第11話 変化なし


「……しないのですか?」



 ズボンとパンツを下ろし、便座に座り少し前屈みになりながら服を両手で下へ引っ張り、丸見えになりそうな成長途中の第二の私を隠しながら、私はそう発言をした彼女を見上げる。


 今は協会所属と一目でわかるコートを脱いでいるので、厚手の黒いインナーと灰色のロングスカート、厚底のブーツ。


 若干くすんだ金色で癖の少ない肩までの髪の毛。

 少し垂れ目の美人さん、ルルカ・エーキノさんだ。


 腕を胸の下で組んで少し首を傾げながら、困ったような顔でこちらを見ている。









 なぜこのような状況になったかといえばただ単にトイレに行きたくなっただけだ。


 エーキノさんと話をしながら、お茶とクッキーを食べてそれなりの時間が過ぎていた。

 甘過ぎずサクサクとしたクッキーは、苦くないお茶とよく合っていたし、食べ終えたら、まだありますよ?と出されたので思わず食べてしまった。


 それに移動し始めてから二時間は経っていたはずだ。

 本当はもう少し早くにトイレに行きたかったが、ちょっとだけ我慢してしまった。

 自分以外の人がいるとオナラ等もしづらいし、どうするかと考えた結果が若干の我慢である。




 トイレへ行く時もキョロキョロと輸送機の中を見るのを忘れない。

 灰色の床に、金属っぽい壁、照明は天井と足元の左右の壁にある。

 通路にも窓が一切ないのは軍用だからなのかわからないが、これは時計がないと時間感覚がおかしくなりそうだ。


 個室以外にも椅子だけ置いてあるスペースもありそこには随分どゴツい装備をした兵士が三人座っていた。


 全身灰色で、顔が全く見えない頭部にゴツい全身スーツのような鎧?、それに三人とも大きな盾を持っているようだ。

 武器らしいものは剣ではなく短いメイスっぽいものを見ることができた。


 下の階で見た銃のようなものは持っていなかった。


 立ち止まらずすぐ移動したので、じっくり見たわけではないけど鎧は金属っぽくない感じで、艶のない陶器みたいだった。


 座ってる状態でも体格の良さが分かったし、この通路だとあの人達が盾を持って立っているだけで封鎖できそうだ。

 よくある物語にありそうなマントとかは付けていなかった。指揮官の人とかは付けているんだろうか。



 こちらに気付くとエーキノさんに軽く頭を下げていた。





 この輸送機にはシャワー室もあるようだ。

 壁の複数箇所から温水を吹き付けるタイプのようで、広さは大型の獣人でも入れるくらいのスペースはあるらしい。


 二階のシャワー室は一つのみで、一階には兵士用のシャワー室が二つあると教えられた。

 ちなみにトイレは二階に二つ、一階にも二つのようだ。




 そしてたどり着いたトイレはスライド式のドアで、広さは前世の飛行機のトイレより若干広いくらい。

 通路よりも明るい照明のようだ。

 これもやっぱり大型獣人でも使えうようにとのことだ。


「広いですね」

 私がそう呟くと、一緒に入ってきたエーキノさんが使い方と一緒に教えてくれた。

 流す時は壁のボタン、手を洗うときはここのボタン、使い終わったらこのボタンを押して便座の消毒をする等。



 そう、一緒に入ってきて使い方を教えてくれたあと、そのまま待っていた。



 ちょっと我慢していた私は、使い方を教えてもらってすぐにズボンを下ろし、着席した。

 情けないことに我慢したせいで、いざトイレに来たら漏れそうになってしまったからだ。



 そして気付いた。

 まだエーキノさんいるじゃん、と。





 「…あの、見えちゃいます」


 私の私が。



 「気にしなくていいですよ」


 こっちが気にします。

 あと恥ずかしいです、すごく。



 「そ、それに臭いかも…」


 「我慢は良くないので、私のことは気にせずどうぞ」


