第12話 『100秒先の未来』-2

 こうして迎えた第二試合。開始と同時に寅山がタックルを仕掛けて来た。砂原は拳、肘、膝、足刀を今の彼の限界のスピードで繰り出し、応戦。幸運にも右の膝蹴りが寅山の額を掠めた。

 固くて尖った部分が当たったらしく、寅山は見る間に出血し、滴る血のせいで視界を悪くした。早く相手を掴まえねばとタックルにますます拘る寅山に、砂原は組み付かれた。倒されそうになる。

 ただ、これまた運よく、ふくらはぎの辺りを両手で掴まれただけで済んだ。倒れる動作に合わせて肘打ちを、寅山の額の傷口目掛けて振り下ろす。その後も立て続けに拳を叩き込むと、出血が勢いを増した。まずいと判断したらしい寅山は、砂原の足から手を離し、額や顔を腕でガードしつつ、にじり寄ろうとする。

 しかし、足が自由になった一瞬を逃さず、立ち上がった砂原。距離を取ると、続いて立ち上がろうとする寅山の頭部に、回し蹴りをきれいに決めた。

 寅山は糸の切れた操り人形の如く、動きを止め、ぱたりとその場に倒れた。でも、死んだかどうかは、砂原には分からない。止めに入るレフェリーもいない。デスゲーム主催者の判断で、競技場(教室)の外から一時ストップの声が掛かり、生死の判断がなされる。ただ、手応えのみで判断するなら、砂原が経験したことのあるノーマルな試合と大差がなく、相手の生死に関わるような一撃ではなかったと感じられた。

 にも関わらず、寅山は死んでいた。

(俺みたいに不摂生をしていたようには見えなかったが、どこか具合が悪かったのか?)

 “人を殺した”という感覚の呆気なさに、砂原はひときわ強い戸惑いを覚えた。

 しかし、しばらく時間が経ち、やはりいつもと違う精神状態であり、力が入っていたんだなと実感することがあった。疲労感が、段違いにきつかったのだ。


 その後、三試合めにしてようやく、本来の予想に沿った展開になった。わずか百秒といえども、命を賭しての戦いに素人二人はともにへばってしまい、最後はへろへろのパンチを出し合いながら、時間切れを迎えた。

 これにより試合場の教室は、空気が変わったように思えた。続く第四試合、埴生幸之助はぶこうのすけ馬場俊邦ばばとしくにの試合では、両者ともになかなか攻めに行かない、お見合い状態が続く。一分が経過した時点でやっと動き始め、残り数秒、引き分けが見えたところで、埴生が大振りのパンチを立て続けにふるった。当たれば儲けもの、逆に攻撃を食らっても残り時間から引き分けになる、ぐらいの気持ちだったのかもしれない。

 そうして前に出た埴生に対し、馬場は距離を置こうとしたか、右足を前蹴りの要領で真っ直ぐ振り上げた。拍子に、彼の履いていた革靴が脱げ、埴生の胸、みぞおちよりほん少し左寄りにぶつかった。埴生が前進していたことと、馬場の蹴り上げの勢いが付いていたこととで、かなり強く当たったのは確かだ。それでも攻撃と呼ぶには頼りないレベルだった。

 だが、直後に埴生は胸を押さえると、うずくまって苦しみ始める。時間切れになる寸前で、横倒しになり、短く痙攣を見せたかと思ったら、程なくして動きが止まった。

 すぐさま医師が診る。試合時間と同じくらいの間を置いてから、馬場の勝利が宣告された。埴生幸之助は死亡していた。革靴が胸に当たったのが原因で、偶然にも心室細動を起こしたらしかった。

