第20話 女の方が強いといわれるもの
一言の元に却下。理由を問おうとすると、その言葉を発するよりも先に審判が続けて言う。
「たとえ相手が戦わずして敗北を認めたとしても、今回のようなゲームの場合、出題した当人がそれをやってのける必要がある。当人もできないのであれば引き分けだ。どちらかが勝ち越す可能性がわずかながらある」
「なるほど」
確かにその通りだ。納得した輪倉達に、審判はさらに言葉を重ねた。
「すでに尺八を取りに行かせている。料理の方は少し待て」
その後、輪倉は尺八で「荒城の月」きっちり奏し、一勝を得た。
西村の方は電子レンジを駆使した時短調理で、五分以内に親子丼を完成させ、一勝。
輪倉は食べなかったが、味見をした審判の感想は、「中の中」という評価だった。
一回線となる五十四試合が総て終わった段階で、真っ先にルール改訂がアナウンスされた。白紙のカードはなかったものとする、という。
初戦で、輪倉や西村のように特技を絡めた勝負を書き込んだ者が続出し、多くの試合が引き分けに終わったというのが原因なのは、ほぼ明らかだった。
<もっと殺伐とした、あるいは緊張感漲る展開を期待していた。台無しになる前に、今残っている九十名の参加者諸氏には気合いを入れ直していただく。それは、現実を知ることだ>
そんなアナウンスのあと、輪倉達は毒による処刑を見せられた。一回戦で敗北を喫した九名が順次、毒を含まされて、もがき苦しみながら死んでいく様を、まざまざと。
(……確かに恐ろしいが……ものは考えようとも言う)
輪倉は奥歯を噛み締めつつ、前向きに考えるよう努める。
(九十人が残っていると言っていた。処刑された九人と合わせると、九十九。全参加者数は百八だから、引き算すれば九。九人が死に、九人が勝ち抜けた訳だ。一試合で複数の犠牲は出ていない。最小限の犠牲者数で済むためには、順調だと言える。合格枠は残り四十五。その中に自分が入れるよう、全力を尽くすのみ)
輪倉の二回戦の相手は女性で、
その印象と外見のみの判断になるが、冷静沈着で、でも言いたいことはきっちり主張しそうなタイプに思えた。
(向こうがこちらを覚えているかどうかは分からない。今、着席したときだって挨拶や目礼をするでもなし。できれば、知らないでいてくれた方が、勝負事をするにはありがたい)
とにかく、ここが勝負どころと踏み、輪倉は「ライター着火」のカードを選択した。
水商売に就いている者を除けば、女性はライターの着火が、男性よりは苦手なんじゃないか?という、輪倉の偏見に近い個人的感覚が理由だ。もちろん、頼りない理屈だとは、輪倉本人も承知している。
(この程度のことでも根拠にしたい。心の拠り所が欲しいんだ)
カードを表向きにする。
相手の出したカードに目を走らせ、即確認。
「――嘘だろ」
思わず、声が漏れた。
そんな輪倉の反応を目の当たりにして、時任がにっこりと微笑む。
「男の人は女の人に比べて、痛みに弱いと申しますでしょう? あれって本当なんでしょうか」
彼女の出したカードは、「爪剥ぎ」だった。
「初戦で当たったのが同じ女でしたから、このカードは使わなかったのです。やっと試せるわ」
「正気か?」
「はい?」
右耳に片手を当てて、聞き返してくる時任。その手は若干荒れているが、爪はきれいに手入れされているのが分かる。
輪倉は多少の苛立ちを覚えながらも、平静を装い直した。
「正気ですかと聞いている。爪を剥ぐなんて」
まさか脅すことでこっちが端からギブアップすることを期待して、「爪剥ぎ」を選んだんじゃあるまいな?――そんな疑念が生じる。
(もしそうなら、それは勘違いだぞ。一回戦で経験したから分かる。相手がギブアップの意思を示しても、当人は出したカード内容を達成しなくては勝ちは認められない。時任さん、あんたは最低でも一枚は爪を剥がされるんだぜ?)
次の返事次第では、詰問調ではっきり尋ねてやろうと思う輪倉。
「もちろん、正気です。私、痛みには強い方ですし、まさか十枚も二十枚も爪を剥がすことにはならないと見込んでいますので」
「……」
だめだこれは、と愕然となる。
(承知の上で、「爪剥ぎ」を選んでいる。どういうことだ。本気で、我慢できると考えているのか。とてもじゃないが、自分は耐えられそうにない。一枚だって剥がされたくない)
一勝をくれてやるのを覚悟しなければいけないようだ。
「どちらの勝負を先に行うか、じゃんけんをして勝った方が好きに選べる」
審判が時計を見てから促してきた。
(仕方がない。どうせ拒否できないんだ。ここは絶対に「ライター着火」で勝たなければ)
肝を据えたつもりの輪倉だったが、ジャンケンは負けた。
選択権を得た時任は、彼女自身が選んだ「爪剥ぎ」を先にするよう、希望した。
これがまた輪倉を困惑させる。
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