49話 茶会、からのご褒美が大変なことになりました
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王妃の主催する茶会は、婚約者のいないフィサリウスと令嬢達の親睦を深めるという名目で、いつもより大規模に行われた。
たった一人しかいない王子の、婚約者選定の一つだ。
広々とした王妃の宮廷園を利用したそれは、華やかなティー・パーティーといったような具合だった。
王妃とフィサリウスがテーブルを行き来し、年頃の令嬢達と会話に花を咲かせる。
彼の護衛騎士であるジークハルトは、もちろんフィサリウスのすぐ後ろに控える形となり、魅力的な家柄と見目もあって当然のように令嬢達は放っておかない。
元々、ジークハルトは華やかな場所への参加はこれまで控え気味だった。
女性恐怖症をひた隠しされた彼は、社交界ではさながら『美貌の騎士様』と大変人気である――らしい。
そう出席前に聞かされたエリザは、そうすると大変ルディオが苦労するのでは、という予感に駆られた。
そしてそれは、見事に的中することになる。
そもそもジークハルトは、茶会への護衛を兼ねた出席についても、エリザの与える課題ならと納得して『頑張ります』と言い、断らなかった。
女性が駄だめであるジークハルトが、実質二時間という令嬢達の戦いの場を切り抜けられたのは、大変素晴らしい結果だ。ただしそれは、一度エリザを執務室に送り届けたのち、再び茶会の場に戻ってサポートに走り回ったルディオの貢献もおかげもあるとは思う。
(むしろ、彼にもご褒美を与えるべきでは)
エリザは、同僚の近衛騎士達に半ば担がれる形で、ルディオが引きずられて運ばれてきたのを見た時は、びっくりした。
茶会が無事に終了したのち、疲労で倒れたそうだ。
執務室でフィサリウスとジークハルトとも合流できたものの、気苦労ですっかり疲れ切ったのか、ルディオは向こうの寝椅子で横にさせられ、濡れタオルで顔を覆ったまま放置されていた。時折り「殺生はダメだ……」と悪夢にうなされたように呻いている。
いったい何が、と気になった。
しかし現在、エリザも大変なことになっていた。
再会した際にジークハルトに泣きつかれたし、頑張りは状況からも理解できて『ルディオがあんなに頑張ったのなら自分もっ』と思い、彼の望むご褒美とやらを二つ返事で了承してしまったのだが――今、ものすごく後悔している。
「ほら、エリザ。顔を隠さないで俺に見せてください。口も開けてくださいね?」
溢れる嬉しさを隠そうともしない腰に響くいい声で、ジークハルトが、両手で顔を覆って俯いているエリザの耳元でそう言った。
彼女は今、彼の膝の上に抱っこされた状態だった。
チョコケーキと紅茶一式が置かれたテーブルを挟んで、向かいのソファからフィサリウスの呆れたような視線が注がれているのを感じて、いよいよ目なんて上げられないでいる。
(うぅっ、どうしてこんなことに……!)
すっかり失念していた。
ジークハルトの甘え具合が、呪いのせいで大人だったら恥ずかしいことも平然としてしまう状況であることに。
再会した時、ジークハルトは驚くエリザを気にかける余裕もない、といった様子で泣きついてきた。
クリスティーナと一対一で行った茶会よりも怖かったそうだ。
『う、腕を触られそうになって……もう、ほんと大変で、意識が飛ぶかと思いました』
そんなふうに子供みたいに申告されて、怯えきった様子を晒されたら、エリザも心配して『自分にできることならなんでもするから元気を出してくださいっ』としか、言えなくて――。
(でも、だからといってこれはなくないっ?)
ルディオは横になっているし、向かいのソファにはフィサリウスしかいないわけだが、エリザは羞恥心で死にそうだった。
――茶会を無事に終えたジークハルトのご褒美は、『〝エリオ〟を抱っこして、チョコレートケーキを食べさせたい』というものだった。
ローブを脱ぎ、膝の上に乗せたエリザに食べさせたいのだとか。
それをジークハルトは、直前までの悲壮感をどこに飛ばしたのか、泣いた跡なども見られないキラキラと輝く素晴らしい笑顔で、そう言い切った。
(なぜに抱っこ?)
