第7話 狡猾

 一枚のカードの裏に『さんかしかく』と書き、残る二枚の裏には『キーワード』と書いてやった。さっきのルールの取り決めで、先輩は「キーワードを選ぶ」との表現を使った。換言すれば、『さんかしかく』と書かれたカードだけでなく、『キーワード』と書かれたカードも選べば負けと解釈できる。

 シンプルで誰にも思い付きそうな策だけれども、ルールの抜け穴を利したれっきとした戦略であり、先ほどとは違う。

 勅使河原先輩は一分経過ぎりぎりまで考えた、というか迷った挙げ句、真ん中のカードを選んだ。裏返すと、そこには『さんかしかく』と書かれていた。

「うむ」

 しょうがない、運が悪かったとでも言いたげな、それでも冷静で落ち着いた口調の勅使河原先輩。

 僕としては、この戦略を相手に見せつけたい。あとの二枚には『さんかしかく』と書かれていないことを明らかにする必要もある。残りのカードを僕自ら開いてみせた。

「……面白い!」

 文句一つ言わず、悔しがる表情の片鱗すら見せずに、勅使河原先輩はこの回の負けを受け入れた。むしろ、楽しんでいる? この手の頭脳戦ぽいやり取りが好きなんだろうな。

「最初のカード選択は引分けだな。クイズ勝負はどうする? 先ほどの順番を守って、私から出題かな。それともお手本を示してくれるかい?」

「……僕から出題します。すでに決めておいたので、行きますよ。『肉食獣・野菜チームと草食獣・果物チームが野球で対戦した。肉食獣・野菜チームが二点リードのまま、迎えた九回裏。草食獣・果物チームの攻撃もすでにツーアウト。しかも出塁ランナーなしで、迎えるバッターは八番インパラ。下位打線とあってあっという間にツーストライクと追い込まれる。応援する誰もが万事休すと感じる中、次の三球目、インパラは奇跡の一振りでホームラン。試合はそのまま草食獣・果物チームのさよなら勝ちとなった。――さあ、これってどういう事態なのか、説明してほしい』という問題です。なぞなぞみたいなもんです」

「……」

 問題文をメモに取っていた先輩は、その書き付けた紙を手に持ち、じっと視線を落としていた。横手では城ノ内委員が時間を計っている。

 先輩はなかなか答えなかった。最初は考え、悩んでいるのだろうと思っていたのだけれど、どうも変だと気付いた。先輩の視線は、メモ書きよりも、手首の腕時計によく向けられているようなのだ。制限時間の経過なら、城ノ内委員が三十秒ごとに知らせてくれているのに。

「残り三十秒」

 委員の声が掛かる。でも先輩は黙ったまま。それは十秒を切ってカウントダウンが始まってからも変わらず、とうとうタイムアップになった。

「ちっとも分からないな。正解を教えてほしい」

 悔し紛れなのか、ちょっと奇妙な笑みを浮かべながら求めてくる先輩に、僕は答えようとした。が、「いや、やっぱり自分で考えて答を見つけたい気もする。待ってくれ」と手を翳して制する勅使河原先輩。何なんだ?

 そこへ城ノ内委員が割って入り、「問題としての正当性を確かめたいので、出題者の口から正解を聞かないといけません」と告げる。僕は多少のいらだちを覚えつつ、心理の乱れを押し隠して答の説明をした。

「答は――何ら不思議な点はない。何故なら、最終回の攻撃で草食獣・果物チームは、ツーアウトの時点でランナーに梨と鹿が出ていた。『鹿も出塁、ランナー梨で』ということですから。そこへホームランが飛び出せばスリーラン。三点入って逆転さよなら勝ちは当然です」

「なるほど。よく分かった」

 これまたあっさりと受け入れる勅使河原先輩。少しぐらい抗議してもおかしくない、強引ななぞなぞなのに。

「じゃあ、勅使河原さん。今度は問題を出すのをお願いします」

「まあ、待ってくれ。私は、森本君ほどクイズは得意じゃないんだ。答えるだけでもそうなのに、ましてや作るとなるとね」

「自作じゃなくても、知っている中で難しいクイズを出してくれれば、それでかまわないんですよ」

「そうか。では記憶の糸をたぐって思い出すとしよう」

 と言って腕組みをして、いかにも考えている風に首を捻るポーズを取る。

 僕は焦れて、天を見上げた。その途中、校舎の時計塔が視界に入る。

 ――あ。

 分かった! 勅使河原先輩の狙いは、時間切れなんだ!

 無理に勝負に行かなくても、あとおよそ十分間粘れば、勝ち星一つの差で逃げ切れる。冒頭、いきなり宣言を始めた段階で、この人は時間切れに持ち込むことを念頭に置いていたのかもしれない。何という狡猾さ。

 条件提示の際、出題するまでの時間に制限を設けなかったのが悔やまれる。常識外れの長考は実行委員から注意が与えられ、早くするように促されるだろう。だが、それを待っていては、この回にクイズで勝利を収められたとしても、次のカード勝負が済む前に、時間切れになる可能性が高い。

 どうにかしなくては。必死に考える僕の前で、先輩はまだ問題を考えている。いや、恐らくははそのふりだけだ。だって今、勅使河原先輩の目がちらとこちらを見て、笑った気がする。

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