第5話 さんかしかく

 これは――短い。短すぎる。迂闊に喋ることができなくなるレベルだ。そう思っている間に、委員の掛け声で対戦スタート。

 上塩入さんも思いは同じらしく、黙り込んでいる。片手を顎の辺りにかざし、何か上策がないか考える風に見受けられた。

 僕もまた考える。そして、とりあえず、倉田さんのことを思い出して、ペンと手帳を取り出した。開いているページに、追加条件について記述する。

「追加条件の提案で。これ」

 なるべく短く喋って、委員と対戦相手に意思表示し、生徒手帳の記述を見せた。

“しりとりを受けてかまいません。ただし、僕が単語を言い、次に上塩入さんが十秒以内に答えてしりとりを。これを三十回繰り返し、上塩入さんが全てクリアできたら僕は負けを認め、キーワードを言います。どうでしょうか”

 長めの文章を読み終えた上塩入さんは、僕に手帳を貸すよう、身振りで示す。手帳とペンを渡すと、何やら書き始めた。じきに返事を見せられた。

“確認。しりとりを終わらせるとは、『ん』で終わる単語を答えることか? たとえば君が『空手』と言ったとして、私が『天丼』と答えれば一つクリアになるのか?”

 僕は大きく頷いた。まるでジェスチャーゲームだ。

“確認。リーダーのような『ー』で終わる単語は何をしりとりすればいいのか。同様に、ペルシャのような小さな字で終わる単語は”

 僕は手帳を返してもらい、返事を書き付けた。

“どちらでも好きな方でかまいません。リーダーなら『だ』『あ』両方OK。ペルシャなら『や』『しゃ』両方OK”

「了解。応じる」

 しりとりに自信を持っているだけあって、上塩入さんは快諾した。花芝委員にも了承され、彼は腕時計を外して持ち直した。秒数を計るためだ。

「では改めて――スタート」

「にし」

「しきん」

「さかな」

「なんきん」

「まめ」

「めいん」

「らんかすたー」

「たーざん」

「らんかしゃー」

「――やきん」

 にやっと笑う上塩入さん。

「しない」

「いでん」

「かない」

「いこん」

「なかい」

「いごん」

「ながい」

「――いらん」

「さらい」

「いぜん」

「たらい」

「いんげん」

「まさい」

「いしん」

「とろい」

「いさん」

 僕は単語を言うのを中断し、花芝委員に顔を向けた。

「こういうのも認めてくれるなら嬉しいんですが」

 録音していたICレコーダーを停止し、今し方、相手の言った単語を再生する。当然、『いさん』という音声が流れた。

「これがどうかしたのか」

 眉間にしわを作って訝しむ様子の上塩入さん。僕は黙ったまま、最前の単語を逆再生してみせた。

『なし』

 アクセントは無茶苦茶だが、間違いなくそう聞こえた、はず。

 僕は上塩入さん、花芝委員両名の顔を見やった。先に口を開いたのは、花芝委員の方。

「なるほどね。言葉を逆再生すると、ローマ字で記述したものを後ろから読むのと同じ音になるんだっけか」

「そうか。『いさん』はISANで、逆から読むと『なし』になる」

 上塩入さんが感嘆したように言った。

「認められますか」

 僕が判断を仰ぐと、花芝委員は困った表情を露わにした。

「何しろ、初めての事例。軽々に断を下せることでは……」

 と、本部に連絡を取ろうとする素振そぶり。そこへ上塩入さんが言った。

「認めてやりなよ。私は認める。見事に引っ掛けられたもんな」

「そうですか」

「もし仮に認められないとしても、私の負けは変わりない。さっき、思わず『なし』と言ってしまったからねぇ」

 そうして苦笑する上塩入さん。迂闊にも僕は、それに多分花芝委員も、一拍遅れてその事実に気付いた。

「このあともがんばれよ。応援するぞ」


 ~ ~ ~


 ゲームは佳境を迎えていた。

 七回戦の、そして残り時間から恐らく最後になるであろう相手は、学校一の口達者と名高い二年生の勅使河原てしがわら先輩。去年、一年生にしてイワザルゲーム準優勝を飾った(優勝した三年生はもう卒業したからこの人が学校一だ)他、スピーチコンテストで優秀な成績を収め、ディベートの模擬授業では先生をも圧倒したと聞く。

 他にもまだ退場していない参加者はいるらしいが、勝ち星の点で優勝の可能性があるのは、六勝を挙げている僕と、七勝を挙げているという勅使河原先輩の二人だけになっていた。ここで僕が勝てば、文句なしの優勝。二十分あまりという残り時間なら、もっと与しやすい相手とぶつかって一勝を挙げ、同点優勝を狙う方が可能性が高そうだが、マッチメイク権を握っているのは、実行委員会だから仕方がない。それにやはり、直接対決してこそ盛り上がるってもんでしょ、うん。

「最初に宣言しておく。僕はいかなる追加条件も受けない。純粋に、キーワードを言わせることで勝負を決したいからだ。ただ、時間の問題があるのもまた事実。そこでだ、勝負開始後、我々は喋り続けることにしようじゃないか。沈黙が十秒以上生じた場合、二人とも負けを認める」

 当人は条件の追加を認めないと言っておきながら、随分縛りのきつい条件を提示してきたものだ。それも有無を言わせぬ調子で。

 相手のペースに巻き込まれては、勝ち目は薄い。ここは断るべき。それも普通に断るのではなく、少しでもペースを取り戻すため、断り方にも工夫をしよう。

「そうですね……勅使河原さんがキーワードを言ってくれるのなら、喜んでその条件を受けますよ」

「ふふ、面白い。気に入ったよ」

 勅使河原先輩は憤慨する様子もなく、にやりと文字が浮かびそうな笑みを見せた。

「言ってやってもいい、と言ったらどうする?」

「ええ?」

 混乱させられた。が、それは一瞬のこと。すぐに理解できた。

「そうかあ、『キーワード』って言うだけなら、何の痛手にもなりませんよね」

「ははは、その通り。ますます気に入った。察しがいいのは嫌いじゃないよ」

 勅使河原先輩はそれから立会人の方を見た。委員は城ノ内じょうのうちという人に交代している。ちなみに小柄な二年生女子。

「キーワードを発表して、勝負を始めてもらいたい。彼とは楽しめそうだ」

「分かりました。キーワードは『さんかしかく』。それでは勝負開始です」

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