2話 彼の幼馴染の、女性恐怖症の公爵家嫡男様は

 現在、ルディオと同じ近衛騎士隊に所属しているその幼馴染は、前触れもなくストレスが爆発したように暴走するのだという。


「あいつ、普段は温厚なんだよ。ただ、ブチ切れると箍が外れたみたいに破壊神と化す、というか……幼馴染の俺が同じ部隊のフォロー役にあてがわれて、家と出世に響かないよう頼むよって上官や侯爵や殿下からもまた言われて……時々さ、ふっと思うんだ。俺一人には荷が重いんだよなって…………」


 エリザは第三者だが、語るルディオが哀れに思えた。


 その幼馴染の方は、「女性から僕を守って」と彼を頼るらしい。もう十九歳とは思えない台詞で、エリザは首を捻るばかりだ。


「ブキ切れる時点で温厚じゃないよ。大丈夫、そういう人間は結構メンタルが強いから、鍛えれば泣いて逃げ出すなんてしなくなるよ」

「鍛える、か……昨日、女を紹介する気配を見せた隊長の執務室が、あっという間に崩壊したんだよな……」

「…………」


 なんて危険な過剰防衛なのだろう。


 もしや根性が弱いくせに、いつ剣を振り回すか分からない我が儘な令息なのだろうか。


(もしくは、恐怖症から過度な女性嫌いになっている、とか……?)


 どんな人物か気になるものの、過剰な反応を聞く限り、非常に面倒なタイプに違いないとは推測出来る。


「いつ聞いても、私には凶暴な人物としか思えないんだけどなぁ」

「そういう訳じゃないんだよ。家族想いの優しい奴だし、副隊長が内定してルディオらい騎士としての実力も信頼もあるんだ」


 ルディオが幼馴染をかばうように言った。


「ただ、ほんと、女性が絡むとあいつはダメなんだ。もう女性を見ると泣いて逃げ出すぐらいでさ。専門の医者とか、魔法使いが代わる代わる恐怖症の治療改善にはあたっている」


 イメージが崩れると立場的にまずい令息なので、世間には知らされていない。


 しかしルディオの話からすると改善されていないし、公爵令息なのでそろそろ必要とか言っていた婚約者捜しの進展もゼロなのだろう。


「もうそれ、女性を毛嫌いしてるんだよ。諦めたら?」

「嫌ってはねぇよ、本気で怖がってるだけなんだ。本人を前にしたらよく分かるけど、怖いって自宅の部屋から一歩も出ないから心配されてんだ」


 前言撤回。ただの情緒不安定なヘタレ野郎で決定だ。


(性格に難あり。うん。私が一番関わりたくないタイプだ)


 するとルディオが、紅茶を飲みつつ残念そうな目になる。


「また、内心女の子っぽくない辛辣なことを言っている気がする……」

「なんでそう心を読むのかな。魔法使いか」

「いやぁ、これだけ一緒にいると思考パターンが顔で見て取れる。エリオって意外と素直なんだよなぁ。偽名に反応しにくいのも見ていて分かる。たぶん、響きち近いと思うんだけどなぁ」


(彼こそ、意外とよく見てるんだよなぁ)


 結構侮れない相手だと思う。マイペースで緊張感がなさそうなのに、しっかり見ていたりする。


 エリザ、なんて今更呼ばれ慣れないので教えていない。


 黙って紅茶を飲んでいると、ルディオも話を変えてくれた。


「外国の術者?として、何かアドバイスないか」

「何、治療そんなにうまくいってないの?」


 ルディオが、何やら思い返したくない不都合な事実を思った顔をした。


 しばらく間があった。外から鳥の鳴き声が、数回聞こえてくルディオらいの時間がたっぷり流れていく。


「……まぁ、そう。全然進歩もしていない」

「何が起こったのかは聞かないけど、私は外国の術者だから役に立てないよ。この国の魔女か、魔法使いをあたった方がいいと思う」

「外国の術者って、つまり魔法の術ってことだろ?」

「違うよ。魔術」


 ルディオが小首を傾げた。これも、何度目かのやりとりだ。


(魔力を使うのは同じだから、私も説明できないんだよなぁ)


 基本というか、その仕組みの何もかもが違っているのだ。エリザはずっと師匠ゼットの手を見て育ったから、魔法の方がちんぷんかんぷんになる。


(この国を出て、ずっと歩き続けたら魔法がない国もあるのかな)


 その時、ルディオが立ち上がる。


「そろそろ行くの?」

「おう、演習場は近くだから休憩時間内で戻れるし」


 すると彼が、一歩を進めようとしたところでハッと振り返ってくる。


「まぁ、また次に来てもここにいるよな?」


 いつからか、彼はそんなことを確認するようになった。

 流れていくような旅だと言ったせいだろう。


 この国の本は魔法仕掛けで、読み手の言語へと自動変換された。とくに王都とその近くは本に困らなくて、つい余暇を楽しむように居座ってしまっていた。


 何より、しばらくエリザも誰かとお喋りしていたかったからだ。


 もうホームシックはなくなった。大人になったから。


(――でも)


 ルディオがおずおずと窺う顔は、まだお別れの準備ができていないみたいだった。一つ年上のくせに、別れを恐れているみたいだ。


「まだいるよ」


 だから、エリザは残り少ない紅茶を飲んでそう答えた。


「王都に入ったところにある図書館の許可証、ようやく【赤の魔法使い】の活動証明でとることができたから」


 欲を言えば、もっと本を読んでみたい。


 それは、ここを出てもできることだ。けれどエリザがそう答エリザと、ルディオが子供のように瞳を輝かせて「また」と笑った。

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