3話 かわいそうな幼馴染騎士の、傍迷惑な泣き付き

 あまり日も開けず、またしてもルディオはやってきた。


「……はぁ。あいつが数日熱で寝込んだ」

「どういうこと?」


 手土産の料理を食べながら、話を聞いた。


「婚約者にどうかと魔法写真を見せられてぶっ倒れた。診察の結果は、心労だってさ」


 なんて脆弱な精神力なのだ。


 上司の部屋を破壊する図太さを、そちらに回せばいいのに。


「何が言いたいのかは、よく分かる。けどな、ほんと病気みたいなもんなんだよ」

「私の心を勝手に読まないでほしいな」

「だから、遠慮がないくらい顔に出てるんだってば。あの怖がり方は異常だって。ちょっとでも女の子に触れると真っ青になって、蕁麻疹が出る」


 医者、精神科、魔女、魔法使い、同性の友人達――と色々治療は続けられているが、改善の進展は微塵も見られないとか。


「恋でもしたら治るんじゃないの? もしくは、結婚すれば周りも納得して落ち着く」

「それ根本の解決になってないだろうが。さては飽きたな?」

「私、そもそも興味は持ってないよ」


 ――だがエリザは、この時投げた軽い言葉を後悔することになる。



 二日後、唐突に扉が開けられて驚いた。


「エリオおおおおおお!」

「うわぁあぁあ!?」


 読書に集中していると、ルディオが突入してきた。


 彼の表情は蒼白だった。一体何があったのだろうとエリザが見つめていると、彼は家に入るなり膝から崩れ落ちた。


「俺、俺……あいつと結婚させられたらどうしよう!」

「……は?」

「サロンで聞いちまったんだ。隊長たちが笑いながら『このままだとあいつは幼馴染にもらわれちまうかもな~永遠の世話係で』って!」


 エリザは、ぽかんと口を開けた。


 それは先日、自分が『結婚すれば』と言った解決策だと気付いた。

 女性がだめであれば男性に走る、というのはある気がする。


(でも貴族の跡取りなら、さすがにないんじゃない?)


 その時、床に這いつくばっていたルディオが突然泣きついて来た。


「そんなの嫌だ! 助けてくれ! このままだと俺が幼馴染の生贄にぃ!」

「ぐぅっ、腰が痛いからバカ力で抱きつくな! 別に問題ないでしょ男同士ぐらい!」

「俺は女の子が好きなんだ! ぶっちゃけると酒屋のマリーンみたいな、ぼんっきゅっぼんのお姉様系美女が好みなんだよぉぉおおおおお!」

「知るかぁぁあああ!」


 エリザは力を加減しつつ、腰に抱きついてきたルディオの頭に手刀を落とした。「ぐぇっ」とくぐもった声を上げて彼が床に崩れ落ちる。


「さ、さすがの怪力魔法だぜ」


 魔法ではなく、魔術だ。


 けれど指輪の事情を話していないエリザは、何も言わず睨み付けていた。


「頭は冷めた?」

「冷めた。俺が結婚相手にさせられたら最悪だ」


 まだ冷静に戻れないらしい。


 するとすぐに復活したルディオが、その場で正座して真剣な眼差しでエリザを見上げた。


「幸い、【赤い魔法使い】は男だと思われてるし、あんたならきっとなんとかできると思う!」

「その根拠のない自信はどこから来た!? 相手は極度の女性恐怖症なんだから、無理でしょ! 凛々しい表情したって引き受けないからねっ」

「外国の術者として、全力であいつを治療してやってくれ。ついでに男色家にならないように外国流の不思議な魔法をかけ――」

「そんなものねぇよ!」


 エリザは、師匠との旅ですっかり悪くなった口調で出てハタとする。


「そもそも、相手の幼馴染もそういう気持ちは持ってないんでしょ」


 咳払いを一つ挟み、言葉を続ける。


「うん、あいつは俺にそういう感情は持っていない」

「なら大丈夫でしょ、結婚を決めるのは本人なんだから」

「けど周りにいる権力者なら、俺をあいつの一生涯の世話役として、花嫁に仕立て上げるのが容易に想像できる」


 お前の周り、どんな貴族がいんの! 怖ぇよ!


 いよいよ関わりたくない。

 エリザは「えぇい、とにかくッ」と言うと、ルディオの襟首を躊躇なく掴み猫のように持ち上げた。


「噂くらいでいちいち騒ぐなっ。いっぺん戻って、自分で状況を確かめて来い!」


 そう告げて家の外に放り出した。


 ルディオが尊敬する眼差しを向けて「腕一本で俺を持ち上げるとか、かっこいい」とか聞こえたが、彼女は無視して扉を閉めた。

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