第23話 二つの学園

 特殊詐欺など、主にお年寄りを標的とした犯罪に関わり、逮捕された未成年者を矯正する目的で創立されたのが、獨交学園である。

 遅々としてではあるが成果を出しつつあったものの、結局、当初の目的を達成する前に法律が変わった。法律が変わったのは、世の中の状況が変わったからとも言える。

 何が変わったか?

 少子高齢化の進行が、超次元のレベルに達した。

 医療の発達と飽食、退屈なまでに平和な日常などのおかげで、この国における人の寿命はどんどん延びた。世界規模で見ても、総じて伸びる傾向を示していたが、国単位で言えば三指に入る。

 一方、娯楽が増え、多岐に渡るようになったせいか、若い世代は若い内から人生を謳歌したいという欲望が強まり、結婚や子育てを面倒なもの、邪魔なものと捉える割合が増えていった。結果として子をなす者は減り続け、若い世代の人口は先細りを極めつつある。

 人口分布図は逆ピラミッドの形状を長らく保ち、やがては労働者世代一人につき、高齢者二人を支えなければならないという異常な事態が訪れる。今さら定年退職の年齢を上げても遅い。そもそも、仕事の口自体がないのだ。

 全体の生活レベルを極端に低く抑えるか、それとも人口の調整を図るか。有権者の多数が選んだのは、後者だった。

 一時、“高齢者世代の生活を守る”を旗印に、老狼党が起こり、年寄りの票を集めて権力を握ったが、主要野党の中堅若手議員が一致団結した新党・盟主党に敗れ、現在に至る地盤が整った。

 盟主党は高齢者世代が再び実権を握ることのないよう、国会議員の資格に年齢制限を導入。いかなる功績があろうとも六十歳でお引き取り願う。立候補についても、満五十六歳までとした。

 そうしていよいよ老人の削減に着手する。「これを成し遂げなければ現役世代に未来はない!「明日は我が身と心配する必要はありません。今、お年寄りを減らすことで事態は好転し、程なくして元の一家団欒、おじいちゃんおばあちゃんと仲よく穏やかに暮らせる世界が取り戻せます」等々、嘘か誠か分からぬフレーズで支持を集め、世論を形成。ついには法案提出からの可決を見た。

 ならば、具体的にどうやって老人を削減するのか。誰も彼も、直に手を下すのは避けたい。誰に任せるのがいいか、言い換えるなら誰に押し付けるのが適切か?

 白羽の矢をたてられたのが、年寄りを食い物にした過去のある若者連中だった。「あいつらが年寄りから大金をかすめ取ったせいで、高齢者世代が自力で暮らしていけなくなったんだ。責任を取らせよう」というぶっ飛んだ理屈が通った。

 特殊詐欺の罪で有罪となり、矯正目的で一所に集められていた若い彼ら彼女らに、法の下に命令がなされる。コンテストの開催だ。


  ~ ~ ~


「皆さん、ご卒業おめでとうございます――と、ここが普通の学校であれば、今日という日は今のようなフレーズで生徒の皆さんを祝福すべきときを迎えているのでしょう。だが、我が獨交どっこう学園は普通とは異なります。


 (中略)


 悲観的に捉えてはいけません。デスゲームを勝ち抜き、生き残れば、“次”があるということです。次のステージを目指し、頑張ることが肝要です。

 なお、卒業者には定員が設けられます。

 今年度、本学園から勝ち残れる人数の枠は最終的に四名と決まりました。皆さんは上位四名までに入ることを目標に、精一杯努力をしてください。

 では具体的にどうするのかについて、国からのあなた方への通達がありますので、そのまま読み上げます。

『卒業候補生の諸君、祝いの言葉に代え、次のめいを贈る。

 各自、獨交学園老人大学部の在校生を対象にしたデスゲームを立案・設計せよ。デスゲームを一斉に実行し、参加者数や死者数などをポイント化し、優劣を付ける。

 言うなれば、これはデスゲームコンテスト。

 コンテスト上位に残れなかった者は一律に終身刑とし、過酷な労働を課す。極刑に処さないのは、若い労働人口は無碍に殺せないためであり、温情なんかではない。一生をただ働き、奴隷同然に終えるということを、よく理解しておくように。

 なお、デスゲームの実施に掛かる費用面は、国で負担する。思う存分、君らのその悪だくみの才能を発揮してくれてよいだろう。ただし、コストの掛かった分、ポイントをマイナスとする評価システムを採用するので、注意を払うのを忘れるな。具体的な計算方法については、後ほど説明がなされる手筈になっている。

