第6話 決勝の攻防

 極めて事務的に、城ノ内委員が告げる。僕は例の巻紙に記されたキーワードを目で確認しつつICレコーダーの録音ボタンを押し、相手の出方を窺うことに徹した。

「森本君。君のこれまでの勝ち上がりについて、知りたいな。どんな条件を追加してきたんだろう?」

「……去年、準優勝の勅使河原さん相手にそれを言うのは、手の内を晒すようで恐いな」

「勝負の世界で謙遜は美徳にならないが、所詮は準優勝、一番ではないさ」

 内心、どきりとする。というのも、所詮は準優勝云々のみを聞かされていたら、きっと僕は「ご謙遜を」と返していたに違いないから。心を読まれた気分になる。

「長引かせたくないのは、お互い同じだろう。前言撤回して、条件の追加を受け入れてもいい。森本君の提案を言ってみたまえ」

「……クイズを出し合って、自分は正解し相手が不正解だった場合に、相手はキーワードを言わねばならないルールで、勝ったことがあります」

「クイズか。手っ取り早くていい。運の要素が低めなのも悪くないな。だが、君の得意なものを一方的に受け入れるのは、不公平というもの。クイズで勝負し、そのあと私が提案する条件でもう一勝負。決着するまで、これを繰り返す。対等な勝負と思うが、どうかな」

「そちらの条件を聞いてみないと、何とも」

「さほどややこしくない。カードを三枚用意する。一枚の裏にキーワードを書き、あとは何を書いてもいい。三枚を伏せ、一枚を相手に選ばせる。攻守交代して同じことをやったあと、キーワードを自らが選んでしまい、かつ、相手にキーワードを選ばせることができなかった者が負けだ。君の得意なクイズと組み合わせて、四つの関門をクリアした者が勝者になる。

 それともう一つ、付け加えたい条件がある。これはクイズ、カードどちらにも適用したんだが、一度使った戦略の再使用は当人であろうと相手だろうと一切認めないことにしたい。どうかな」

 時間の短縮という目的からすると、煩雑な仕組みは正反対である。が、強敵と闘うとき、関門が四つあるというのは落ち着いて闘える状況と言えなくもない。

 戦略の再使用禁止という提案については、どうだろう。たとえば僕がこれまでに使った、キーワードを含む正解やローマ字逆読みといった作戦が、それぞれ一度しか使えないことになる。その一方で、相手に真似をされると困ることもある。禁止は一長一短か。まあ、一度なら使えるのだから、応じてもかまわないと判断した。

「受けます。ただ、順番を入れ替えて欲しいですね。先にカードのやり取りを体験しておきたいんです」

「分からないな。クイズで勝利して精神的に優位に立った上で、次に進む方がいいとは考えないのか。まあいい。森本君の自由だ」

 条件の追加が承認され、次いで白紙のカードとそれを置くための机が、城ノ内委員の手によって用意された。どうやら前回準優勝者の特権で、前もって準備させておいたらしい。……ということは、ここに至るまでの流れも、成り行きのように見せて実は勅使河原先輩が予め立てていた作戦通り、ということになるのか? うむむ、さすが前回準優勝者。いよいよ油断ならないぞ。僕はこの日一番と言っていいくらい緊張感を高め、気を引き締めた。

 さて、机を往来の邪魔にならない場所に設置したあと、クイズの解答及びカードの選択にかけていい時間は、クイズが三分、カードが一分に決まったところで、本格的に勝負スタート。

「では、私が先にカードにキーワードを書く。三枚のカードが机に置かれてからカウントダウン開始だから、森本君は早く選ぶことだ」

 それから僕は、後ろを向かされた。無論、先輩が書くところを絶対確実に見ないようにするため。

 それから一分以上が経っただろうか。カードにちょろっと書くだけにしては、随分待たされるなと感じ始めた頃に、ようやく「いいよ」と声が掛かった。

「さあ、選びたまえ」

 勅使河原先輩は、机に並べられたカードの上で、右手をさっと振った。

「ん?」

 予想外の光景に、僕は思わず唸る。瞬きの回数が多くなった、と自覚したのは少し経ってから。

 カードは三枚全てに、『さんかしかく』と書いてあったのだ。

「これ……?」

「裏表を間違えたのではないし、キーワードを書き間違えたのでもない。さっき取り決めたルールを思い返して欲しい。一枚のカードの上にキーワードを書きさえずれば、あとは何を書いてもいい。私は、残り二枚にも同じく『さんかしかく』と書き記したまでだよ。そして、キーワードの書かれたカードを選んだら負けに一歩近付く」

「そんな。絶対に勝てないじゃないですかっ」

「当然、これは今回限りの戦略だよ。ルールの盲点を突くというね。次回、君が書く番からは、キーワードを書いていいカードは一枚のみになるだろう。でなければ、ゲームとして成り立たない」

「……」

 きたない、という言葉を飲み込んで、僕は真ん中のカードを選んだ。そういうやり口が認められるのなら、いくらでもやり用はあるさ。

 僕は次の回、思い付いた策を早速実行した。

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