48話 今日の日中の課題をルディオと話します

 それから少し経った頃、まだ主人達の食事の終わりを知らされないタイミングで、いつもより早い時間にルディオがやってきた。


「よっ、エリオ! とうとう今日だな。蕁麻疹がなくなる薬が来るんだろ?」

「何その命名?」


 軽く食事を済ませたすぐだったエリザは、彼担当のごとく料理長のザジに『あとは任せた』と言われ、玄関ホールに残された。


「術を解除するための魔法薬だってば。あ、いや、この国だと魔法の解除か……とにかく、私に対するジークハルト様の心配症ぶりとかもなくなって、色々と落ち着く日なの!」


 ひとまず彼を客間へと促す。ジークハルトの呼び出しがかかるまでは、二人揃ってそこで待機だ。


「はぁ、そこは落ち着くかどうか俺の口からは言えないなぁ」

「殿下はすごい魔法使いなんでしょ。呪いは絶対解けるよ」

「いや~、そこじゃなくてなぁ」


 一緒に歩くルディオは、前方を眺めつつ煮え切らない回答だ。


 エリザは解呪が試されたら、後日にジークハルトの症状を確認し、どれほどまで改善したのかをフィサリウスに報告する予定でいる。


 彼がエリザを必要としなくなっていた場合の対策も、ばっちりだ。


 その際には、ジークハルトをよく知るセバスチャンたち達に協力をお願いするつもりで、先程ザジにも同じことを頼んでおいた。


『うーん、それはない、と思うなぁ……』


 今日に期待を膨らませているモニカ達とは違い、ザジは何やら心配事でもあるようだった。


「でも、まぁ、そのためにも今日を乗り切らねぇとな」


 それぞれ、客間の一人掛けソファに腰を下ろした。


「それは……まぁ、そうだね。薬のことだってみんな知らないわけだし」

「ああ、殿下から伝言。『王宮でその話はしないように』だってさ」


 先日も、二人になれる時間にしか話さなかったことだ。


「それは分かってるよ。ただ、……今日の〝日中〟まで呪いが健在だとすると倍に気を引き締めなくちゃ、て」

「なんで?」

「……今日は参加者の令嬢以外にも、茶会の移動姿が見られないかって、大勢の令嬢が集まるかもしれないんでしょ? ジークハルト様、呪いのせいで私にすごく甘えてくるの、忘れたの?」


