第3話 あいらぶゆう

 次の対戦相手と引き合わされるまでに、およそ十分間、待たされた。

「あら。森本君だ」

 目の前に現れたのは、幼馴染みで同級生の倉田くらたさんだった。思わず出そうになった動揺の呻き声を、手のひらで口元を覆うことで押さえる。まさか、僕が好きな彼女も参加しているとは。

「キーワードは……これだ」

 僕の気持ちなんかお構いなしに、花芝委員はキーワードを発表した。

 示された文字を認識し、僕は今度こそ動揺の呻き声を漏らした。その上、思わず読んでしまいそうになったが、さすがに歯止めを掛けることができた。

『あいらぶゆう』

 僕は花芝委員の方を向いた。

「本当に抽選で決めてるんですか、キーワード?」

「正直なところ、たまに恣意的にキーワードを決めることはある。ついでに、組み合わせについてもね。尤も、今回がそれに該当するかどうか、自分は関知していない」

 当たり前のように、そんな答が返ってきた。うーむ。このゲーム、侮れない。僕の個人情報が実行委員会に漏れ伝わっているのかも。

「それではスタートだ。健闘を祈る」

「早速だけど、条件の追加を提案するね」

 実行委員の合図の言葉が終わるや、倉田さんが切り出した。彼女の方は、このキーワード設定に全然動揺していないらしい。僕はレコーダーの録音ボタンを押しつつ、相手の話に耳を傾ける。

「難しいことじゃないわ。ゲームを三本先取に変えるの。このキーワード、英語だとすれば、三つの単語に分解できるでしょ。それを、じゃんけんで負ける度に、順番に言うっていうのはどう? レコーダーに録音して、ひとつなぎにすればキーワードの完成」

「つないだ音でも認められる?」

 花芝委員に尋ねた。腕組みをして楽しげに見守る彼は、短く「イエス」とだけ答えた。それから思い出した風に付け足す。

「ただし、『あ』や『い』といった一音だけをつぎはぎしたものは、認めないこととしよう」

 そりゃそうだ。僕は倉田さんへと向き直り、考えながら答える。

「時間短縮になるのはいいとして、じゃんけんじゃ運任せの部分が大きすぎるような……」

「じゃんけんには拘ってない。そっちの提案を聞いて、問題なければ、変更してかまわないから」

「じゃあ……」

 考えどころだ。じゃんけんでは運の要素が強すぎるから論外なのは当然だが、一回戦と同じクイズで大丈夫だろうか? 倉田さんとは今でも会話する方だ(対女子というくくりで)が、クイズが得意かどうかはあいにくと把握していない。小学校時代まで遡っても、クイズのやり取りをした記憶がそもそもない……。ないということは、クイズに関心がないから話題に上らなかったと考えていいのか?

「意見があるのなら早く。そうだな、あと一分沈黙を続けると、相手の条件を受け入れたと見なすよ」

 花芝委員に急かされ、結局、クイズを提案した。一回戦、これで勝ったんだし、がいいだろう。倉田さんもこの提案を飲んだ。

 委員が決めたルールは、まず制限時間。次いで、キーワードが答になるようなクイズはだめという点は一回戦と同じ。出題者は正解された場合、解答者は正解を答えられなかった場合にキーワードの一部を言わねばならない点が異なる。前回は一問ずつ出し合ってともに正解、もしくはともに不正解だったときは、キーワードを口にしなくてよかった。今回は先攻が若干有利かもしれない。難問を出し続ければ、そのまま押し切れる可能性が高い。

「出題する順番は、じゃんけんで決めてもらう」

 じゃんけんぽん――負けた。ちょっぴりショックだ。

 頭を掻く僕の前で、倉田さんはしばらく考えていたが、やがて言った。

「えっと、じゃあ、これで。お笑いコンビオリエンタルラジオの二人が行う代表的なギャグと言えば何?」

 簡単なクイズにほっとしたのも束の間。

「ぶ――」

 危ない危ない。僕が一回戦で用いた手口にそっくりなのに、引っ掛かるところだった。『武勇伝』と答えたら、『あいらぶゆう』の『ぶゆう』として使われる。

 答えなければ『あい』だけで済むのだから、ここは不正解の道を選ぶべきか。ただ、すでに『ぶ』を言ってしまったので、文字数に差はないことになる。では正解を答えて、相手に『あい』と言わせるのがましだろう……。

 そこまで考えたが、ふとあることが閃き、正解しない方が賢明だと結論づけた。

「分かりません」

「え? 本気で言ってる?」

「いや、作戦だけど。そういう訳で、『あい』。録音した?」

 キーワードの一つ目の単語を口にした僕は、花芝委員に顔を向けた。

「クイズの正解を出題者の口から聞きたいんですけど……」

「確かに、道理だ。クイズの出題者が正解を知らない問題を出すのは、許されない」

 この展開を、倉田さんも予想できなかったらしく、目をしばたたかせてしばしぽかんとしていた。次いで唇をかむ仕種を見せた(かわいい)かと思うと、やおら、生徒手帳とペンを取り出し、空白のページにさらさらと字を書き付けた。それを僕の方に向ける。

 そこには当然、『ぶゆうでん』と記してあった。

「これが正解よ」

 残念。うまく逃げられた。と同時に、僕も書く物を用意する必要があるなと思い、手帳とペンを取り出そうとした矢先、花芝委員が口を開いた。

「これ以降、キーワードの一部が答になるクイズも禁止する。理由は簡単、見ていて面白くない。同傾向の出題を続ければ、先手必勝だ。必勝法があるゲームはゲームとは呼べない」

 勝負の途中ではあったが、尤もな理由であったので、僕も倉田さんもこれを受け入れる。

 このあとは純粋にクイズ勝負になる。

 先制を許した僕だったが、次の出題で巻き返し、『あい』と言わせることに成功。続く倉田さんからの出題には正解し、『らぶ』を言わせた。

 逆転してリーチを掛けた僕は、一気に決めるつもりで、とっておきの問題を出した。クイズと呼ぶよりも、パズルと呼ぶ方がふさわしいだろう。

「では問題。3-3=4が成り立つのはどんな場合が考えられるでしょうか」

 言い終わって相手を見ると、倉田さんは意外そうな顔をしていた。

「それでいいの?」

「うん?」

 変な返しに、僕はきっと怪訝がる表情をしていただろう。その間隙を突くかのように、倉田さんは素早く答えた。あとから思えば、問題を変更されるのを避けたかったのかもしれない。

「図形だよね。三角形の角から小さな三角形を切り落とすと、台形、つまり四角形になる」

「せ、正解。よく分かったね、こんな短い時間で……」

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