未《ひつじ》たちは沈黙しない、させられるのみ

小石原淳

第1話 学園という名の矯正施設

 とある噂が真実になるようだ。

 社会の害となる物事をまとめて片付けられる方法として、かねてより議論され、今国会で実現に向けて急加速した法案――首相やマスコミが呼ぶところの“超次元”的ないくつかの法律が、いよいよ成立する流れらしい。

 前の政権を担っていた老狼党が議席を徐々に減らし、その座を降り、代わって盟主党が権力を握った時点でこうなることは既定路線だったのだろう。最早、引き返せない。

 この法が施行されれば、僕らにも影響が及ぶ。

 報じられてきたままの法律だとすれば、僕らは己の運命をデスゲームに託すことになる。逃げることはできまい。覚悟はしていた。

 何しろ僕らは特殊詐欺を行ったとして逮捕され、未成年であるが故に、矯正施設である特殊な学校に入れられた身分なのだ。どのような処分が下されても、不思議じゃない。

 じきに卒業を迎えるタイミングだったのに、という悔いがなくはないが、ここを卒業してもどうせまともな仕事には就けない、少なくともその見込みはまったく立っていないのだから、関係ないと思えば気が楽だ。


 思い返せば、自分がつまらぬ犯罪に足を突っ込んだのも、当時読んだゲームノベルにはまったからだった。デスゲームと言うより、知力で競うゲーム、頭脳戦の側面が強かったのだけれども、自分も頭脳戦がやりたくなった。ゲームではなく、現実の。それが何の成り行きか、ついつい、詐欺グループの仲間になってしまって、現在こんな憂き目に遭っている。いや、自業自得と分かっている。

 最初にゲームノベルを読んだときに感じた面白さをまた味わいたくて、以来、似たようなゲーム小説、ゲーム漫画を探しては読破してきた。趣味と言っていい。法案成立のニュースが飛び込んできたときも、僕はその手の小説を読んでいたのだから。ノベルスサイズのアンソロジーで、七編が収録されていた。作者は新人若手で揃えてあり、僕も一人を除いて知らない人ばかりだ。既に六編を読み終え、最後の七編目に取り掛かったところだった。現時点で評価するなら、期待していなかった分、案外楽しめているかな。

 さあて……ニュースを聞いた衝撃が、どうにかこうにか収まってきた。これでようやく、落ち着いて続きを読めそうだ。

 現実にデスゲームに関わるようになったら、もうこういった小説や漫画を楽しめなくなるかもしれない。そう思った僕は、読みかけの短編を頭から読み直すことにした。

 タイトルは、『ゲームの名は“イワザル”』。


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   『ゲームの名は“イワザル”』

                   純原小石すみはらこいし

 受付窓口で保証預かり金を納め、正式なエントリーを済ませた僕は、早速、初戦の相手と引き合わされた。面識のない男子生徒で、ほっとする反面、一年先輩の二年生だと知り、不安も起きる。複雑な心境だ。

 これから僕と彼は、私立鶴波学園学園祭名物・イワザルゲームで闘うのだ。

 知らない人や、外部から学園祭に来てくれた人のために、ルールを簡単に記しておこう。まず……相手にキーワードを言わせたら勝ち、一勝とカウントされる。負ければ退場。それ以降はゲームに参加できない。今日の昼一時から夕方四時までの三時間に何勝を稼げるかを競い、最多勝利の者が優勝となる。

 キーワードを言わせるのに暴力は禁止。ただし双方が合意すれば、格技の授業にある柔道か剣道で勝負を決するのは認められている。もちろん、他の平和的な体力勝負、徒競走とか腕相撲なんかは可。要するに、双方が合意すれば勝利条件を追加してもOKってことだ。たとえばキーワードを増やすとか、じゃんけんで決めるとかでもいい。優勝賞品は三万円分の商品券。どちらかというと名誉の方が大きい。だからこそ名物とされ、代々行われてきているのだろう。

 ルール説明に戻ると、キーワードは実行委員会の抽選によってランダムに決められる。キーワードを言わせたかどうかの判定は、審判がいる場では審判に直接聞いてもらうが、長期戦が生じ得るため、いない場合もある。そんなときのために、実行委員会支給のICレコーダーに録音する。エントリー時の預かり金は、このICレコーダーの分だ。競技終了後に返却すれば、お金が返ってくる。

「実行委員の花芝はなしばだ。互いの紹介を兼ねて再度確認するが、二年生の鴻池こうのいけ君に一年生の森本もりもと君で間違いないな?」

 相手は「ああ」と言い、僕は黙ってうなずいた。

「スタート時刻が迫っているので、そろそろキーワードの提示と行こう。なお、時刻は本校舎時計塔の表示に従うが、何らかのトラブルにより同時計が止まった場合は、実行委員会のある第三会議室の壁時計を代わりとする」

 僕は腕時計と携帯電話、それぞれの表示時刻を本校舎の時計と比べ、合っていることを確かめた。

「それでは、キーワードは……これだ」

 花芝委員ははだけた学生服の懐から、真っ白な封筒を取り出した。ご丁寧にも、封蝋されている。手早く開けられ、中から一枚の、やはり白い紙が現れた。三つ折りにされたその紙を広げ、内容が僕らに示される。

『ねすこ』

 ネス湖か。平仮名で記されるのは、同音異義語でも認められるからだろう。

「覚えたな? 立会人なき場で相手にこれを言わせ、録音に成功したときは、速やかに実行委員会に知らせるように。勝利確定の後、次のマッチメイクを行う。――もうすぐ十三時のチャイムだ。健闘を祈る」

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