030●第五章②報復計画の第一歩、そして赤字教団を救え!

030●第五章②報復計画の第一歩、そして赤字教団を救え!



「ということは……」我輩は思案しつつ声を低めた。「ウーゾたちとの“切った張った”では何も解決しないな」

「はい、宰相さいしょう枢鬼卿すうきけいの、仁義なき戦いを招くことになります。わたくしはそれでもかまいませんが、ウーゾと察警庁スリポール長官のベジャールはとても仲良しのグル同士ですので、全国の察警スリポ警吏コップが敵に回ります。警吏コップの八割は腰にサーベルを提げている程度ですが、二割は短銃ピストルを持っていますので、それなりに反撃力があります」

「こちらの戦力は?」

「ふふ」と嬉しそうに、かつ不敵にシェイラはほほ笑む。刃傷沙汰とみると血がたぎるタイプらしい。「大公府パラティヌス庭園冥奴ガーデンメイド家事冥奴ハウスメイドに見せかけて、普通人ふつうじんの“隠密クノイチ”と魔女の“鬼破番ヘルウィッチ”を組み合わせた“鉄砲娘アサルトレディ”の混成旅団を密かに編成しています。また若手の修道女から選抜した“突撃修道女シュトルムノンネ隊”を養成中です。いずれも察警スリポ警吏コップを圧倒できるよう、擲弾グレネードとその投射機を配備しています。さらに男性のアロット中佐が指揮する近衛隊を併せますと……」

「驚いたな!」

 本当に驚くしかない。シェイラがバインダーから外して見せてくれたたった一枚の極秘資料、“公城デュクストラ防衛組織図”に記された人員表は、ちょっとした封建貴族の領地を防衛するに十分な規模に達している。

「シェイラ、これならひといくさやらかせるじゃないか。この国を転覆させるクーデターでも計画しているのかい?」

 僕の素朴な質問に、シェイラは笑うことなく、真顔で答えた。

「ひといくさは可能ですが、ふたいくさは無理ですね。警吏コップの短銃には対抗できても、正規軍の戦車相手ではおぼつきませんので、さすがにクーデターは考えられません。もっぱら専守防衛に徹して、公城デュクストラ防衛と首都エリスの治安維持レベルに特化した戦闘力として、長年、非公式に維持してきたものです」

「というのは……昔から、ずっと?」

「はい、八十年前、この国は東の海の果てのタルシス連合国に海洋戦争を挑んで敗れました。戦後数年は大規模な飢饉に襲われて、エリシウム公国は内戦状態に陥りました。国土の半分が無法地帯と化したのです。そのとき、この公王府パラティヌスが存在する公城デュクストラを守って、首都エリスとその地域一帯に秩序を取り戻したのが、当時の公王のもとで組織された公王アークデューク防衛隊ガーディアンです。その名残がずっと残って、公城デュクストラの中に非公式ながらそれなりの武装集団を保持しているのですわ。そしてこれは……」シェイラはじっと、俺の目を見つめた。「枢鬼卿すうきけい猊下の御命令があれば、いつでも実戦に参加できるよう、準備しております」

 俺の手はかすかに震えていた。「……そうか、なるほど、これだけの戦力があれば、やろうと思えばウーゾ宰相の暗殺くらいは十分に可能だ」

「しかし、犠牲が出ます。首都エリスを防衛する国防省傘下の正規軍と察警スリポをまとめて相手にするのは難儀ですね。長期的には太刀打ちできません。多くの部下が死ぬでしょう」

 シェイラが言いたいことは、はっきりと理解できた。

 今は、その時期ではないということだ。

「わかった、そういうことなら、あせって武力行使に走るのは控えよう」

「ご理解下さり、かたじけなく存じます」

「しかしウーゾとベジャールには、何とかして、ひと泡吹かせたいなあ。黙っていると舐められるだけだ。しかし武力で解決できないとなると、合法的にこの国の統治の仕組みを変えていくしかない」

「御意、議会制民主主義はすっかり形骸化しておりますが、そのルールは尊重しませんと、国民の支持が得られず、われらエリシン教団の信者の心も離れていってしまいます」

「たしかに……とすると、議会制民主主義にのっとって、我々の政党を新しく立ち上げ、我々と志を同じくして動いてくれる議員団を国会に送り込むしかないのだろうか」

「ワガ様! そこまでおっしゃるとは、このシェイラ、感激いたします!」

 俺の気分を元気づけるように、シェイラは力強く断言した。

「それは非常に正しい道であると存じます。わたくしは、ここ数十年の枢鬼卿すうきけい猊下に、エリシン教を基盤にした政治結社を設立して、それを民主主義の手続きにのっとって政党化し、この国の改革に乗り出すことを進言いたしましたが、相手にされる方は一人もおられませんでした」

「どの猊下様も、政治は放り出して、可愛い子ちゃんとの酒池肉林におぼれてしまったわけか」

「はい、枢鬼卿すうきけいに就任して早々に、ウーゾ一家とベジャールの一派にそそのかされて、色と欲の人生に堕落しておしまいになりました」

「とすると、こんな俺でも、シェイラにとっては枢鬼卿すうきけいの優等生ってことか」

「そういうことになります。しかし政治結社の設立および政党の結成は、相当に用心してかからねばなりません。わたくしたちがそのような企てに手をつけますと、ウーゾとベジャールは即座に警戒し、ワガ様の政治活動を妨害しにかかるはずです。大っぴらに政党を立ち上げますと、たちまち潰されるでしょう。ウーゾが党首を務めるヨミン党は、国会の議席の七割を占める巨大与党でして、そう簡単に勝てる相手ではありません。エリシン教の政党をつくり、政治力を互角に持っていくには、十数年はかかるものと思います。こっそりと、地道に、少しずつ進めるしかないと」

