第9話 提案

 外は暗く、すでに夕食時も過ぎ、多くの人々が眠りにつく時間からさらに遅い時刻。


 子供たちはすでに就寝し、静かな家の中。

 そんなある一家の一室で三人の大人が静かに話し合っていた。


 三人の名前は男がゴウ・シーキ。女性はミリー・シーキ、マーサ・シーキ。

 数日前まではイーヴェルズ教国でも、一般的な家庭なはずだった。


 話し合いが始まる前に用意したお茶は、最初に一口飲まれた後は触られないまま、すでに冷たい。


 今日も、ゴウは腕を組んだまま黙ってしまい、ミリーは話し合いの途中で何度も泣き、マーサは慰めつつも頭を抱える。


 結局、維持派の人員から聞いた現状を再確認した以外は何も話し合いは進まず、外がうっすら明るくなった頃、三人はさすがに寝ることにした。




「いってきまあああす」

「いってきまーっす」

「じゃあ、いってくる」


 朝ご飯を食べた後、兄二人は学校に、父が仕事へと行くために一緒に家を出ていった。兄たちは相変わらず朝からドタドタと走って元気いっぱいのようだ。


 数日前に教会の人が来て話していたことは兄たちには話さないことになった。「今日聞いた話はレオとビルには言っちゃだめよ、あの子たちはすぐ人に話しちゃうから」とマーサ母さんに言われた。


 好奇心の塊のような二人は帰ってきた後、エルフの夫婦に貰ったお茶を飲みたがって母達に静かにしなさいと怒られていた。夕食後にもらったお茶を飲んでいたが二人とも微妙な顔をして残していた。ちなみに一緒に飲ませてもらったが、匂いに少しだけ癖はあったけど後味すっきりとしいて、サッパリとしたお茶で美味しかった。


 この前のことはあったが、朝食後は母に新聞の読めない単語について教えてもらいながらのんびり過ごす。ここ数日、朝ちょっと目が腫れているので、おそらく夜中も父たちと話し合いでもしていたのだろう、母にはあまり無理はしないでほしい。


「帰ったぞー、ただいま」


 知らない単語を教えてもらいつつ文字の練習をしていたら、仕事に行ったはずの父が帰ってきた。


「体調がすぐれないのでと施設長に言ったら、家族で話す時間をつくれと、話を合わせてくれて帰ってこれた」


 数日前の話で父の働く施設の人にも維持派の人がいると言ってたけれど、本当にいるようだ。気付かないうちに周囲に人が配置されてるというのは怖いものだと実感できた。


 「…あなた」

 「…」

 「ノア、今日はちょっとこの前教会の人に聞いた話について、一緒に話したいんだけどいいか?」

 「ちょっと、ノアはまだ子供なのよ!」

 「ミリー、少し落ち着け。ノアにも関係することだ、ちゃんと聞かせた方がいい」

 「…ミリー」

 「教会の人が言ってた話するの?学校行けないみたいだし、教会の人に勉強教えてもらえるのかな?」


 これ以上親たちだけで話を続けると母が泣き出しそうな雰囲気なので、空気を読んで教会の人に聞けなかったことをあえて父に質問をする。話し合いといってもほぼ選択肢なんて無さそうな内容だったけど。



 「……それで父さんも昔ちょっとだけ軍にいたんだが、教会の人が言っていた維持派というグループだったんだ。まあ、軍に入っていつの間にか維持派のところにいただけなんだが…。父さんは学校を出たあと軍に入って、軍に入ったときに受ける適性試験で、地下施設防衛という、地面の下にある施設で働く軍人になるための訓練を受けるように言われたんだ。そこで真面目にいろいろな訓練を受けたり、仕事をしていたら、今やってる仕事を紹介されて軍人をやめて仕事に就いたんだよ」


 数日前に、父の方でも教会から伝えられた情報を改めて教えてもらい、家に来た教会の人から伝えられた情報のことも合わせて確認しあった後、教国の派閥についての話になった。その流れで父が今の仕事に就いた経緯、軍の情報を知ってる範囲で教えてくれることになった。


 「軍にいたころは戦闘部隊、前線での戦闘活動、いや、うーん、つまり敵と戦う部隊じゃなくて、地下にある基地の中での活動や防衛をする部隊にいたんだ。短い期間だけど、たまに他の地域にある軍人のいる施設や、軍が作ってる最中の基地や施設にも行くこともあったんだ。そこで仕事をしてる時に見た感じや、聞いた感じだと派閥というグループのイメージは、教会の人が言っていた通りだと思う」

 「開拓派の人たちはなんで海の方に行きたがってるの?海って危ないんでしょ?」

 

 気になっていたので父に聞いてみる。


 「父さんが軍にいたのはだいぶ前だしちょっとの間だったんだけど、その時は海の方は対魔物用の防衛施設を作るだけって…話で、海岸線に防衛用と進行遅延用の施設を作っていたはずなんだ。海から真っ直ぐ進めないように、地形自体を変えたり、山を削ってその中に施設と大きな壁を作って、海から来た敵に攻撃しやすくなるように誘導するためのものも作られていてな、海に入ってまで開拓というよりは、海の方からは進行させないぞって感じの防衛ラインを強化してる感じだったんだが…」

