第10話 準備




「いってきまぁーすっ!」

「いってきます!今日は道の線踏んだら負けな!」


「こらっ!ちゃんと前見て歩きなさい!」

「飛び出しちゃダメよ」

「気をつけて行ってらっしゃいませ」


 バタバタと走る音と、母達がそんな兄達を注意する声が玄関の方から聞こえる。

 兄二人が学校へ行った。



 教会の人が来てから十日程過ぎ、変わったことといえば家政婦さんが一人我が家に増えたことだ。


 物語ならば綺麗なお姉さんが家政婦として登場するのだろうが、現実は違う。

 お怒るとちょっと怖い、昔は綺麗だったのであろうおばさまだ。

 年齢は聞いてないが、見た目的には母達よりも明らかに年上で、前世で言うとおばあちゃんよりも少し若いくらいのおばさんだ。




 この家政婦さんは教会の人だ。

 この前の話し合いのあとに、教会との連絡役と護衛として派遣された。

 護衛といっても、監視の意味合いもあるだろう。


 監視されてると分かっていると気まずい雰囲気もあるかと思ったが、全然そんなことは無く、見ている限り普通の家政婦さんだ。


 兄達は家政婦というものに慣れてからは、母達に怒られるであろう行動をおばさまの目の前でも行い、ちゃんと怒られていた。

 母達との関係も私が見ている前では至って普通だ。

 ミリーお母さんとは少しギクシャクしていたが、今は落ち着いている。

 父とも特に問題もなく、連絡事項の通達、家や職場についての話をしていた。


 私の場合は、庭に出る際も帽子を被るよう指示された。

 魔法の練習についても庭で練習する時は、なるべく外から見えにくい場所でするようにお願いされた。


 それなら家の中で引きこもってればいいと思うが、普段庭で遊んでいた子を近所の人が見かけなくなるのもそれはそれで目立つらしい。



 ちなみに庭で魔法の練習中は家政婦さんが庭の手入れや、掃除をしながら私が家の中に戻るまで毎回ついてきている。

 こちらから話しかけても「あまり魔法で水を撒き散らしてはいけませんよ」とアドバイスではなく常識的なことを教えられた。


 護衛的な意味合いもあるのだからきっと戦闘もできるのだろうし、魔法についても聞いてみたいが私は空気が読める子供である。


 長いものに巻かれる、大いに結構。石橋は叩くし、時鳥が鳴かないのなら鳴くまで待つ、冒険よりも安定大好き人間である。

 それが結果的に自分と家族の安全にもつながるのならば喜んで指示通りにする。



 帽子を被りいつも通りに、頭ほどのサイズの大きさの水の塊をグニグニといじり回し、状態を変化させつつ練習する。

 体の近くならば魔法を使えるが、やっぱり距離が開くほど維持が難しく魔力を消費している気がする。


 ウォーターカッター、水の力で硬いものを切断する。

 魔法の物語ならばよくあるやつなので当然試した。

 まず細く薄く長く水の形を変えることは出来たが、それを真っ直ぐ維持するのがものすごく難しい。

 グニグニ曲がるし、そこから水を高速移動させつつ相手にぶつけるというのも難易度的に無理だ。

 

 水をピザ生地のような形にして、高速回転させ飛ばせばいいという安直な考えも当然試したが、少し前に動かそうとしただけで回転は止まりそうだし、魔力で押し出そうにも水をぶちまけて終わりそうなのがわかった。


 高速で水を噴き出し続けて物を切断するというのも試したいが、庭でやると水浸しでぐちゃぐちゃになりそうなので試せない。


 それならばと指先を地面に向けて小さい範囲での実験もしたが、そもそも高速で水を噴き出し続ける行為自体がまず無理だった。

 カッターというより、ホースについてる水流調整ノズルの方が近い気がする。草の生えていない地面にならば文字が書けそうだ。


 結局のところない頭を使って考えるよりも、魔力増やして大量の水ぶつけたり、氷塊、高温の蒸気などをぶつけたほうが破壊力はありそうだということしかわからない。

 何を試すにしても持っている情報量が少なく、毎回同じ結論にしかなっていない気がする。


 いつも通り晴れてる日は庭で魔法を使い遊び、お昼くらいに家の中に戻る。その後は新聞などで文字の読み取りの勉強と情報収集。

 これまでの毎日の日課だ。







 教会の人との話し合いの後、決まったこともいくつかある。

 それは私のみ別の場所に移動させられるということだ。


 随分唐突な提案だと思ったけれども安全管理を考えるとそれが一番簡単で、情報操作もしやすいのだそうだ。


 子供とはいえ役所に出生手続きしている人間がいきなり町の中からいなくなるというのは事件である。

 子供がいなくなって家族が心配していないというのも怪しくなるし、今まで何度も買い物について行ったりして近所の人たちにも覚えられているため、移動にも理由がいる。

 ならば適当な理由をつけて私だけ学校に入る年齢になる前に移動させてしまおうというのだ。


 家族全員での移動ではない理由は父が現在、町でもかなり安定した職についていて、家族全員が突然引っ越しをするような状況でもないというもあるし、母達が妊娠中というのもあるだろう。

 他にも理由はありそうだが聞いても教えてくれないだろう。

  

 妊娠中の母は、私だけ別のところに当然反対したが最終的には嫌々ながらも納得したようだ。これ以上ストレスがかからないことを祈るばかりである。


 私の移動に使われる理由は学業推薦。町にある学校よりも少しレベルの高いところへ入学するために私だけ移動するということらしい。


 受験で子供だけの移動もあるにはあるらしいが、生活まで一人というのはまずあり得ないため、私だけ知り合いの家にお邪魔するという感じになっているようだ。


 そんなありきたりな理由でいいのかと思ったが、下手に凝った理由付けをしても私という存在がいたことは消せないし、大人はともかく兄達も簡単でわかりやすいほうが成長した後も疑問に思いにくいであろうとのことだ。


