第10話 『イノチノデンワ』

一.デスゲームその1『イノチノデンワ』

<ルールは簡単。参加者はご自宅に電話し、同居家族に依頼をするだけです。『デスゲームに参加することになった。代わってもらえないか』と。

 依頼を受けてもらえれば、その時点で合格。無条件で生き残れる。もちろん、代わりになってくれた家族も形ばかりのゲームをするだけで、実際には勝敗にかかわらず命に別状はありません。だからといって、交代を依頼をする際にこのルールを相手に伝えてはいけない。漏らした者は即失格、つまり死にます。

 ああ、家電話じゃなくてもかまいません。最近は固定電話のない家も多いでしょうからね。

 また、同居している家族が今はいないという方もいるでしょう。その場合は、二親等までの身内に電話することを認めます。成人している必要はありませんが、さすがに赤ん坊はだめですよ。代わりにデスゲームに出てくれと言われて、理解できる年齢でなければいけません。

 家電話に掛けるにせよ、携帯端末に掛けるにせよ、チャンスは一度きりとします。なので、確実につながる家族の誰かに掛けてください。呼び出し音が鳴り始めてから一分が経過してもつながらない場合は失格。

 デスゲームに参加することを伝えてから七分以内に承諾の返事を得られなかった場合も、失格になります。念のために申し添えると、七分を経過していなくとも、相手に電話を切られた場合でも、やはり失格となります。残り時間があるからと言って、掛け直しは認められません。

 あと、レアケースとは言え、大事な注意事項を一つ、申し添えておきます。電話を掛ける相手は、本学に通っていない人に限ります。ええ、同居家族を含む二親等内の親族が、本学に通っている可能性はあるでしょうからね。たとえば兄弟姉妹。中には、同学年で今まさに並んでこのゲームのルール説明を聞いている人達もいるかもしれない。そういう人達が互いに助かるために、互いに電話を掛けて交代を依頼する、なんていうのは認められません。明らかにずるですから。

 さあ、以上のようなルールのデスゲームに、挑む勇気を持ち合わせた方はいらっしゃいますか?

 正直な感想を述べさせてもらうのなら、あなた方のような人に代わってデスゲームに出てやろうなんて奇特な人、身内にだっていないと思いますけど、自信があるのでしたら、家族の情愛に賭けてみましょうか? 当方は大歓迎です。

 大勢の方の参加を、心よりお待ちしています。>


「――あ、母さん? 私です。みんなは全員揃ってる? ああ、よかった、好都合。

 時間がないから落ち着いて聞いてほしいんだ。例の法律で決まったでしょ、デスゲームが適用されるって。あれに早速、当たっちゃいまして……。

 それで、もうゲームは始まっているんだよね。そう、つまり、この電話がゲームの一環な訳で。え? ううん、詳しいことは言えない。禁じられてるから。今言えるのは一つだけ。代わりに、デスゲームに出てほしい。

 はい? ふざけないでって、ふざけてなんかないよ。身内の誰かが代わってくれたら、助かるんだって。――い、いや、そうじゃなくて。代わりに犠牲になってくれって言ってるんじゃあないんだ。その、説明できないんだけど。

 と、とにかく、これこそが本題だから、母さんだけじゃなく、みんなに聞いて、返事をすぐにしてほしい。

 ああ! ちょっと、聞くまでもないって、そんな殺生な。聞くだけでも聞いて、それからでも遅くはないって。そ、それに、こんな言い方したくはないけれども、まともに聞かずに代理の頼みを断ったと、世間にばれたら、さすがに外聞がよくないんじゃないかな……?

