第16話 『15日の日曜日』-2

 すぐさま、仲間が一人二人と駆け寄ってきて、手を貸してくれる。廊下側の窓際、ほぼ中程にまで運ぶと、既に設置済みの机の上に載せる。天板を廊下に向けた格好だ。

「うん? 何だあれ」

 次の作業に移ろうとした田口だったが、一人が声を上げたのを聞きつけ、振り返る。

「どうかしたか」

「机の裏側に、字が書いてある」

「落書きか」

 反射的に適当なことを口にした田口だったが、書かれた文字は丁寧で、真新しかった。そこそこ長文だ。ただ、鉛筆によるものらしく、若干読み取りづらい。自然、デスクを運んだばかりの三人が額を寄せて、書かれた内容を読み取ろうとした。

 最近、視力が落ちてきたことを実感している田口は、ひときわ顔を近付け、目を凝らす。「えーっと? 『殺人鬼に凶器を使うのはアウト。だけど、参加者に使うのは……?』」

 これは。

(デスゲームのルールに関して言っている? この『15日の日曜日』の。一体どういうことなんだ?)

 混乱しかけた田口だったが、冷静さを保とうと努める。そうして三十秒ほど考え、辻褄の合う仮説が浮かんだ。

(字のこの新しい感じ、主催者がわざわざ書いたんだな? 参加者が目にすると予想して。その狙いは何だ? ルールの盲点に気付かせるヒント、アドバイス? いや、そんな優しい心根を持っているとは思えない。むしろこれは……)

 主催者の意図を察した気がした田口は、息を飲んだ。目の前の文章に隠された、いや、ある意味あからさまな邪悪たる意図に、震えが襲ってくる。

「どうしたの、田口さん?」

 十六名の内、女は三名いるが、その一人が聞いてきた。少し離れた場所にいるにもかかわらず、田口のちょっとした反応に気が付いたらしい。

「いや」

 話さない方がいい、と即断した田口。

「大したことじゃあない。デスクの裏に文字が書かれていたんだが、参加者を惑わせる戯れ言だ。読んだら腹が立つ。読まない方がいい」

「そんな風に言われると、かえって気になるわ」

 彼女が続けて言うと、田口以外の二人がほぼ声を揃えて、「『殺人鬼に凶器を使うのはアウト。だけど、参加者に使うのは』だってさ」と教えた。それなりにボリュームのある声だったから、他の仲間全員に伝わったかもしれない。

「ふうん?」

 尋ねた彼女は、一見、気の抜けたような反応をした。その実、言葉の真意を測ろうと、考えているようにも見える。

(まずいことになるかもしれない)

 田口は内心、ほぞをかむ思いであった。

(あの落書きは、我々参加者を同士討ちさせるための罠だ。確かに、ルール上、殺人鬼以外に凶器・武器をふるっても反則にはならないんだろう。そのことに気付かせ、裏切りを誘発するのが狙い。あの文章を知ったからと言って確実に裏切るとは限らないが、可能性は大きくなってしまった。――この教室に、武器になる物はないのか? カッターナイフと同じように、自分が責任を持って預かっておくのがベスト)

 そこまで思考を進め、頭を掻いた田口。

 と、別の仲間が近付いてきて、声を掛ける。

「おーい、田口」

「何?」

「ロッカーをどけたら、こんな物が転がってたんだが」

 その手には、小ぶりな包丁が握られていた。

「ど、どこにあったって?」

「だから、ロッカーの……裏側だろうな。あんなとこに包丁が落ちるなんて、超珍しいってやつだ」

「……」

 再び沈思黙考する田口。

(その通りだ。包丁があったのはたまたたなんかじゃない。恐らく、いやほぼ間違いなく、主催者が仕込んだんだ。さっきのデスク裏のメッセージルールの盲点を教え、包丁を置くことで武器の使用を意識させる。くそっ。嫌なことを仕掛けて来やがる)

 田口の心配をよそに、包丁が何でこんなところにあったのか、みんなが考えを述べ始めていた。

「主催者が置いたのなら、嫌がらせ、か?」

「どういう意味よ」

「嫌がらせって言い方が悪かった。反則させるために包丁を前もって置いていたってことさ」

「なるほどー。思わず使っちまうなんて、いかにもありそう」

「だろ?」

「でも、待った。それだと殺人鬼にとってリスクでかくないか?」

「あ、本当に刺されてしまう危険性が」

「この包丁、先がしっかり尖っていて、突き刺すだけでも相当な深手を負いそうだ」

「うーん。殺人鬼は滅茶苦茶強くて、素人が包丁を振り回してきても、余裕で対処できる、とか?」

 なかなか結論は出そうにない。そのまま、主催者の真意に気付かないでいてくれと、田口は願った。



 ~ ~ ~


<わざわざ種明かしするほどのことじゃないと思うけれど、殺人鬼なんていません。反撃を食らって死ぬかもしれない、そんな役割を引き受ける人、いると思えなかったから、最初から探しもしなかった。

 代わりに、校舎のそこかしこにメッセージや武器を仕込んでおいただけ。メッセージに気付き、武器を発見した参加者の何人かが、殺す側に転じると見込んでいたけれども、まさかこんなにも高い裏切り率を示すなんて、予想外だったなあ。嬉しい誤算てやつ? ちょっと違うか。何人か犠牲が出ると、あとは参加者同士で勝手にやり合い出した。元からの知り合いならまだ信用できる余地があるが、そうでないなら信用よりも死を、になるんだな。ゲーム中盤には、知らない奴を見付けたら襲いかかるのが当たり前のようになっていた。

 その点、田口諒達のグループは厄介だったなあ。昔からの馴染みというのは、思った以上に絆がしっかりしてるんだな。かなり終盤まで、裏切り者が出ることもなく、事を運んでいた。

 だけど、結局は味方同士でやり合い、死者が出た。あとから俯瞰的に考えてみると、田口がちょっと賢い分、全体を仕切ったのが失敗につながったように思えるから、皮肉なものだねえ。こちらの意図に気付いていたなら、早めに全員に知らせて、情報を共有しておいた方がよかったんじゃないかな。下手に隠したせいで、終盤、田口がカッターナイフを持っているのを見た仲間達が疑心暗鬼を起こして、騒ぎ始めた。『そのカッターで、俺達を殺して出ていくつもりなのか?』とね。

 この騒ぎが序盤かせめて前半に起きていたなら、まだ修復できたかもねえ。終盤、もう少しで勝ち残りだという意識が芽生えた頃合いで、カッターナイフ所持が発覚。そりゃあ信用が崩れてもしょうがない。

 しかもあの部屋には包丁まであった。事態の悪化に拍車を掛けたってのは確実に言えるよね。一人で二人を殺せば合格なのに、それ以上の殺し合いになっちゃった。生き残った連中も大半は重傷だし、果たしてどれほど真の意味で生き残れるのか……ま、あんまり興味ないんだけどね。自分のことで精一杯だもん。>

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