第2話 ねすこ

「よろしくお願いします」

 とりあえず、僕は先輩に敬意を表し、先に頭を下げて挨拶をした。無論、レコーダーは録音状態にしてある。相手もそうに違いない。ちなみに録音を始めていいのは、勝負開始が告げられて以降とされている。

「森本君は、本気で優勝を狙っているのかい?」

「そりゃそうです」

「結構。去年も参加したんだが、最初の相手が最悪だった。一年女子でお遊びで参加したんだな。ゲームそっちのけで、彼氏と二人であちこち見て回るもんだから、こっちは大変だったんだよ」

「どうしたんです?」

 僕らはどこへ向かうともなしに、歩き出した。花芝委員も今のところ、着いて来ている。

「しょうがないから、二人の邪魔をするようなことを仕掛けた。じきに相手は鬱陶しがって、キーワードを言ってくれたよ」

「なるほど。そういうのもありなんですか」

「ああ。ルール上、脅迫や買収だって禁じられてはいない。――そうだ。初参加の君のために、勝負に入る前にルール確認をしておこうじゃないか」

「ルール確認? 今さらですか」

 目の高さを赤い風船がすれ違う。下を見ると、小さな子が風船の紐をしっかり握り、在校生女子のあとをちょこちょこと追い掛けていた。

「この勝負、どうすれば勝ちになるのか、言ってみな」

「どうすればって、基本的には、こうして話をしながら相手にキーワードを言わせたら勝ち、ですよね」

「そのキーワードって何?」

「それは――」

 おっと。

「人が悪いなあ、鴻池先輩。引っ掛かりませんよ」

「だめか。実は去年、この手でやられた」

「上級生から?」

「ああ。三年生で口がうまく、美人だった」

 色香に惑わされたということだろうか。このあと、もしも美人と当たったら気を付けよう。

「先輩。条件付けを提案したいんですが、いいですか」

 僕はキーワードが提示されてから、作戦を考えていた。思い付いた策を試してみよう。

「聞いてみないと、イエスともノーとも言えないな」

「クイズを出し合うんです。自分が相手の出題に正解し、自分の出題に相手が答えられなかったら勝ち。相手は負けを認めて、キーワードを口にする」

「面白そうだけど、キーワードが答になるクイズを出すのも認めるのか」

「“ネッシーがいるとされる英国の湖は?”とかですか。そういうのはなしにしましょう。でも、クイズのやり取りとは別に、もしキーワードを言ってしまったら、その時点で負け。クイズは無関係になるってことでどうでしょうか」

「……分かった。自分から言い出すぐらいだから、クイズに自信があるんだろうが、早く決着するにはいい方法かもしれない。こっちも得意だしな。同意する」

 鴻池先輩と僕は立ち止まり、後ろを振り返った。沈黙したまま立ち会いを続けている花芝委員に、勝負の追加条件と同意したことを伝える。ただちに承認された。ただ一つ、こう付け加えられた。

「クイズの正当性に関して、解答側から異論が出た場合、私が判断する。また、解答に与えられる制限時間は原則二分とするが、問題の傾向によっては延ばすこともあるとする。かまわないな?」

 異存はない。出題順の決定はじゃんけんで行われ、勝った人が好きな方を選ぶことに。先輩が先手を取った。

「森本君がクイズマニアなら、一般的な知識を問う問題よりも、ディープでマニアックな問題の方が答えにくいと思うんだが、何が不得手なのか分からんからなあ。最初に出すなら、ここは常套手段で……よし、問題。第一回流行語大賞はまるきんまるび、では第二回は?」

 なるほど。常套手段というのは、僕が生まれる遙か昔のことを出題するって意味か。しかし、鴻池先輩はどうしてそんな昔の流行語大賞を知っているのやら。

「えっと、『現代用語の基礎知識』か何かが選定するやつですか、それって」

「ああ。テレビやネットでも話題になる、有名なあれだよ」

「……全然確信ありませんけど、答えないと損だし。実は、日本史の授業中、はら先生が余談で言っていた気がするんですよ」

「日本史?」

 片方の眉をつり上げ、怪訝がる表情をなす先輩。僕は探り探り――その実、ある程度の自信を持って――答を口にした。

「イッキじゃありませんか? 一気飲みを呷るコールの」

「せ、正解」

 認める鴻池先輩。歯ぎしりが聞こえそうだ。

「そうか、日本史の授業って一揆か。つまらん駄洒落を」

 原先生の悪口が始まりかねない雲行きに、僕は先を急ぐことにした。時間をなるべく掛けたくない。

「あの、次はこっちが出題する番ですけど、もういいですか」

「あ? ああ、そうだったな」

 追い込まれていることを思い出した、そんな風に鴻池先輩は表情を引き締めた。僕は時計をちらと一瞥し、早速出題する。

「では、行きます。国際連合教育科学文化機関の略称は?」

「クイズと言うよりテスト問題みたいだな。簡単だ、ユネス――」

 即答しようとしていた先輩が、はたと黙る。気付いてももう遅い。僕がさっき正解した時点で、僕の勝利は確定している……と思う。先輩は、クイズに正解できなければ負け。「ユネスコ」と正解を答えても負け。何故なら、「ねすこ」が含まれているから。

「だめだ、やられた」

 抜け道を探していたらしい鴻池先輩だったが、やがて花芝委員に向かって、「ねすこ」と言った。そして負けの宣告を受け入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る