 あ、え、聞いてくれる? よかった。よろしくお願いしますです、はい。あっ、この電話は切らないで。つないだまま、急いで返事を。えっと、時間は言ってよかったんだっけ。七分間。七分以内に返事を!」

 櫻田倍美さくらだますみの依頼は、家族全員から拒まれた。


「――デスゲームに強制的に出ることになった。うん、そう、あれ。そんで頼みがあるんだ。ゲームはいくつかあって選べるんだけどさ、俺が選んだのは、身内に代わってもらえる権利が与えられてるんだよねえ。

 ――まあ、待て。わめくな、落ち着けって。ちゃんと聞けよ。俺はこのゲームを選んだのは、そういう権利があると知ってて選んだんだ。何故って、ほら、うちにはいるじゃないか。寝たきりの義母さんが。動けないし、頭もぼけが進んでいるくせして、力だけは残ってて元気いっぱいでさ。世話を焼くのが大変だ、しんどいって言ってたじゃないか。ちょうどいい機会だと思わない? 合法的に、義母さんを送り出せる。

 少し考えさせてくれ、だって? もちろんかまわないけどさ。時間を区切られているから、それには間に合わせてくれよ。七分間だ。電話がつながってから七分間だからな。もう二分近く過ぎている。あ、ついでに言っておくと、本人の同意が当然、必要なんだけど、でもさ、ぼけてるんだから、その辺、うまーくごまかしてくれよ。うん、いいんだ。

 ……え? やっぱり無理、断るって、何で? ど、どうして俺の提案が受け入れられないんだよっ? 誰にとってもいい話じゃないか。

 俺よりも義母さんを行かす方が得だ? そ、そりゃあ俺よりも金、稼ぐよな。義母さんは遺族年金やら何やらで、たんまりもらっているもんな。だ、だけど、俺だって……そうか、搾り取れるだけ搾り取ろうってか。俺はお払い箱か」

 高台元史たかだいもとふみは、学校内に設置された公衆電話の送受器を叩き付けるようにして戻した。


「――と、いうわけで、あるデスゲームに参加しなくちゃいけなくなったの。そのデスゲームでは、二親等以内の親族に代わってもらうよう頼むことができるんだけど、どうかしらね。うん、あなたにお願いしようとは思ってないわ。私がこのルールを聞いたときに思い出したのは、うちには適任者がいるじゃないってことなの。

 そうそう、それ、お姉ちゃんのこと。もう治らないんでしょう? たまーにだけど、もう死にたいって口にしてるの聞いたことあったし。

 だからさ、あなたから言ってくれないかなあ。今から、うーんとそうね、六分以内にオーケーの返事をもらって欲しいの。あなたならできるわ。――何言っているの。しゃべりが自慢の商売道具でしょうが。お笑いでちょっと顔が売れたのをいいことに、若い女の子を幾人も引っ掛けていたじゃないの。あのときの手腕を思い出して、今発揮してみせてよ。私のために」

 加藤千賀子かとうちかこは概ね、説得に成功していた。だが、不運なことに通話が途中で切れてしまった。彼女もまた公衆電話を使って家族へのコンタクトを取っていたのだが、通話料として用意できたのが十円玉のみで、硬貨投入口に二枚目を入れ損なったが故の通話中段だった。十円玉を床を転がり、思った以上に長い距離を転がり、ウォータークーラーの下に潜り込んでしまったのだ。

 ミスは彼女自身によるもので弁明の余地はないが、そもそも加藤千賀子が携帯端末の類を所有していなかったのも遠因として挙げられるだろう。もちろん普段から校内では使用禁止のため、学園側に預ける規則になっているのだが、このデスゲーム「イノチノデンワ」に関しては、自身の携帯端末の使用が認められていた。



 ~ ~ ~


<結果を端的に言えば、「イノチノデンワ」に参加したのは三十九人。うち、説得に成功したのは、なんと、二名もいたわ。どちらも高齢かつ重い病を患っている身内がいたからなんだけど、それでもまさかたったの七分間で本人から了承を得るなんて、至難の業と踏んでいたのに。ま、もしかしたら多少のインチキはあったのかもしれない。けれども、参加者だって生き残るために必死でしょうから、それくらいはお目こぼししてあげるつもりよ。>

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