 「海ってそんなに大きな施設作るほど危ないの?」


 魔物が想像の何倍もやばそうなことしかわからないけど、海から来るのかな?そして、この世界の海のイメージががどんどん地獄のようになっていく。


 「ああ、危ないぞ。海で漁をするための船が小さいと、海の中から船に突き上げをしてきて船をひっくり返して食べようとしてくる生物もいるし、魔力嵐の時なんて波はすごいし、海岸から離れてるところにも海の生物が飛ばされてきて暴れることがあるんだ。父さんが軍にいるとき少しだけ海の近くの施設に行った時も、魔物じゃないけど、海の生物に警備中の小隊がまるごと引きずり込まれる騒ぎがあって、軍の施設の中から出るなって命令が出てたな。」


 話を聞くだけでも海は相当危ない場所のようだ。母は話の最中に「そんな場所に…」と顔色を悪くしていて、それを見た父が海についての話題を話を切りあげた。

 

 ちなみに母は軍経験はあるが事務仕事のみで、たまたま仕事で書類を届けに来た父と知り合って付き合うことになったらしい。マーサお母さんはそこそこ大きい商会の受付仕事をしていたそうで、父が軍をやめて就職してから出会ったそうだ。


 教国では男女ともに一夫多妻制、一妻多夫制が認められており、近所を見る限りでは一夫多妻制のところが多いように思える。子供が多いことはいいことだ、そうだ。



 「戦争派の人たちとはそんなに一緒になったことが無いからわからないが、父さんがいた時から強力な兵器開発とか、対人用の研究だとか、獣人の肉体構造の強化のための地下研究所がある…みたいな噂はあった。あとは…、大きな湖の近くに大きな演習場を作って、ゴーレムを使った実戦のような演習をしてたのは有名だったな。ただ、開拓派の人からも戦争派は過激だとは言われていたな。」

 「ゴーレム?」

 「あんまり素早い動きはできないけど頑丈で、工事だとか防衛施設とかでよく見たな。軍用機と同じで魔動力機関という銀色の筒みたいなもので動くんだ。派閥関係なく、遠くからの敵の攻撃を防ぐ防衛型ゴーレムの研究もあったはずだ。」


 ゴーレムという単語につい反応してしまい聞いてしまったけど、話を聞く限り大型重機やセンサー類の付いた機械?のようなものなのかもしれない。燃料として使われるものが違うのも気になる。


 その後も他派閥の知ってることや、維持派と呼ばれる派閥のことを聞いた。結局父も母達も軍にいた、一緒に仕事をした、とはいっても下の方だったので噂程度のことしかわからなかった。


 開拓派は魔人種が多く、維持派はエルフと魔人種、戦争派は獣人種が多いらしい。    

 維持派はエルフが多いといっても全体のエルフの数が少ないので、 教国内にいるエルフは維持派が多いという事のようだ。



 ある程度聞いたところでこの先どうするか、とういう話題になり、会話が途切れた。


「私は…やっぱりノアを渡したくない…」

「…俺だってできればそうしたいが…」

「…」


 母は目を腫らしながらそう言った。

 父は腕を組みながら目を瞑ってそう言って黙ってしまった。

 マーサ母さんは黙ってそれを見ている。


 誰もしゃべらない。

 部屋の空気が重い。


 …。


 「僕がいけばみんなは大丈夫なんでしょ?魔法が一種類しか使えなくても仕事あるみたいだし、頑張るよ!大人になったら会いに来る!」


 明るく元気に宣言をする。

 まあ、こう言うしかないだろう。

 たいして頭もよくないけど数日頑張って考えた結果がこれだ。

 

 人権侵害だ!と訴えても、魔物や魔獣のいるこの世界で役立つ人材ならば、身内でもない人々からすれば何言ってんだこいつ?とか人柱扱いになるだろう。


 大げさに騒いだら余計に状況が悪くなるのが見える。未来視のようによく見える。それに時間をかけて考えるほど他派閥にバレる可能性も上がるはずだ。


 将来強力な魔法が使えるといっても、今現在五歳の子供が一人で逃げるのも無理だし、家族が危ないですよと?と脅された状態なのに、ここからこうすればいいだろという名案が思いつかない。物語の主人公ならば一人で全部解決できるのだろうけど、残念ながら違ったようだ。



 母が泣いた。

 父は私に「何を言っているのかわかってるのか」と少し怖い顔をしながら確認し、私が「僕が家族を守るよ!」と笑って答えると、しばらくしてから「すまない」と泣いて謝ってきた。

 マーサ母さんも目が赤い。



 もちろん打算的な考えもある。

 まず、これが私の生き残れる可能性の最も高い選択肢だろう。

 敵対派閥に知られて自派閥の不利にでもなるならば、最悪消してしまえばいいのだから。もし私が逆の立場ならそうするはずだ、一番簡単な方法だろう。

 

 あとは、何より五年間大事にしてもらえてよかった。やっぱりこの人たちには不幸になってほしくない。兄たちにもなんだかんだで感謝している。

 家族が生き残れる選択肢で考えてもこれだろう。

 趣味の合わない服を着せられたのはあれだったけど、それ以外はものすごく感謝している。

 

 もし私がただの五歳だったら、ただただ泣いて、拒否して、危ない選択をさせていたかもしれないので、その点記憶があってよかったと思う。これが本当に記憶なのかどうか確かめるすべはないが。


 母に泣きながら抱きしめられ謝られ続けている。

 父はしばらく目を瞑ったまま座っていたが、維持派の人に連絡を取るためにエルフ夫婦の人のところに行った。




 あとは維持派の人に私が引き取られた後に、家族のことについて改めてお願いしよう。もし家族の安全が守られないのだったらこっちにも考えがある。時間をかけてでも復習してやる。

 


 いつか会いに来れたらいいな。

 あとは、その時にちょっとでも覚えていてくれたらうれしい。




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