばかりの姿があった。

「すまん。俺も予想していなかったんだ」

 しれっとして答え、片膝をついて出門の肩に手を置く車崎。

「枝村に票が集まっていなかったらと思うと、ぞっとする。出門、くれぐれも言っておくがな。俺に投票したのが誰なのかなんて、詮索するな」

「え、でも、そいつらは車崎の敵、つまりは俺の敵も同じで……」

 面を上げた出門。不可解を絵に描いたような表情をしている。

「そんなことをしている暇があったら、自分が生き残ることを考えろよ。昨日の敵は今日の友と言うだろ」

「うん……」

「枝村の下に集まっていた連中は、互いに疑心暗鬼になっているだろうから、加わっていなかった針谷達十一人の方に付くのもいいかもしれないぜ」

「そうかな……そうかもしれない」

「最後にもう一つ、俺からのアドバイスだ」

 車崎は立ち上がった。見下ろし、続ける。

「簡単に人を信じるな。分かったか?」

 出門は元気づけられたのか、すっくと立った。

「分かったよ、車崎。俺、絶対にあとから行くから」

 そして出門は、邪気の抜けた明るい笑顔で車崎を送り出した。

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