第21話 爪剥ぎvsライター着火
(何でだ? 「爪剥ぎ」を先にやれば、そのあとの「ライター着火」に悪い影響が出る、そうは考えないのか? 手や指に激痛を抱えていては、着火をミスする確率が高まるはずなのに)
「よし、では『爪剥ぎ』から行う。まずは挑まれた方、輪倉大河。どの指の爪にするかを宣言するように」
「どの指もへったくれもない。降参する」
輪倉は低い声でゆっくり返答した。そうしないと、震えが声に出てしまいそうだった。
(「ライター着火」で勝たねばならない自分には、これが最善の選択。下手に抵抗しようとして、一枚でも爪を持って行かれたら、たとえライターを握る方ではない手であっても、影響が出る)
自身を納得させてから、時任を見た。
「本当にやるのか」
「何度も言わせないでください」
血を見るのが苦手とまでは言わないが、積極的に見たいとは全然思わない。それお偶発的な出血なんかではなく、故意に爪を剥がすとなると、まるで拷問だ。サドっ気を持ち合わせていない輪倉は、できることなら目を背けていたいくらいだった。だけれども、勝負の行方は見届けねばならない。
「それでは次、時任寄子。どの爪にするかを宣言するように」
審判の呼び掛けに答える前に、時任は行動で示した。
座ったまま、身体の向きを少し斜めにして、(彼女から見て右側に)足先を延ばす。そうしてロングスカートを少々たくし上げると、丁寧な手つきでソックスを脱いで行く。
「右足の小指の爪でお願いします」
「分かった」
彼女と審判のやり取りを、輪倉は半ば呆気に取られつつ、見守った。
(足の指とは盲点だった。てっきり、手の指に限る者と思い込んでいたが、確かにルールの説明には、どこにもそんなこと書かれていない……。だが、それでも! 足の小指であろうと、爪を剥ぐってのは痛くてたまらないんじゃないのか。女は辛抱できるっていうのか?)
疑問と懸念が脳裏で渦巻く。
ペンチを持った審判が時任のそばに立った。輪倉は息を飲み、どうなるのかを見守るために目を凝らした。
そのとき、輪倉は気が付いた。時任の右足の指先が、どれも黒みがかって見えることに。
「気付きました?」
時任が輪倉に向けて言った。ちょっぴり、愉快そうな口ぶり。
「私の足の指は、ちょっと病気に罹っていて、爪はどれも浮いた状態なんです。注意していないと、勝手に剥がれ落ちることもしばしばで。ですから、選べるカードの中に『爪剥ぎ』を見付けたときは、内心大いに喜びましたよ。それからは、勝負の前にうっかり爪が剥がれてしまわないよう、慎重に振る舞いました」
なるほど、な。
輪倉は泣き笑いしそうになったが、どうにか堪えた。
(限りなくインチキに近いじゃないか! だが、事ここに至って、抗議しても始まるまい。だけど、何で一回戦でそうしなかったんだよ? ほぼ確実に勝てるだろ? 何で自分がやられなきゃいけないんだよ……)
嘆いても仕方がない。分かっているが、突き詰めて考えないと気が済まなかった。
(……“ほぼ確実”を“絶対確実”に引き上げたかったのか? 相手が女なら、ひょっとしたら我慢強いのがいるかもしれない。もっといえば同じように、足の爪が浮いている者だっているかもしれない。男で、どの爪も健康的に保っているのが、時任さんにとって理想の対戦相手。そういう条件に適ったのが、自分て訳だ。何しろ、サンダル履きを見られたんだからな。あの時季は暑くて、素足だったもんな)
一応、納得の行く答は見付かった。あとは組み合わせの不運を呪いたくなった。
「一戦目は時任寄子の勝ちとする。これを踏まえて、二戦目。『ライター着火』に移る」
審判は真新しい百円ライター(今の時代も百円なのか、輪倉は知らない。要するに使い捨て型のライター)を用意し、時任に渡そうとする。それにストップを掛ける輪倉。
「勝負の前に、教えて欲しいことがあるんだ、審判さん」
「何かな」
「この十二枚、いや十三枚のカードは、補充が利くのかなと思って。いや、ほら、さっきの勝負でびびって、何枚か握り潰しちまった」
「補充は利く。特にペナルティもない」
「そうなの、よかった」
ほっとしてみせる輪倉。
正面に座る時任が、呆れた風に言った。
「カードの補充を心配するということは、次は勝って、引き分けに持ち込めるつもりなのかしら」
「つもりも何も、それしか残された道はないんだから、当然だ」
「それもそうね。ごめんなさい」
素直に謝ると、ライターを受け取った時任。右手で構えるや、「着けていい?」と審判に顔を向ける。
審判は背筋を伸ばしてから、「よいぞ」と言った。
「じゃあ」
軽い口調で応じ、緊張が微塵も感じられない気楽な動作で、あっさりと着火に成功。そのまま、「渡していい?」と再び審判に聞きながら、ライターを輪倉の方に差し出してくる。審判がうなずくのを見て、受け渡し完了。
受け取った輪倉は、ある意味、緊張していた。火が着くかどうかを不安がっているのではない。この短い時間で思い付いた策が、うまく作動するかどうか、途中で咎められることはないかという懸念だった。
しかしやるしかない。輪倉は左手の甲で額を拭う仕種をしてから一つ深呼吸をし、それからおもむろに右手でライターの回転ドラムを回した。問題なく火が点る。
「ふー、まずはつながった」
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