 最終的には私が合意したので決まったことであるが、家族の安全が守られるのであればということは何度も庭で家政婦さんに確認した。

 実は家族がこっそり処分されてましたとかいう展開は笑えないので、安全上家族から私への確認は出来ないが私から家族の状況は確認できるようにしてくれるようだ。


 とりあえず学校に通うであろう十年を情報操作可能な別のところで過ごし、その間の私の記録等を改竄し一般的な魔力操作の苦手な一般魔人種としての記録にする。


 その後も私はこの町に戻ることは出来ないが、国内を移動する職に就くため、近くに来たという理由で家族に会いに来ることは可能ということのようだ。



 何回か説明を受けたが記録の改ざん以外は思ったよりも普通のような感じの設定で拍子抜けだ。


 まあ今はそれを信じるしかない。

 原初だどうのも自分自身ではよくわからないし、本当であれば面倒なことでしかない。自分と家族の安全が一番で、正直怖いが今の気持ちである。







 天気は晴れ、雲は少ない。

 今日私は家族と、町から離れる。



 昨日はやっぱり母が泣いてたけど、その分いっぱい話せたし、ちゃんと会いに来ると約束もした。


 父は無理をしないようにと何度も言ってきた、兄達は受験で別のとこに行けるのがずるいずるいと騒いでいたが、用意された問題集を見てすぐに黙った。

 本当に表情がすんと変わって思わず笑ってしまった。


 生まれてくる弟か妹達を見れないのは残念だが、母達のお腹に手をあてて行ってきますと挨拶もした。



 町からの移動は、この前魔獣討伐として派遣されていた軍の残りの移動と合わせてついていくということのようだ。


 道中の安全も加味して、私の他にも町から移動する人たちが軍に合わせて別の車両に乗って移動する準備をしているのが見える。


 ちなみに私は軍の輸送機に乗せてもらえるようだ、以前魔獣の解体現場で見た車輪のない装甲列車のようなやつだ。

 移動する時は地面から若干浮いて移動するようで、空を飛ぶほど浮くことはないがとにかく頑丈で、軍事作戦時は輸送機なのに対魔法物理壁?としても使える仕様とのことだった。


 他にも魔法力学?工学?だか初めて聞く言葉もあったけど何となく意味はわかるが、想像通りのことなのかがわからないので後で調べるつもりだ。



 見送りに来ていた家族と家政婦さんに手を振り、ついでに見送りに来てくれていたエルフの夫婦にも手を振る。

 兄達の羨むような顔が見えた、先ほどちょっとだけ乗ってはしゃいでいて父に怒られていた二人だ。



 輸送機は窓がないので後ろの大きな開閉口が閉まるまで手を振り続けた。



 輸送機内はかなり広く、新幹線を縦に二台横に三台並べたくらいの広さはありそうだ。

 大型のものも輸送できるようで軍人の方々がきちんと固定されているかどうか点検したりしている姿が見れる。



 一緒に移動することになった教会の人と一緒に機内を移動する。

 貨物エリアらしきところから前へ移動すると、何列かの長椅子が続くエリアと階段が見えた、どうやら二階があるようだ。



 案内された席は二階で、三人ずつ座れる長椅子が二つのある個室だった。


 教会関係者の方は数人程いたが、私と一緒に席に着くのは一人だけのようだ。

 二人で使うにはもったいない広さがあり、椅子は床に固定されていて、壁に折りたたみ式の小さな机があった。


 個室にはトイレはないが、すぐ近くにトイレはあるようで、内装は軍の輸送機ということで少しゴツゴツしていたり、機能重視なところがあるけどなかなか便利そうな輸送機でかっこいい。


 あまりウロウロしては行けなさそうな雰囲気なので輸送機内の観察は少ししかできなさそうだ。


 トイレの場所だけ確認したら大人しく用意された個室に戻る。





 生まれてからこの町で過ごした年数は少ないけど、この世界では今までで一番長く私がいた場所だ。

 生まれ変わったとはいえ家族と離れるのも寂しいという気持ちはある。



「大丈夫ですか?」


 泣きそうにはなっていないが寂しい気持ちで少し下を向いていたら、一緒に移動する教会関係者のルルカ・エーキノさんに声をかけられた。


「大丈夫です、こんな大きな乗り物乗るのが初めてなので少し怖いです」

「この輸送機はとにかく頑丈なので、たまに揺れるくらいで音も静かなんですよ?あ、でももし乗り物酔いと言って、揺れで気持ち悪くなるようなことがあったら言ってくださいね?」


 本音は言わないが、それらしい理由を話すと心配されていたのがわかった。

 この世界にも乗り物酔いというものがあるらしい。こういうところは同じようだ。



「僕はこれから学校には行かないでどこかで勉強するんですか?」

「ノア君は学校には行かないですけど、学校で習うようなこともきちんと学ぶことになります。ちゃんとそう言ったことを教えてくれる人も準備できていますよ?」


 いろいろ話すついでに今後のことも改めて聞いてみると答えてくれた。


 勉強は好きではないが嫌いでもない、新しいことを一から覚えるのは大変だけど準備してくれているなら頑張っていこうと思う。



 輸送機がゆっくりと揺れたと思ったら、そのすぐ後に体が少し引っ張られる感じがした。


 ついに町を離れる時間になったのだろう。


 まだ自分の置かれている状況が面倒だということ以外は理解できていないけど、最初の目標としては今決めた。勉強をきちんと頑張っていこうと思う。これだ。





 そして今の所私の人生に学園編というものはどうやらなさそうな雰囲気だ。




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