 では、諸君らの奮闘を期待する。各自、罪滅ぼしに励め。』

 以上となっています。

 我々学園からも、同じ言葉を贈りたい。鋭意奮闘し、罪滅ぼしに励んでください。結果はきっとついてきます。四名のみに、ですが」


 ~ ~ ~



 デスゲームを考え、実行した若者達も人生を賭した競争の只中にいた訳ですが……彼ら彼女らは、若いという理由のみで、命の保証だけはされます。若さこそ正義、です。


 真に過酷な競争を余儀なくされたのは、やはり各デスゲームの参加者である獨交学園老人大学部学生なのは間違いありません。これまで長く生きていたとは言え、国の方針の変容により、突如、生命を絶ちきられるかどうかの瀬戸際に立たされたのだから。

 逃れられない状況下、高齢者達もよくよく熟考し、様々な策を弄して生き残ることを目指したと言えるでしょう。それが成功したか、失敗したかは別として、興味深い見ものでした。


 たとえば『イノチノデンワ』。家族の情を信じ、縋ろうとした者達のほとんどは拒絶されていました。数少ない合格者が出たのは、当人よりもさらに高齢者のいる家庭が目立った。要は、ここでも“若さこそ正義”が証明されたに過ぎません。


 『100秒先の未来』では、昔取った杵柄が幻想であるとも知らず、腕自慢の高齢者達が集まり、それはそれはひどい試合がいくつも繰り返されました。身体の衰えに無自覚だから、簡単に骨折したり怪我をしたり息切れしたり、あるいはちょっとした衝撃で心臓の具合がおかしくなるのです。仕方がありません。


 『さんかく関係』においては、身体は老いても、気は若い人が結構見受けられました。とうの昔に仄かな恋愛感情なんて消え去っていると思っていたのに、意外と引きずっているものらしく、反面教師とすべきかもしれません。ドライに割り切れば勝てた人が大勢いたように思います。


 『15日の日曜日』に目を移すと、あれは老人特有の猜疑心の強さが、悪い方向に働いたケースが観測されました。まあ、猜疑心がよい方に働くなんてあまり聞きませんけど。齢を重ねても、よかれと思ってやったことが裏目に出たり、人を信じられなかったりと、それでは生き残るのは難しいでしょう。何と言ったか、確か田口という人は、目が衰えてよく見えないのに、がんばって文章を読もうとしていたけれども、それが普段からの目付きの悪さにつながっていたことには気付いてなかったんだろうなあ。あのやぶにらみでは、他人からの信頼をつなぎ止めるのは難しい。


 そうそう、『積極的受け身』が参加者ゼロに終わったのは、ちょっと面白かった。参加者同士で争う格闘技系のゲームはそれなりに人を集められたのに、プロレスの技を食らうだけの本ゲームに誰も参加しないのは、意外だった。同じ年代の年寄り同士の喧嘩なら勝つ自信を持てるが、若い男、それもプロレスラーから一方的に技を掛けられるのは、身体が保たないと自覚できるんですかねえ? 不思議です。

 あ、ちなみにこの『積極的受け身」を考案した生徒は、さすがに無能が過ぎると判断し、終身刑ではなく、その上の刑罰を与えることになりました。私だって意外に感じたのだから、これは結果論ですがね。


 コンテストで一位を獲った『くじちゃぐりあ』についても、見ておきましょう。

 ゲームの名称は、どこかの国の言葉で、自己決定とか民族自決といった意味らしい。私、初めて知りました。

 そういう物知りな生徒が考えたゲームだからか、なかなかよかった。十三枚目の白紙カードは余計でしたが、それでも最高得点だったのだからたいしたものです。

 とはいえ、ゲームを面白くしたのはあの輪倉大河という老人の奮闘であるのは確か。

 得意の尺八を武器にして一回戦突破を測ったのは、ある意味冒険だったのではないかと思えたのですがね。年寄りには尺八を習っている人が多い印象があったので。そうでもないのか。私の思い込みを改めないといけない。

 続く二回戦では、時任寄子が輪倉大河と同じくらいによいキャラクターでした。まさか自身の足の具合を利用するとはねえ。ああいうよれよれになった足の爪って、年寄りには多いでしょうから、対戦相手を慎重に見極めたことと思います。対する輪倉は窮地をうまく切り抜けました。火傷と爪剥ぎなら火傷の方がまし? 私はどちらも嫌です。ああ、それよりもおかしかったのは、時任が耳に手を当てて聞き返してきたとき、輪倉に苛立ちが現れていた点ですね。いやいや、輪倉さんあなただって耳は遠いでしょうにとツッコミたかったな。

 彼は生きているのだから、いつかお会いできるかもしれない。そのときの楽しみとしておきます。



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