第11話 『100秒先の未来』-1

二.デスゲームその2『100秒先の未来』

<こちらで紹介するデスゲームは、体力・腕力に自信のある方向きです。

 皆さんは、“100セカン”なる競技をご存知でしょうか。

 いっとき、六十秒間最強を決める云々というコンセプトの格闘ショーイベントが流行りましたが、その試合時間の短さに反して、いつまで経っても最強が決まらない。一部から不満の声が上がるようになり、その声に応える形で新たに出て来たのが後発の類型イベント“100セカン”です。

 それをデスゲームに当てはめたのが、『100秒先の未来』になります。

 基本は“100セカン”と同じ。競技者二人が試合時間百秒以内に、格闘により雌雄を決する。競技の場は、普通教室の一つを使います。椅子や机など、邪魔になるものは撤去しますので、板敷きの剣道場のイメージに近いと言えるかもしれません。格好は普段着のままでお願いします。まあ、眼鏡やペンなどは外しましょう、凶器になりかねない。ああ、男は、ネクタイをしているのなら外すことをおすすめします。引っ張られると不利ですし、首を絞められる恐れがありますから。

 格闘そのもののルールは大きく異なり、過激になっています。徒手空拳であれば何をやってもかまわない。そして勝利条件は、時間内に相手を死に至らしめること。

 時間内に決着しなかった場合は、両者とも次の試合に出てもらいます。この際に可能であれば新たな相手と対戦してもらいます。また、治療は一切施しませんので、ご注意ください。

 対戦の組み合わせに関しては、男なら男、女なら女と戦うようにします。

 年齢については大差ないものと見なして、考慮はしません。

 階級については、某武道団体の身体指数を採用し、「身長プラス体重」を計算、その数値の近い者同士になるよう、上から順に二人ずつ組み合わせていく。時間切れ引き分けにより、二回戦、つまり二試合目以降に進む参加者に対しても同様の手順で組み合わせるのを原則としますが、先にも触れたように、同じ対戦相手になるときは部分的に組み合わせを変更することになります。

 参加者が奇数の場合は一人、対戦相手が決まらない者が出ることになりますが、その人は強制的に二回戦からの出場になります。一試合目をしていない分、有利になるかと思います。ただし、一回戦がすべて決着したときは対戦相手がいなくなるため、無条件で失格扱いになります。ご愁傷様です。でも、我々の想定では、一回戦の全試合が決着するとは考えていません。素人の方が二人、素手で百秒間やり合って、相手を死に至らしめるのはなかなかに困難ですから。むしろ逆に、決着する試合の方が少ないと予想されます。

 以上のようなルールに基づき、参加者の全員の生き死にが決するまで繰り返し行います。そう、最後の二人になっても、決着するまで延々と繰り返す。食事も休憩もなく、延々と。

 さて、激しくも厳しいデスゲームになるかと思いますが、血気盛んな腕自慢の方はふるってのご参加を。>


 一時間後の締め切りまでに、「100秒先の未来」に出場を申し込んだのは、男性が十名ちょうど、女性がその半分の五名となった。ある程度予測できたことだが、短い試合時間であろうと殺し合いそのもののデスゲームでは、参加を考える者は少ない。よほど喧嘩に自信のある者でも、周りを見渡して自分よりも強そうな者がいれば、出場を躊躇うに違いない。

 意外だったのは、結果の方だ。

 腕っ節に自信のある者同士でも所詮は素人、人を殺した経験もまずないのだから、たったの百秒間ではなかなか決着を見ないであろうとの予想を、見事に裏切られることになる。

 第一試合で男性の最重量者・砧万太郎きぬたまんたろうと最高身長者・安中正二やすなかしょうじがぶつかり、安中が相手の首を抱え込んでの膝蹴り連打で押していたのだが、およそ四十秒が過ぎたところで足首を捻り、バランスを崩す。その流れのまま砧の巨体に押し潰される格好となり、戦意を失いかけた(後に判明したところでは、胸骨と肋骨一本が折れていた)。そこへ砧がのしかかったまま拳を、相手の顔面と言わず脇腹と言わず、雨霰の如く打ち下ろす。安中は三十秒ほどで動かなくなり、死亡が確認された。

 予想外はさらに続き、勝ち残った砧も試合後しばらくしてから昏倒。これも後に判明したことだが、くも膜下出血を起こしており、病院へ搬送された(勝者なので)ものの死亡している。


 一試合目から死者が出たことが、続く出場者達の心理に影響を及ぼしたのは想像に難くない。二試合目で対戦する二人はともに格闘技の経験者であったから、本来なら抑制が利いたかもしれないのに、そのたがが外れてしまったようだった。


 砂原弘人さはらひろとは、小学校低学年から町の道場で空手を習い出した。小学校、中学校と続けてきたが、高校一年の夏にちょっとした犯罪――あくまでも本人の当時の感覚で“ちょっとした”だが――に関わり、加害者になった。そのことで空手の先生に迷惑が及ぶのを望まなかった砂原は、自主的に道場をやめたのだった。その後も独自のトレーニングは積んでいたので、腕は鈍っていないと自認している。無論、大会などで技を競う経験が積めなかった分、やや衰えたかもしれないが、それでも素人相手なら負ける気がしないでいた。空手を人殺しの道具とするのもまた好まざるところではあるが、現状ではやむを得ない。割り切って、非情に徹する決意を固めた。なぶり殺しも辞さないつもりだった。

 ところが、対戦相手が寅山仁平とらやまにへいに決まったと聞き、楽な道を行かせてはくれないなと砂原は痛感した。

 寅山とは面識こそないが、少し前からよく知っている柔道の猛者だ。恐らく、寅山もまた砂原の空手の腕前を把握しているものと思われる。

(掴まるとヤバい。投げ技は何とか凌ぐとしても、寝技に引きずり込まれるとどうなるやら……百秒間ならどうにか耐えられるだろうか。確証はない。ここは安全策で行くべきか。時間切れ引き分けになってもかまわないから、ローキックで距離を取る。そして隙があるようなら、ハイキックで頭部を狙う。時間切れ間際に、距離を詰めて仕掛けるのもあり)

 作戦を立て直した砂原だったが、一試合目の結果を知らされて、また気持ちに変化が生じた。

(寅山の奴、緊張と興奮から異様に昂ぶって、なりふり構わず俺を掴まえ、殺しに来るかもしれない。そうなったら、こっちも必死に応戦せざるを得ない……)

 砂原自身も、いつになく気持ちが昂ぶっていたが、本人は気付いていたかどうか……。

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