第4話 なし
「だって、小学生のとき、森本君が私に出したパズルよ、これ」
がーん。
忘れてた。というか、小学生時代に倉田さんとクイズを出し合う仲だったっけ? そんないい思い出を忘れていたことにもショック。傷心の僕に、倉田さんの追い打ち、「はい、キーワードを言って」と促された。この失敗とショックを早く忘れようと、早口で応じた。
と、そのとき気付いた。倉田さん、確か今、「キーワードをゆって」と言ったような……。記憶が刺激され、脳裏に閃きが走る。こんな手で勝利と認められるかどうか、それに倉田さんにこんな勝ち方をしていいものなのか。
「花芝委員! キーワードが完成したので聞いてください」
結局、勝利を優先した。挙手して、ICレコーダーを示す。
倉田さんの目が見開かれるのが分かる。努めて気にしないようにし、レコーダーを操作した。
『あい』『らぶ』『ゆう』
断片をつなぎ合わせたため、いささか間延びしており、アクセントというかイントネーションはひどいものだったが、倉田さんの声がキーワードを確かに言った。
「いつの間に三つ目まで」
倉田さんの疑問に、僕は再びレコーダーを操作した。該当部分を再生する。
『――じゃんけんで負ける度に、順番に言うっていうのはどう?――』
ここの「順番に言う」、これを使った。倉田さんは「言う」を「ゆう」と発音する人だったのだ。僕の方も二回戦が始まってから、「ゆう」と発音したかもしれない。早く気付いた者勝ちと言えよう。
「事前に、つないだ音でも認めると約束したことでもあるし、何ら問題なし。この勝負は森本君の勝ちとする」
宣告を受け、ほっとすると同時に、倉田さんの顔をちらと見た。半ば、恐る恐る。
「おめでとう。次も頑張って」
笑顔で激励された。今度は心底ほっとした。嫌われていないと分かっただけで今は充分。
倉田さんは携帯電話を取り出し、誰かと話している。多分、友達にゲームが終わったことを告げているのだろう。そしてこのあと、学園祭を楽しむに違いない。
立ち去る間際、彼女の声が学園祭の喧騒にまぎれ、僕の耳に届いた。
「森本君がもし優勝できたら、さっきのキーワード、ちゃんとした形で言ってあげてもいいかな、なんて」
ふわふわした気持ちで、三回戦に臨むことになってしまった。いかん。頭を振って、気合いを入れ直す。
今度の対戦相手は、生徒ではなかった。用務員のおじさん、というと失礼になるくらい若い、用務員のおにいさんといったところか。言うまでもないが、用務員の仕事は校舎の夜間見回りやごみの管理だけでなく、施設や機械類の整備まで含まれる。言い換えると、その分野の専門的な技術・知識を身に着けた相手なので、クイズ勝負は避けた方がいいかもしれない。
「
相手は快活な調子で言った。これまで気にしたことがなく、何とも思わないでいたけれど、いい声をした人だ。見目もよく、二枚目役者で通りそう。
僕も名乗って、それから花芝委員に尋ねた。
「あの、対戦する者同士の勝利数は、バランスが取れているんですか」
「確実ではないが、序盤戦では、なるべく揃えるようにしている」
「どうも。ということは……」
スタートしてまだ一時間半も経っていない。上塩入さんも相当強いと見るべきだ。
「私も勝負の前に、質問しておきたいのだが、いいかな」
上塩入さんが言った。
「答えられる範囲でなら。どうぞ」
「現時点で、最も勝ち星の多い者は何勝で、何名いるのか。教えてもらえるだろうか」
「何名いるかは無理だが、勝利数なら、先ほどマッチメークのために本部に寄った折、確認している。その時点では、三勝が最多となっていました」
大人相手であるせいだろう、花芝委員の話口調が、時折丁寧になる。
「返答をありがとう。三勝か。なら、まだまだスピードアップを心掛けないといかんな」
上塩入さんは、僕を見据えてきた。相手の方が頭一つ分、背が高いため、見下ろされる格好になる。
「森本君。これまでに君も多分、二勝を挙げているんだろう。お互いに勝ちパターンがあると思う。追加条件を駆使したパターンであるなら、とりあえず、それぞれの条件を言ってみるというのはどうだい」
「えっと、クイズです、僕の場合」
早口で言われて、考える間もなく返事してしまった。伏せて置いた方がよかったかな?と不安がよぎる。
「私はしりとりだ。さっきは『ストロベリー』と『シェイク』を言わせて勝ったんだよ」
キーワードを念頭に置いた状態でしりとりを始め、矢継ぎ早に『す』で攻められたら、思わず言ってしまうのかもしれない。
「そろそろキーワードを発表して始めたいが、いいかな? 我々立会人の交代時間の兼ね合いもあるし」
花芝委員が言った。異存はない。
キーワードは『なし』、だった。
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