 優しそうな笑顔でどうぞどうぞと見守られている。




 これは、あれだ。

 見られながらもトイレで踏ん張っている猫状態だ。

 今の状況と一緒とは言えないが、あのこちらに気づいた時のなんとも言えない微妙な顔、今ならその気持ちがわかる気がする。

 なんで見てるの、あっちいけ。そんな切ない感じの表情、違う世界で私は理解した。


 見られて興奮する性癖は持ってないので外で待っててほしい。



 私が現在五歳とはいえ中身はそれなりの年齢だ。

 五歳といったらトイレは一人、お風呂も一人…じゃなかった、母と一緒はあれなので、できるだけ父と入っていた。

 魔法が使えるといっても子供だ、お風呂は必ず親と一緒だった。


 軍の輸送機のトイレは、この体では少し大きいが問題なく使えそうだ。

 ここはアピールするべきところだろう。



 「ひ、一人でできるもん」


 「一応警護の意味もあるからこのまましてね?」


 駄目でした。

 そうでした私は面倒な存在でした。



 教会の人としてもトイレとはいえなるべく目を離したくないのだろう。


 たかがトイレ、されどトイレ。どこに危険があるかわからないし、万が一もある。

 些細なことにも油断せず行動しなければいけない。




 いかに魔法の世界に転生したとしても、中身が大人である私でも我慢の限界である。




 私は目を瞑り、心を落ち着かせ、力を込めた。












 トイレで奮闘中の男を乗せている教国北西部軍所属輸送機の操縦室、通常時よりも若干重武装をした四人が会話をしていた。




 「予定よりも早く移動できている。今回は一度も補給もせずにロッサまでの任務だ。交代も若干早めにしていこう、スサキ、まだ先だが二班と護衛部隊にも若干交代を早くする連絡を入れてくれ」


 副操縦士に指示を出す男は装備で顔は見えないが三百五十歳のエルフだ。



 「二班も交代を若干早めに取るようにしてくれ、護衛部隊にもこちらから指示を入れる」


 指示通りに二班と護衛部隊に連絡を入れ、現在時刻と交代予定時刻時の移動距離予想をメモして記録する。

 副操縦士は二百三歳のエルフ、スサキ。



 「三重障壁問題なし、魔力炉異常なし、予備も異常なしです」

 動力の確認をしているのは百二十歳の魔人。


 「格納庫内の荷物もー…異常無いみたいですね。それにしても二号機格納庫の荷物なんなんですかね?固定した状態で周囲まで見張らせてるなんて。何か聞いて無いですか?」

 この中では七十歳と一番若い魔人種の男が気になっていたことを聞く。



 「…なんでもかなりの大型になる魔獣の幼体らしいぞ、それも珍しい臓器タイプとのことだ」

 二番目に年上のエルフは一番若い魔人種の言葉に少し考えたあと答えた。


 「どおりで二号機格納庫の警備というか荷物周辺の人員が多いんですね。二班と違いこっちは教会の交代人員が中心で良かったですねぇ、お偉いさんが乗ってる分いつもより同行する護衛部隊も警備も厳重ですけど」


 「…そうだな」


 「どうしたんです?やっぱりスサキ副長でも教会のお偉いさん乗せてると緊張するんですか?」


 「緊張しない任務なんて一度もない、私は今回の輸送任務もずっと緊張しっぱなしだよ」


 「えぇ、せっかく任務で緊張しない方法を聞こうと思ってたのに」




 「ズーキ、おしゃべりもいいが周辺警戒をしっかりしろ、今からそんな話してたら話題が尽きるぞ」


 「周辺問題なしです、ボクタ機長!それに護衛部隊からの報告も問題ありません!」

 ボクタ機長がダラダラと長く続きそうな会話を打ち切らせるが、元気よく報告を返される。



 「はぁ…イーギン、お前は真面目だな」

 ボクタは黙って確認作業をしていたもう一人の男を褒めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る