4話 この国で初めてできた友人に、初めて殺意が沸いた瞬間

 その翌日。


「う、わぁ……」


 エリザは、そこが個人の家だと思えず立ち竦んだ。


 大理石の階段と、埃一つない磨き上げられた床。豪華なシャンデリアが高い天井を彩り、まるで一つの城のようだ。


 真っ黒い色に身を包んだ自分が訪れるのは、場違いだと感じる。


 玄関ホールへ通されると、そこには燕尾服に身を包んだ高齢の執事が待っていた。


「ようこそお越しくださいました。私は屋敷を任されております執事のセバスチャンと申します。たしかに可愛らしい方ですね。先に話は聞いておりましたが、【赤い魔法使い】の『エリオ』が女性だったとは驚きました」


 彼はフードを下ろしたエリザを見ると、にっこり微笑んだ。


「こちらへどうぞ」


 促されてしまい、共に足を前へと進める。


 豪勢な屋敷の中にいるという現状に緊張した。変に見られてはいないだろうかと、こちらに向かってお辞儀をするメイド達が気になってしまう。


 そわそわと落ち着かないまま、広々とした客間に通された。


「主人を呼んでまいります」


 メイド達が紅茶を入れるのを見届けると、セバスチャンが一緒に下がって、いったん一人で部屋に残された。


 詰めていた息を吐き出し、ようやく固まっていた思考回路が動き始める。


(どうして、こんなことになっているのか)


 すごく良い香りのする紅茶を前に、エリザはぼんやりと回想した。


 ルディオを追い返したのは、つい昨日のことだ。


 今日、エリザは朝からゆっくりしていた。するとノック音が響いたのだ。


『ラドフォード公爵家の者ですが』


 聞き覚えのない名前だった。貴族、ということに緊張した。


 用心しつつ開けてみると、そこには見慣れない二人の兵士が立っていた。


 彼らは気付いて視線を少し下ろし、エリザを見て僅かに目を見開いた。戸惑うように視線を彷徨わせたあと、若干緊張した様子で告げてきた。


『……【赤い魔法使い】様ですね? お迎えに上がりました』


 そして「お手をどうぞ」と、レディに対するように手を差し伸ばして来たのだ。


 ラドフォード公爵から招待されている旨だけが伝えられ、エリザはわけが分からないまま、兵士の一人に手を取られて森を歩き出た。


 道路には、その場所に不似合いな高級馬車が停められていた。


 エリザはエスコートされて乗せられ、豪華な馬車の中で茫然としている間に、王都に入り城のような公爵邸に到着したのだ。


(なぜ、私が指名されたのだろう?)


 公爵家という重い肩書きに頭を悩ませていると、と、伯爵家であるルディオの存在が脳裏をよぎった。


 そういえば、彼の幼馴染は公爵家の嫡男だと言っていた。


(――まさか)


 ようやくそう思い至った時、人の気配がしてびくっとした。


 先程のセバスチャンに導かれ、一人の恰幅がいい中年の男がやって来た。後ろからメイド達が紅茶の乗ったワゴンを押して続く。


「待たせてすまないね。私は、ラドフォード公爵、ラドック・ラドフォードだ」


 眉がやや下がった、優しげな雰囲気の顔立ちをしていた。


 エリザが想像していたような、プライドの高い怖い貴族という感じはなかった。


 まるで町の牧師みたいだと思った。つい反応が遅れてしま、エリザは慌てて立ち上がり自己紹介をした。


「すみませんっ。その、招待された【赤い魔法使い】のエリオと申します」

「お嬢さんを魔法使いと呼ぶには申し訳ないな……本名はお聞きしていないんだが、活動名の『エリオさん』でお呼びしてもよろしいかな?」


 え、突然の名前呼びですか?


 下げていた頭をぱっと起こすと、ラドフォード公爵が困ったように微笑んだ。


(あ。……紳士として女性の扱いが徹底されているせい?)


 そのへんの事情は詳しくない。


「えっと……どうぞ好きなようにお呼びください」


 エリザはそうとだけ答えた。初めから性別が知られている件について、先程からルディオの存在が脳裏にちらついている。


 気になりつつ、まずは彼の着席に合わせて腰かける。


 メイド達がラドフォード公爵の前にも紅茶を置き、退出するとセバスチャンが内側から扉を閉めた。


「実は、外国の術者だとルディオから聞いてね」


 ラドフォード公爵が、吐息混じりの声でそう切り出した。


(ああ、やはりそうか)


 彼は例の幼馴染の父親で、ルディオから性別のことも聞いていたのだ。


 エリザは溜息をこらえた。しかし誠意を装ったものの、内心『あのヤロー』と初めて殺意を抱いた。


「彼から聞いているとは思うが、ルディオは私の息子の親友でもあるのだが……私の息子のことは聞いてるね?」

「その、詳しくは存じませんが……女性恐怖症だとか?」


 巻き込まれる予感に、つい言葉がつっかえた。脳裏に浮かんだルディオの呑気な面に、想像の中で鉄拳を三発ほど入れてはいた。


「そうなのだよ。どの医者も専門家も手を上げている」


 ラドフォード公爵が、事実を肯定して肩を落とした。ティーカップを引き寄せて、音を立てないよう蜂蜜を少し入れる。


「君も飲むといい。ルディオからは好んでいるとは聞いた」

「えっと、その……はい、いただきます」


 紅茶は高い嗜好品だった。


 ハーブか薬草の茶葉の方が、安価で一般的に出回っている。


「息子はジークハルトと言い、今年で十九になった。亡くなった妻に目元がよく似ていてね。ああ、ルディオと同じ年齢だよ」

「はぁ。そうなのですか」


 いちおう年齢も聞いているが、エリザは紅茶を飲みつつ相槌を打つ。


 思い返すように口にしたラドフォード公爵は、話す内容を頭の中で整理するように喉を潤すした。


 会話が途切れると、立派な調度品の上に置かれた時計の秒針が動く音が聞こえた。

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