「気の長い戦いになるなあ、ちょっとがっかりだよ」

 我輩はそう答えたが、まさか、このさき三年もしないうちにこの国のすべてを動かすことになるとは想像もつかなかった。そう、このときはまだ、自分の手にエリシウム公国を収めてしまうなど、夢のまた夢だったのだ。

「そうだな、さしあたっては……」と、我輩は執務机の鍵付き引き出しから、一冊の分厚い冊子を出して、シェイラに見せた。真っ赤な表紙のタイトルは……

 エリシン教団年間収支報告書。つまり教団の会計を記録した決算書だ。

「はい」とシェイラは身を乗り出す。

「昨日、図書館で見つけて、ここへ持ち帰って、一人でつらつらと拝見したんだけどね」

「はい……」と、シェイラはどことなくばつが悪そうな顔をする、ちょっとまずいものを見られたかな……という、かすかな後悔の表情。その顔を確認しながら、我輩は告げた。

「真っ赤っかの大赤字じゃないか」

「さようでございます」としおらしくシェイラは認める。「毎年、数千億ネイの赤字を出して、政府の助成金すなわち税金によって補填しております。この帳簿に記された正式な数字を見る限り、ワガ様の教団の経済状況はボロボロの赤字垂れ流し状態でして、まさに火の車と申し上げるしかございません。毎年、いつ破綻してもおかしくない危機的現況でございます。この帳簿は、世間様に堂々と表を向けて顔向けできる内容ではないこと、明らかですが、恥を忍んで公開しております。何を隠そう、すなわち丼勘定の放漫経営、全てわたくしの責任でございます」

 やにわに背を向けるシェイラ、しゅっと背中のファスナーを下ろして妖艶なまでにつややかな白磁の肌を露出すると、後ろ手に握られた九尾の猫鞭ねこむち

「ワガ様、さぞやお怒りのことと存じます。どうぞお心ゆくまでビシバシとご折檻なさいませ」

 どこか、楽しそうに聞こえる。期待しているようにさえ聞こえる。

 クネクネと背中をゆすって、シェイラは唐突ながら被虐の懇願を繰り返す。

「さあ、さあ、ワガ様! 今こそ力いっぱい、蚯蚓腫みみずばれをいっぱい作ってくださいまし!」

 わわわ……前触れも無く、自虐に幸せを求めるM嬢のおねだり攻撃である。二人きりの打ち合わせなんかしたのがいけなかった。我輩の油断である。このまま裸になられても困るし、うっかり鞭音を響かせて、それを魔法石マギメタルで録音なんかされたらたまらない。

 それに第一、このような痴態をトモミに目撃されたりしたら一生のトラウマが、死んでも消えない聖痕みたいに残り、わが心をさいなみ続けるであろう。

「さあ、さあ、さあ! ワガ様!」

 ここぞとばかりにせかしやがって、このSM二刀流の美魔女が……

 甘美な誘惑に下半身がすっかりとろけて自制心がバベルの塔みたく崩れ去ってしまう前に……

 我輩はきっぱりと叫んだ。

「おあずけっ!!」

「ワガ様、ねえ~、せっかくのチャンスではございませんか、ねえ~」と、未練たらしく、しかも、これ見よがしに美しすぎる肌を我輩の眼と鼻の先に陳列するシェイラ。

 それを望むならば、言うとおりにしてあげたい気持ちは山々だが……

 断腸の思いで、またも背徳の崖っぷち、変態の門の一歩手前で踏みとどまる我輩であった。

「また今度、やがて、後日、いつの日か、待てば海路の日和ひよりあり、そのうち何とかなるだろう……」

 適当に誤魔化してその場の雰囲気を繕うと、シェイラの背中のファスナーを上げてやる。

 そして告げた。

「ウーゾとベジャールに一発やり返したい気持ちは大きいが、そのためには枢鬼卿すうきけいに力が無くてはならない。力とはなにか。経済力だ! どんなに正しい行動でも、貧乏だと説得力を欠く。世の人々は表向きの外見をまず信用するからね。正義の裏付けは信念だけではなく、やっぱりおカネだ。全くむかつくが、世間の信頼と声援を得たければ、貧乏より金持ちの方が……ものすごく不本意だけど……圧倒的に有利なのだ。だから我輩は考えた!」

「は、はい、なんでしょうワガ様」

 おねだりをおあずけされた直後のせいか、おとなしく素直に畏まるシェイラ。

「赤字教団を何とかして黒字に変えなくてはならない。そのためには有望な営利事業が必要だ。それも、できればボロ儲けできそうな商売ネタビジネスシーズだよ、そこで……」

 我輩は神の啓示を受けた聖人のポーズで、両腕を広げて言った。

免罪符インドゥルゲンティアを発行する。免罪符だよ、それも大量にだ!」



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