第22話 決着、そして舞台裏

 大げさな動作で再度、額を拭うと、輪倉はカードの一つに火を移した。さっき握り潰したカードをさらに捻り、十三本の小さなたいまつのようにしてある。その内の二本に火を灯したのだ。

「!? 何を」

 審判も時任も驚きを露わにした。

「別に勝負を投げ出す訳じゃないんだから、いいだろ。スプリンクラーもこの程度じゃ作動しないはずだし、あんた達に危害が及ぶような真似は決してしないと誓う」

「……分かった。だが、何か不穏な動きや不測の事態に転じれば、即失格もありうると思え」

「了解」

 輪倉はライターの火を消すと、みたび、額を拭った。そして――輪倉は集めた自身の汗を、ライターの着火口に垂らした。

「ああっ」

 時任が悲鳴じみた声を上げる。

 一方、輪倉の顔にはしてやったりの表情が一瞬浮かび、すぐに引っ込んだ。真面目くさった顔を作って、「ほら、早く」とライターを渡した。

「こんなの、着くはずないでしょ」

「どうかな。やってみたらいい」

「だいたい、濡らしたらしばらく着火は無理でしょうが。決まってる。あなたはもう一回、着火に成功しなくちゃいけないのをお忘れ? 番が来ても、乾きやしないわ」

「そう思うんだったら、さっさと着火を試みて、なるべく早くこっちに渡すのがいいんじゃないのか? 少しでも乾く時間を与えると、こっちはさらに一分あるんだからな」

「……」

 時任は奥歯を噛み締める様子を見せ、着火の動作をした。無論、火は出ない。彼女も承知のことだ。一刻も早く一分間をカウントダウンさせようと、ライターを投げて寄越してきた。

「ほら、審判、早く」

「言われるまでもなく、始めている」

 二人のやり取りには意を向けず、輪倉はライターの着火口を乾かすのに専念した。そう、先ほど灯したミニたいまつの火を二本から十三本に増やし、一斉にあてがう。

「そ、そのためだったのね。で、でも、一分で果たして乾くかしら」

「乾くさ。やったことあるんだ」

 輪倉ははったりを言った。こんなおかしなこと、やった経験なんてない。

「ままさか。乾くぐらいに火を当てたら、金属部分が熱せられて、触れなくなる。火傷するわよ。爪を剥がされるのと同じくらい、痛みがあるかもしれないわ」

「火傷の方が数倍ましだ。――審判さん、あと何秒ある?」

「残り十五秒になるところだ」

「ありがとう」

 輪倉はぎりぎりまで待ち、そして着火を試みた。

 回転ドラムは予想以上に熱を持っていたが、気にせずに、普段の感触を心掛けて回すと……火が着いた。

「よしっ!」

 思わずガッツポーズが出た。目線をライターから戻すと、対戦相手の時任は、またも呆れ顔をなしていた。

「よくもまあ、そんなギャンブルに出ることができたものね」

「いや。お褒めに与ったところを申し訳ないんだけど、着きそうになかったら、最終手段があったから」

「何ですって? どんな」

「ライターはこのボタンを押し下げるだけでガスが出るだろ。そこに、カードを捻ったたいまつの火を近付ければ、まず間違いなく着く」

 言葉を区切り、審判を見る輪倉。そして独り言めかして言う。

「認めてもらえるかどうかは、微妙なとこかもしれないけどな」

「……確かに」

 思い掛けず、審判が反応を見せた。

「少なくとも私個人では決めかねる。本部に判断を仰ぐ必要が生じていただろう。ともかく、実際に起こったことのみで判定するなら、この第二戦は輪倉大河の勝ちだ。併せて一勝一敗となり、この試合、引き分け」

 正式な判定が下り、この回も輪倉は生き延びた。



 ~ ~ ~


<――輪倉大河の最終結果がどうなったか、だって? それはもう、あの胆力だからね。次の三回戦で圧勝していたよ。相手が提示したギャンブルでも文句なしの勝利。僕も主催者・考案者として、彼のファンになっちゃったよ。

 それにさあ、あとでカウントしてみて分かったんだけど、輪倉大河のおかげと言えるんだよね。何がって、ほら、一ポイント差で僕の『くじちゃぐりあ』が優勝したじゃないか、このでさ。

 参加者が一人いれば一ポイントだろ? 参加者名簿を登録順に見ていったら、最後に輪倉大河の名前があったんだよ。つまり、ある意味、彼が最後の最後で我がゲームに参加を決めてくれたから、一ポイント差で優勝できたと言えるなーってね。

 え? それはちょっと強引な理屈だって? そうかな。うーん、まあ確かに、ポイントが付くのは参加者数だけじゃないもんなあ。分かるよ。死者が出れば一人につき五ポイント加算。その死亡が主催者が手を下すことなく、参加者同士がやり合うか参加者自らの振る舞いにより死んだのなら、さらに五ポイントが上乗せされる。

 え? ああ、その通り。僕の『くじちゃぐりあ』は毒を採用したのが大きかったとも言えるね。用意した毒を、敗北の決まった参加者が自ら呷るのは、参加者自らの振る舞いとして認定されたから。中には土壇場になって恐怖して、飲むのを嫌がった連中もいたけれど、そいつらに無理矢理毒を飲ませたとしても五ポイントは入るんだから。

 でも、やっぱり輪倉大河の貢献度は大だ。初戦こそしょぼくてしらけたけれども、その後、彼がドラマティックな戦いを見せてくれたおかげで、『くじちゃぐりあ』が視聴者投票一位の座まで獲得できたんだから。ありがたい。

 ところで、デスゲームコンテストで救済っていうか、次のステージに進めるのは、僕らの中で四人までだったよね? 優勝と四位とでは、やっぱり扱いに差を付けてもらえるのかな。シード権的なものを期待しちゃうんだけど……あ、ないの。ちぇっ、がっかりだな。>

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