ジークハルト曰く、抱き締めていると安心感が込み上げて、先程の茶会で溜まった押し潰されそうなほどの不安も消えてくれる、とか。
彼に掛けられている呪いが、聖女の浄化作用で緩和するせいだからだろうか。
でも、とにかく、恥ずかしいのだ。
男装しているとはいえ年頃の少女のエリザも、さすがに羞恥心でやばい。
少しでも身をよじれば、ローブのなくなった服越しの尻と太腿の下に、ジークハルトの鍛えられた太腿と足の熱を感じた。
「ほら、顔を上げて?」
耳にそっと吹きかけられた吐息に、びくっと肩がはねる。
そうすると、またじわりと体温が上がってエリザは困惑と恥じらいが、がーっと背中を登っていく感じに襲われた。
これはただ、子供が親か兄か師に甘えている感じだ。
そうは理解しているのだが、ジークハルトが無駄にいい声で、まるで献身的に世話を焼くようなのが、彼女の中の乙女心を揺さぶってくるのだ。
(膝の上に抱えられてケーキを食べさせられるとか、これまで経験になかったんですけど!)
家族のいなかったエリザには、人生で初めての経験でもある。
もう二度とやらない。誘われたって、絶対にやらない。
そんな固い決意を思うものの、両手に赤面を押しつけたエリザの華奢な肩は少女のようにふるふると震えている。
「ジーク、もう少しフェロモンを抑えないとエリオが可哀そうだよ」
向かいから、フィサリウスのどこか呆れた声が飛んでくる。
「可愛いでしょう?」
(可愛いって何?)
男の子に対して、その台詞はおかしくないだろうか。
とはいえエリザは、頭の中まで熱くて、羞恥心で思考もうまく回らない。ジークハルトは元々いい声をしているのだから、甘ったるく囁かれると、何やら猛烈に恥ずかしい気持ちになってくるのだ。
「と、というか、今日はどうして声までこんな威力にっ?」
思わず、ぱっと顔を起こしてフィサリウスを見る。
すると彼は組んだ足を揺らし、ティーカップを引き寄せるようにしてソファの背にもたれかかり、小さく息を吐いた。
「あの世間知らずのご令嬢達も、余計なことを言わなければよかったのにねぇ」
ルディオもある意味被害者だよね、と彼が思い返すように呟く。
意味が分からない。
でも、茶会のせいなのはよく分かった。ひとまずジークハルトには、ちょっと〝度合〟を落としてもらおう。
そうエリザは思った。そのためには、彼に話しをしなければならない。
恐る恐る視線を向けた。いつもより近い距離からこちらを見下ろしているジークハルトの青い目が、途端に蕩けるような微笑みを浮かべた。
「ひぇ」
「ん? どうしました?」
「あ、あああのですね、茶会で何か言われたんですか?」
ジークハルトの笑顔が、美しい感じのものに変わった。
「ああ『私の方が相応しい』だとか――ご冗談を、と思いました」
気のせいか、それは作り笑いにも見えた。
(なんか、背中がぞくっとしたような……?)
エリザは首をゆっくりと捻った。一瞬、ジークハルトが怖い男に感じた。
だが不意に、横向きに抱えている彼が腕に力を入れ、エリザをもっと引き寄せて彼か頭をぽすんっと肩にあててきた。
「うわっ、何っ」
「はぁ、それに比べて、何をしている様子も癒される」
何やらジークハルトが独り言を口にする。
「まぁ抱えていて落ち着かれるのでしたら、私も協力した甲斐はありますけど」
「そういう意味ではないのですが」
ややあって、彼の顔が起こされた。
「はい、口を開けてください、エリオ」
「…………」
ここで、元の話に持っていくんだぁ……とか思ったのは、エリザの秘密だ。
彼は、器用にもエリザを安定する位置へと引き寄せながら、右手に持ったケーキ付きのフォークを差し向けてきた。
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