 軽く睨んでやると、ルディオが「あー……」と思い出したように視線を上へ逃がす。


「そっか、うん、エリオにとっては呪いのせいだもんな、うん……」

「何、その変な言い方?」

「いや、その、俺も茶会の護衛とかあるからな~て考えてただけっ」


 何やら苦しい回答がきたが、エリザはハッと反省した。


「あ、そうだったね……ごめんなさい、ルディオの方こそ大変だよね」

「そうマジで反省されると確かに可愛いとか思うからやめた方がい――おっほん! 素直すぎてかえって心配に」


 また、彼がげふんげふんと変な咳払いをして、エリザは顔を顰めた。うるさくて、前後の言葉が頭から飛んだ。


「もう、何?」

「なんでもない。まぁ薬ができたにしろ、届くにしろ、王妃様の茶会を動かすのは殿下でも無理だから、今日までは頑張るしかないな」


 とにかく、ジークハルトを気絶させたり蕁麻疹が出る光景を作らせないこと――。


 沈黙の中で、二人はややあってから同時に溜息をもらした。


 本日は午前中に、フィサリウスも出席する王妃主催の茶会があり、ジークハルトも護衛とし入る予定があった。


 そのせいで、王宮内には普段よりも多くの令嬢達がいる状態がしばらく続く。


 王族の護衛進行にエリザは同行できないで、ジークハルトには頑張ってもらうしかない。


「現場では頑張ってね。蕁麻疹は、たぶん今日までだよっ」

「おお、心強い励まし言葉だ」


 ようやくルディオがいつもみたいに笑ってくれた。彼は一人掛けソファの背に、慣れたように背中を楽に預けた。


「俺らってさ、もうしばらくずっとジークのサポート組だったじゃん? エリオもどうにかして同席しねぇ?」

「王妃様の茶会に? とんでもない提案しないでよ、無理、やだ」

「やだ、てまた可愛い……んんっ」

「私がそばにいたら、ジークハルト様に白い目が向けられるかもしれないじゃんっ」


 口元に軽くぎった小藤を寄せたルディオが、なんだか呆れたように見てきて「そっちなんだ……」などと言った。


「それに私は、だだの魔法使いで、治療係なの」


 エリザは念押しした。だが、ふと「でも……」と呟く。


「どうした?」

「呪いを薬が前もって完成して飲ませられていたらな、と考えているのは、殿下も同じだよね……一番はらはらしているかも」

「そうだと思うぜ。この前と違って大勢の令嬢が集まるわけだし」


 エリザとしても、令嬢達に遭遇する確率が高い場所は避けたい気持ちがあった。


 呪いで少々おかしくなっているジークハルトとの様子は、見られたくない。


 何せ、エリザは少年として認識されているはずなのだが、一部の女性達が『公爵令息であるジークハルトと治療係の禁断の恋』なんていう噂で盛り上がっているらしい。睨まれるどころか応援されている、とか。


(なぜに……?)


 ひとまず、これまで女性の噂一つなかったジークハルトが、実は少年好きだとか噂が強まって、このあと縁談がこなくなったりするのは絶対に避けたい。


(ラドフォード公爵が、泣く。あと、みんなも困る……)


 呪いがなくなったあとのジークハルトのためにも、現在までフィサリウス達も頑張って崩させないでいた、彼の『完璧な公爵令息様』のイメージを崩させないことも、エリザの使命だ。


 彼が子供のようなおねだりをするたび、周りの目撃者達が、信じられないものを見るような目を向けてくるのは知っている。


「最後だから気を引き締めなくちゃ。最後の最後にヘマをして、全部ぶち壊しにしたら大変なことに……」


 組んだ手に、エリザはぶつぶつと独り言を落とす。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない。ジークハルト様の『おねだり』が飛び出す現場をできるだけ作らないように考えないと」

「あー……エリオも苦労してるよな」

「茶会が終わったらいったん殿下の執務室で休憩を取るんだよね?」


 確認すると、ルディオが腹の上に手を組んで「そう」と頷く。


「私、茶会が終わる頃までには先に執務室に入っていようと思う。うん、ジークハルト様に迎えに来させてはいけない」

「ああ、迎えの時間を短縮させる気か」


 なるほど、とルディオは納得した様子だった。


「それなら、俺が間に合うように書庫まで呼びに行ってやるよ」

「いいの? ありがとう。でもルディオ、 護衛は?」

「俺はいったん、先に退席する令嬢達の案内で抜ける予定なんだよ」


 彼が背もたれから身を起こして、日程について共有した。


 休憩を終えたら、ジークハルトはそのままフィサリウスの次の公務に付き合うことになる。そのあともしばらくは彼に同行だ。


「だから第一王子の執務室で休憩、というのは都合がいいんだね」

「そうなるな」

「でもさ、少し疑問があるんだけど。待ち時間の私の休憩所もそこが指定されているの、おかしくない?」

「え? だって俺ら近衛騎士の執務室だったら、ハロルド隊長の他にも野郎共が出入りするわけで――」


 徐々に彼の言葉が鈍くなってきて、目を合わせて数秒後、ルデシィオがとうとう自分の口を手で静かに覆っていた。


「続きは?」

「あ~……ほら、エリオは呪いの件で殿下に協力しているわけだし、都合がいいんじゃね? それか、ジークって殿下の一番の護衛騎士だから、そっちの執務室で休憩を一緒にすることも多いとか」


 言い方が妙に気になったが、そこで待機時間は終了になった。


「ジークハルト様がいらっしゃいます」


 メイドの一人に声を掛けられて、エリザはルディオと共に立ち上がった。


(そうか。うん、そうなのかも?)


 考えるほどに、ルディオの言葉は正論なのかもしれないと思えてきた。


 フィサリウスの執務室前や休憩室前の廊下は、警備が置かれて通航制限がされているので歩く令嬢の姿もない。


(あ、そういえば――ハロルドさん元気かな?)


 エリザはふと、ルディオの口から出た彼らの上司である隊長と、最近はめっきり会えていないなと思い出した。

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