029●第五章①処刑と対策
029●第五章①処刑と対策
号外の見出しはこうだった。
“凶悪死刑囚十七人に刑執行、昨夜”
三段にわたって紙面に並ぶ十七人の顔写真の下には、名前に続いて“元死刑囚”と肩書が入っていた。刑の執行が終わったので“元”がつく。
そして顔写真の下には……
刑務所の庭だろうか、背丈の倍ほどの柱が十七本並び、絞首刑となった“元”死刑囚が首に縄をかけられたまま吊るされている姿がパノラマ写真で掲載されていた。
記事の本文はごく短い。
……かねてより刑法の国教異端罪で首都エリス中央刑務所に収監され、昨日、死刑判決が確定した凶悪犯十七名に、即断で天の裁きが下された。執行は昨夜23時。パノラマ写真の刑場は首都エリス中央刑務所にあり、本日13時より明日13時まで一般市民に公開される。
「これは酷い!」我輩は声を荒げた。してやられたのだ。
「猊下が発布なされた“
「誰が判決し、刑の執行を早めたのだ?」と我輩は問う。
「判決の手続きを急がせたのは
「くそっ、なんて奴だ。これは我輩への当てつけだ。“
「御意」と、シェイラは
「だから、再審請求される前に、大急ぎで吊るし首にしたんだな、そうか……天動説も地動説も、ウーゾ政権にとってはどうでもいいことなんだ。要するに国教異端罪を口実にして、政権に盾突く市民を弾圧するのが真の目的だ」
「はい、猊下のおっしゃる通りです。突然に
俺は長いため息をついた。怒りが全身に渦巻いて、机を叩いて叫びたかったが、そんなことをしても殺された人が生き返ってくれるはずもない。
それよりも……。
床に膝をつき、うずくまって嗚咽を漏らすトモミに、俺は声をかけた。
「すまない……トモミ、君の知っている人が、この中にいたんだね。本当に悪かった、僕が
トモミはうつむいたまま両手でごしごしと涙を拭くと、嗚咽を噛み殺して顔を上げ、しわがれた声で「ごめんなさい、ワガ様……」と答えると、すぐに言い直した。
「いいえ、猊下のなさったことは、すごく、すごく正しいです。猊下のおかげで、無理矢理に異端者にされて、刑務所に閉じ込められていた人たちが、きっと何百人も救われたのですから。あたし、うっかり取り乱して、申し訳ございません」そしてトモミは、涙の跡でくしゃくしゃになった顔をほころばせて、何かを吹っ切るように、にっこりと笑った。「泣き虫はダメですわね。あたしも、泣き虫のトモミは大嫌いです。……さあ、お仕事です。お仕事をさせてくださいませ。泣いてサボっている暇なんかありませんわ」
トモミはカートに載った資料を机に移して、ページを繰りはじめた。
いつものように、楽しそうに、笑顔で。
それが作り笑いであることは、すぐにわかる。
しかし、下手な慰めの言葉を重ねても、しょせん傷口に塩を擦り込むに等しい。
「ありがとう、頼むよ、トモミ。ちょっと悪いが、俺はシェイラと急な打ち合わせをしなくてはならない。戻るのは昼過ぎになるから、昼飯は自分で済ませてくれたまえ、食券はおごるよ、食堂で何でも好きなものを、いくらでも注文していいからね」
なるべく明るく伝えたつもりだったが、トモミは俺よりもさらに明るく声を返してくれた。
「はい! 猊下、ありがとうございます。お腹いっぱい食べさせていただきます!」
哀しみの闇を隠すための明るさだ。俺は心に刺すような痛みを抱えながら、シェイラを促して図書館を出ると、自分の執務室に向かった。
歩きながらシェイラが言う。
「ワガ様、お心遣い痛み入ります。……あの
「うん、わかってるよ。トモミちゃんには、可哀想なことになってしまった……処刑された、彼女の知り合いって、誰だかわかるかな」
「はい、トモミは
「それで目を付けられ、皮肉にも、でっちあげの国教異端罪で捕えられた……」
「はい、ベジャール長官らしい陰湿な嫌がらせですが、本当に死刑執行にまで持っていくとは、わたくしにも予想外でした。あまりにも露骨で、あからさまな冤罪でしたから」
「そうか……」
執務室の会議テーブルで、シェイラと二人きりで、盗聴防止の結界が起動していることを確かめると、
「このまま黙って泣き寝入りしたくない。報復できないか?」
「たとえば……」湯気の立つカップを載せた盆をテーブルに置くと、シェイラは片手の指を二本揃えて首筋に当て、「カット」、続けてその指先で喉首をスッパリやる仕草で「スロート!」と
「そうだ、とは立場上断言できないけど、そんな感じだね」と僕は言った。そうしてやりたいほどハラワタが煮えくり返っていたけれど、態度に出して家具などに八つ当たりするのは、ただのバカだ。
「どうみても無実のはずの十七人を殺した報いを与えてやりたい」
「トモミが、可哀想ですから?」
「いや」我輩は否定した。「トモミちゃんのために報復する……それではない。たぶん、それだけではない。ただ……憎いからだよ。我輩は、やつらが憎い」
「嬉しゅうございます、猊下」シェイラはひそやかに微笑すると、「他人のための復讐心だけで決意されますと、困ったことになりますから」
「困ったこと?」
「他人への義侠心に基づく復讐心は、長続きしません。他人の正義のために誰かを憎み続けるのは、心理的に重荷となり、なかなかしんどいことと思われますので」
「確かに……そうだな」
「ですから、猊下おひとりのお心はいかがでしょうか、奴等を心底から憎んでおられますか?」
俺は、しっかりとうなずいた。
「わかりました。犠牲を払うリスクはそれなりにありますが、ウーゾ宰相とベジャール長官を暗殺することは不可能ではありません。ただし」
「ただし?」
「殺してもすぐに後釜がやってきます。かりにウーゾが死ねば、ウーゾの父親のウーロが宰相に返り咲きますし、ウーロを殺しても、孫のウーフォが跡目を継ぐでしょう。そのほか、ウーゾの血縁者たちで、宰相になりたい人物はいくらでもいます。そのため、ウーゾ暗殺でこの国の何かが良い方向に変わることは、あまり考えない方がよろしいでしょう」
「うーむ」我輩は腕組みして考え込んだ。「この国は議会制民主主義を取り入れていながら、事実上、ウーゾの一族に牛耳られる独裁国家ということか」
「遺憾ながら、それが正しい認識であると申し上げざるを得ません」
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