 思い掛けない成り行きに、場の雰囲気はまたも殺伐としたものに戻っていく。

 五試合目、男子の一回戦最後の試合は凄惨なものとなった。小柄ながらレスリングの経験がある力沢早太郎りきさわそうたろうが、運動系の部活の経験のない針金のような体格の伊藤直己いとうなおきを圧倒、タックルで捕らえると壁際に追い込む。上半身を起こした状態の伊藤の首に、力沢が腕を横に当て、そのまま押し付ける。窒息死を狙っているのか。五秒もせぬ内に激しく藻掻き出した伊藤。その両腕はしばらく宙を掻いていたが、狙ったのかたまたまなのか、力沢の耳に触れた。レスリング経験者によくあるように、力沢の両耳は不細工なシュークリームのように膨らみ、固くなっている。固いと言うことはある意味、脆いことでもある。死の淵に立たされた伊藤が、文字通りの死に物狂いで、力沢の耳を掴み、引っ張ると――もげた。右、左の順に、ぽとりと落ちる。

 これには力沢も怯む。痛みの程度は恐らくたいしたものではなかったろうが、自分の肉体の一部が取れるというのは、精神的に“来る”ものがあるに違いない。

 首を圧していた腕が離れた。伊藤はすでに、このままでは殺される!という思いを味わったせいか、反撃の手段に躊躇はなくなっていた。五指を使って力沢の目を狙う。目潰しだ。無論、人間の眼球は簡単に潰れはしないが、視力を一時的に奪うことには成功した。起き上がった伊藤は、顔を背けた力沢に追い打ちを掛けんと動く。伊藤に柔道の心得がわずかでもあれば、後ろから首を絞めるのが最善の選択だったろう。しかし何ら格闘技の素養がない伊藤は、喧嘩殺法しかない。四試合目の決着を目の当たりにしていた影響もあり、靴を脱ぐと力沢の後頭部を思い切り殴りつけた。それでも力沢は小さく呻いただけで、のびはしない。伊藤は最後の手段とばかり、首筋から肩口にかけて噛みついた。

 噛み千切らんばかりの強さ、勢いだったが、さすがに千切るまでは行かない。深い傷を付けるのが限度だ。そしてその程度の傷では、人間、すぐには死なない。出血量が増えるだけ。かえって、力沢の本能を呼び覚ます効果があったかもしれない。

 復活した力沢は、まだよく見えていないであろうに、伊藤の位置をおおよそ見当づけて掴みかかった。勢いよく押し倒すと、俯せ状態の相手に跨がり、最前痛い目に遭わされた口に的を絞る。強引にこじ開け、両の拳を連続的に打ち下ろす。

 伊藤の口中はたちまち血の海となる。赤い液体がたまっていく。それを吐き出させないようにする力沢。ついでに伊藤の鼻腔も、手のひらで覆った。

 そんな体勢のまま、百秒が経過し、医師のチェックが入った。伊藤は溺れていた。自らの血に溺れ、呼吸ができなくなり、死を迎えたのだった。

 力沢の方も勝利という名の合格を手にしたとは言え、重傷を負った。病院へ向かったが、現在の彼の体力的に、助かるかどうかは五分五分といったところか。


 女性の試合の直前に、噛み付きという手段があることを示した第五試合は、ある意味、罪深かったと言える。

 出場する女全員が看過され、隙あらば噛み付こうとする。実際には、柔道や新相撲(いわゆる女相撲)の経験者もいたのだが、その彼女すら噛み付きを狙うほど。

 でも、百秒以内に噛み付き主体に攻撃しても、相手の命を奪うのは難しい。はっきり言って無理だ。おかげで女子部門は引き分けの連発となり、ルールに従って対戦相手を替えていった結果、ほぼ総当たりの様相を呈した。となると当然、体格で上回る者やスタミナのある者が有利になり、身体指数の大きな順に二人が勝ち残った。


 男子で唯一引き分けに終わった二人は再戦に次ぐ再戦となった。その上、試合では決着をみることがなかった。ではどのようにしてけりが付いたのかというと――四度目の再試合を前に、片方の者が継続的プレッシャーに耐えられなくなったか、身体に不調を来たし、そのまま亡くなってしまった。心臓発作と思われた。



 ~ ~ ~


<んー、やっぱり、死ぬまでやりなさいっていうルールはきつかったみたいで。普通に、格闘技の試合で勝ったら合格、負けたら死亡とした方が、参加者が増えて、試合も面白いものになったかも? うーん、だけど参加者同士が殺し合ってこそ、デスゲームの醍醐味って気もするし……難しいなあ。>

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