第24話 次なるステージ ~ ラストワン-1

「おまえ達四十一名がここに連れて来られてから、昨日でひと月が経った。互いの特質や性格など、ある程度把握できたことだろう」

 役人の胴間声が広場に轟いた。

 比較的若い年齢の段階で、微罪や知能犯罪で捕らえられた者、あるいは暴力を伴う重罪であっても初犯で更正の余地が充分に認められる者達は、ここ――都に近い湖上の島に集められ、労役に就く。一ヶ月後に正式かつ最終的な決定が下されることは、今や、この国の民なら誰もが知るところであるが、その決定方法に関しては秘密とされている。

「さて、これからおまえ達の運命を決める訳だが、今回はおまえ達同士で決めもらうことになった。四十一名を対象に、おまえ達自身が投票をするのだ」

 そうして役人は、以下の規則を朗々と発表した。


1.三十分ごとに一人を選んで投票する。投票時間は五分

2.得票数一位の者は奴隷として徴用、二位の者は解放。同数一位が生じた場

 合は無効。同数二位が生じた場合は二位に関する条項のみ無効

3.一度書いた名前は二度と書けない。徴用及び解放された者の名も書けない

4.書く名前がなくなった者、投票しなかった者は徴用

5.全参加者の運命が決まるまで繰り返される


 その間に、対象者各人には長方形の紙と鉛筆が配られた。

「なお、奴隷と言っても、そう悲観するものでないぞ。王のために一生を捧げ、もしも王が逝去された折には、王墓にともに入り、王に永遠に仕えるのだ。名誉なことではないか」

 愉快そうに高笑いをした役人は、対象となる四十一名のざわつきを無視し、突然、こう言い放つ。

「では、一回目の投票だ。配布した専用の紙に、名前をしっかりと書くんだ。制限時間は五分。遅れた者は問答無用で徴用する」

 ざわつきの質が変わった。無意識の内に、考える猶予が三十分間与えられると考えていた者が大多数を占めていたのだ。各地から集められたと言っても、元からの顔見知りもいれば、ここへ来てから親しくなった者もいる。逆に、そりの合わない者もいる。そういった事情による組織票を、この一回目の投票では活かせそうにない。

「残り一分半」

 誰もがまだ決めかねているところへ、役人が淡々とした口調で告げる。

 その次の瞬間、対象者の一人、油原あぶらはらが叫んだ。寸借詐欺を主に働いてきた、とにかく口のうまい男である。

「みんな! 生き残るためには心を鬼にしろ! まずは一番体力のある奴に行ってもらうしかないだろう!」

 油原は意中の男の名を出さず、視線だけをそいつに向けた。

「油原、おまえ」

 それきり、絶句した大男は古石ふるいしという。見た目の通り、体力があってスタミナもある。健康そのもので、せいぜい虫歯が三本あるくらいだ。短気でさえなければ、こんなところへ来ることはなかったかもしれない。

「古石か……」

 他の者達の視線も集まった。そしてそのどれもが納得の意思表示を浮かべている。

「俺はもう書いたぞ! みんなも早くしろ」

 油原は折り畳んだ用紙を高く掲げてから、投票箱に入れた。

 役人の「あと一分だ」の声が重なる。

「よし、決めた」

「悪いな、古石。恨みっこなしだ」

「俺だってあとから行くことになるかもしれんのだからな」

 次々に追随する対象者達。手元を隠してはいるが、記す名前は古石、古石、古石……のはず。

「お、おまえらあー!」

 肩を、いや、全身をわななかせていた古石だが、役人のカウントダウンに我に返った。一縷の望みをかけてか、はたまたせめてもの抵抗か、素早く鉛筆を走らせる。ぐしゃ、と握り潰した用紙を投票箱に押し込むと、油原の前まで一気に駆けた。

「油原! 貴様、待っているからな!」

 役人が引き連れて来た衛兵が周りを囲んでいなかったなら、古石はきっと手を出していただろう。震える声で凄みを利かせ、震える拳を突き付けるのみで引き下がった。

「おまえ達、静かにしろ。全員の投票を確認したため、残り時間三秒で締め切った。速やかに開票に移る。なお、次回投票は今回の結果を発表し終わってから三十分後に始まる」

 集計が行われる間、極親しい者同士が二、三人程度の単位で額を寄せ合う様子が見られた。早くも次の作戦を立て始めたらしい。

「静粛にしろ。結果を発表する」

 場を取り仕切る役人が告げた。

「一位は三十九票で古石。圧倒的多数だな」

 すでにあきらめていたか、古石は自分から衛兵の方へと歩いた。そのまま広場の外へ連行されて行く。

「二位は二票で油原だ。船で待て」

 この発表には当人を除く全対象者が「あっ」と声を上げた。

「ふふん。うまく行ったようだね。まさか、誰一人として気付かないとは予想外だよ。念のため、自分の名前を書いて投票しておいたんだが、必要なかったな。一票は古石が確実に入れてくれると分かっていたし」

 とくとくと語る油原。他の者達は、遅蒔きながら彼の戦略を知ったのだった。古石に票を集中させるべく扇動し、なおかつ自らは密かに二位を狙い、成功した……あの五分足らずの間に、ここまで計算を働かせるとは。

 と、油原の後方で怒号が轟いた。その方角に目をやれば、突進を試みる古石と、それを数人掛かり停止めようとする衛兵達。去りかけていた古石にも、油原の自慢げな台詞が届いたのだ。

「えーい、静まれ! 油原、早く退場せんか。もめ事を起こすようなら、只今の二位の権利、剥奪してもよいのだぞ!」

「は、承知いたしました」

 油原は一目散に人の輪を抜け出した。

 反対側では、組み伏せられた古石が引き起こされるところだった。

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