第25話 ラストワン-2

 広場のそこかしこで二人組、三人組ができていた。一人でぽつんとしていた者にも、すぐに声が掛かる。組織票の力が鍵を握るであろうことは皆が感じ取っていた。

「油原の野郎はうまくやりやがった」

 車崎くるまざきが低音の声で言った。いつもよりボリュームを絞っているため、なおさら低く聞こえる。

「だが、同じ手はもう使えないぜ」

 同郷で悪友の出門が、周囲の様子に目を配りながら応じた。そのついでに広場正面に建つ時計にも視線を飛ばす。あと二十五分。

「当たり前だ」

 車崎は冷然と断じた。明らかに見下しているが、出門はそれに感づく気配すらない。窃盗や詐欺で鮮やかな手口を編み出す車崎が警察に捕まったのは、共犯の出門がどじを踏んだせいだった。当たり屋専門だった出門は、別の犯罪に手を染めるときも調子に乗って演技過剰になるのが悪い癖だ。

「最早このゲーム――敢えてゲームと呼ぼう――、数が力だ。油原のような誘導は初っ端にのみ通じる」

「じゃあ、早く仲間を増やさないと。まずは三人目から……」

「待て。俺が今考えているのは、多数派を組織して主導権を握るべきか、それとも終盤、少数になった段階で確実に勝ち、生き残る道を取るか――」

「多数派を作るのって、何か困ることあるか?」

「目立つ」

「何だって?」

「多数派に入るのはいいさ。が、多数派の頭になるのは目立つ。目立つだけならまだしも、もしも形勢が逆転したとき、真っ先に狙い撃ちにされる」

「はあ。そういうものか」

 感心してうなずく出門。

「それに多数派をまとめ上げたリーダーが、直後に早速二位になって抜けるなんてできやしない。むしろ逆か。そんな奴はリーダーにはなれない」

「……」

 出門は黙っていた。少し遅れて、ようやく理解した。

「けどよ。車崎はここに集まった中でも頼りにされている存在の一人だと思うぜ。俺も頼りにしてるし」

「頼りにされている奴は他にもいる。俺が動かなくても、多数派を組織する者は必ず出て来る。今回はその多数派に入り、安全を確保した上で様子見と行こう」

「車崎が言うんだったら、俺もそれでいいよ」

「よし、決まりだ。そうとなったら早い方がいい。ぐずぐずしていると、少数派に押し込められちまう」

 車崎は広場を見渡し、最も膨れ上がっている集団に足を向けた。出門はただそれに付いていく。


「一、二、三……二十、二十一、二十二……」

 枝村えだむらは人数を数え終わると、満足げに首肯した。

 彼は大物ではないが、知能犯として知られていた。お札や怪しげな壺を無知な人々に高く売りつけて大いに稼いでいたが、やりすぎてしまったため、島送りの憂き目にあった。

「我々は二十七名いる。これで勝てるぞ」

 自信に満ち溢れた口調で言う。彼を囲む者達の顔が喜色に輝いた。

 枝村もまた笑みを浮かべつつ、横目でちらりと背後を見やった。

「あちらにいる連中は集まっても十二人。それに対し我々は二十七人いる。言い換えれば二十七票を持っている訳だ。十四票を使って一位の者を、あとの十三票で二位の者を、それぞれ思いのまま決められる」

「一位はあの十二人の中から、二位は我々の中から選ぶんですね」

 合いの手のようにそう言ったのは、童顔の富良野ふらの。枝村に最も近い位置で跪く彼は元々、捕まる前から枝村に師事していた。その信奉ぶりは篤く、今も両拳を胸元に引き寄せ、見えてきた希望の光に興奮を隠そうともしない。解放を早くも確信してさえいるようだ。

「何度も断ってきたことだが、もう一度、念押ししておこう。我々の戦略は最良の手だが、二十七名全員が解放の権利を得られるものではない」

 身振り手振りを交え、演説をぶつ枝村。

「規則に従う限り、全員が相談の上で投票を行ったとしても、少なくとも半数は徴用に回らざるを得ないからだ。解放は多くてあと二十名。ならばその全てを、我々二十七名の中から出そうではないか。七名の貴い犠牲の下に」

 効果を確かめる風に、枝村は言葉を切った。しばらく俯いていたが、やがて面を起こすと再開した。

「では、どのようにして解放される者を、つまりは二位となる者を選び出すか。我々はすでに仲間である。仲間に差を付けることはできない。しからば、運を天に任せるしかあるまい。くじを引こう」

 枝村は役人に頼んで、くじ引きのための紙を用意してもらった。短冊状の細長い紙片を二十七枚作り、その中の一枚にだけ鉛筆で印を付けた。

「最初に言っておくが、選ばれた者は喜びをあらわにせずにいてもらいたい。他の者への礼儀であるし、あの十二人の連中に知られるのもまずいのだ」

 枝村はその点を殊更強調して言ってから、くじを引くよう、二十六人の“仲間達”を促した。

「おっと、その前に」

 不意に言い、枝村はくじを握る手を引っ込めた。皆が怪訝な表情をなし、互いに顔を見合わせる。

「今回に限り、自分は無条件で外れとしておこう。それがリーダーとしての務めだろう」

 一枚、くじを引き抜き、それが無印であることを確認すると、枝村はくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。

「さあ、これで本当に準備ができた。順番に引いていってくれ」

 そして再び、くじの束を前に突き出した。

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