第8話 会話
「まずこちらを見ていただけますか?」
エルフ夫婦がエーキノさんという教会の人を案内することになった経緯を聞いた後、エーキノさんが三枚の写真のようなものを机の上に置いた。うっすらと色のついた写真?のようで白黒写真に軽く色がついているような感じのものだ。
そこには真っ白な腰まである髪の毛で、眉毛とまつ毛も白く、瞳は灰色?銀色?の物凄く美人な女性が写っていた。服装は見たことのない法衣と皮鎧のようなものを身に着けた二種類。少し眠そうな顔で本を読んでる姿、真面目そうな表情で長い髪を後ろでまとめて皮鎧のようなものを着て正面を向いたもの、そのすぐあとであろう同じ格好同じ場所でちょっと照れた顔、の三種類。
その写真のようなものを見た母達が、最初はなんでもなかったのに、何かに気付いたように私の顔と見比べるように見ている。不思議に思ってもう一度写真を眺めてみるけど、美人なお姉さんが写ってるだけで、こういう人と付き合うことは無いんだろうなぁくらいの想像力しかないので特に何かがわかるわけでもない。
「その三つは今から千二百年前にフーヴォラトゥ大陸南部で、水晶とガラスと生魔金を使った記録媒体によって残された、記録の中にあった画像なんです。なかなか貴重な記録の一部なんですよ」
「…千二百年」
エーキノさんは笑顔でそう言いながら、写真を見ながら驚く母達とこちらの反応を見ていた。
千二百年前の記録を見れることに驚いたけど、それ以前にそんな昔にそのような技術がすでにあった方が驚きだ。
技術といえば、ずっと写真や読み込み式の映像を見る装置、有線での通話施設はあるのに、電波関係の通信設備等が無いのは気になってた。これだけの技術があればすでにそういうものはあっていいと思うけど何で無いのだろう。やっぱり情報関係は規制があるのか何か理由がありそうだ。
「彼女の名前は、ディーネ。フーヴォラトゥ大陸南部の今は名前だけでしか存在しないカセダヤという地域に存在した、ノア君と同じように一種類の魔法しか使えず、水に関係することのみに特化した非常に強力な力を持っていた原初。実在したと確認されている人物で、最後の水の原初と呼ばれていた存在です」
「…げんしょ?…この女性の容姿が息子と似ていることにも関係するんですか?それとも私達と血縁があると?」
「落ち着いてください、先ずこの女性はあなた方とは全くの他人、血縁関係はありません。容姿が似ている理由も説明いたします、そして今日伺った理由も」
母が困惑した顔で質問をしている。マーサお母さんの方は質問せずに黙って聞いている。
どうやら容姿が似ていたらしい。鈍感系とはこういう感じなのかもしれない。ただ言い訳をさせてもらうと、日常生活で必要以上に鏡を見ないようにしていて、理由は気が付けば増えていく白髪のことを気にし過ぎで禿げたくなかったからだ。この世界でもストレスで禿げるかは知らないが。
まあ男だし、まだ五歳で肌荒れもない、鏡を見なくても大丈夫な生活だったのもある。
「原初として容姿が似ていることと、魔法が一種類しか使えない理由は、簡単に説明すると体内魔力が原因とされています。ご存じかもしれませんが魔力とは基本的に四つの特徴を持つ属性で構成されていて、私たちは体内で作られる魔力を使用し様々な魔法を発現させたりしています。そして魔力とは個人によって微妙な偏りがあります、それが個人の魔法の種類によっての得意不得意に関係し、容姿の違いにも微妙に関係しています」
「それは学校でも軍でも習いました。ですが遺伝よりも魔力の影響でそこまで容姿が変わるものなのですか?」
「原初の場合は体内で作られる魔力が、特定の一属性のみといっていいほど偏って作られます。魔力という本来四つの属性で一つであるべきものを、一つの属性が必ず非常に多く偏った状態でしか作れない存在です。それは偏って作られた強力な魔力が容姿に影響を及ぼすほどにです。原初と呼ばれる存在は過去、つまり魔人種という種族が始祖から生まれてから暫くは、それなりの数が存在していたと記録されています。そして魔人種の数が増えてくると同時に徐々に減少し、千年前からほぼ確認はされていません。もちろんそれ以降でも極々稀ですが確認されたことはあります。そしてその原初の方々の容姿は、使える魔法の種類、魔力の属性ごとに全員が似たような容姿で、性別も原初の属性によって偏りがあることも確認されています」
「全員が似たような…?」
「はい、火と土の原初と呼ばれる方は男性が多く、水と風の原初は女性が多かったとされています。水の原初の容姿は、お見せした彼女ディーネのような容姿の方が多く、身長は女性よりも男性の方が少し高くなりますが。ノア君は成長と共に体毛や瞳の色も完全に変わっていくでしょう」
父のようなガタイのいいムキムキにはなれないようだ…、個人の努力次第で身長は伸びる可能性もあるだろうし、まだ諦めるのは早いかもしれないけど。
学校で魔力について習うようだ、魔力は四つの属性で一つなんて兄たちのノートには書かれてなかった。まだ習ってないのか書いてないのかわからないけど、興味がある物の知らないことをほんの少し、端っこの端っこだけだが知ることができた。
「そして今日ここ伺った理由はノア君が原初という存在だからです」
「えっと…それは?」
「ノア君を学校へ入学させる前に私共でお預かりしたいと思いう…」
「ふざけないで!…珍しい原初だからってそんな理由でノアをっ」
「ご家族の安全にかかわるとしてでもですか?」
「そんな脅しで!子供を渡すわけっ」
「ミリー、落ち着いて、まずはきちんと理由を聞きましょう?」
「マーサ!ノアは私の子供なのよ!落ち着いてなんて」
「ミリー、私だってノアのことを大切に思ってるし好きよ?でもね、家族の安全なら私にだって関係あるでしょ?」
「…それは」
「エーキノさん、さっきの言葉脅しとしてでしょうか?」
一気に不穏な空気になってきた。教会暮らしなんて嫌なんだけど、下手に行きたくないと口をはさむと母がさらに不安定な状態になりそうだ。二人とも妊娠中なのであまり体に負荷をかけるようなことはしてほしくない、私にとって大事な母なのだ。空気を読んで黙る選択肢しかない。
「いいえ、違います。結果的にはそう受け取られるかもしれませんが、理由はきちんと説明いたします。信じてもらえなくても、今から話すことは確実に起きるであろうことです。ご家族の安全を守るためにも、ノア君を守るためにも。そのために聖女ヴィネア様が私をこの町へ向かわせたのですから」
「…」
そう言ってエーキノさんは今まででも十分よかった姿勢をさらに正し、先ほどまでの穏やかな雰囲気とは違い、真剣な表情で話し出す。
エルフ夫婦は最後まで口を挟まずに聞くようだ。エルフのお姉さんと目が合ったけど目が、「そのまま真面目に聞いていなさいと」といってる気がする。
「まず私はイーヴェルズ教国において維持派と呼ばれる派閥に属しています。教国では開拓派、維持派、戦争派という風に大きく三つの派閥に分かれています。軍に在籍していたのならご存じのはずです」
「…はい」
「これらの派閥は名前からして分かる通り、教国として国力をどう高めるかを表し、開拓派はまだ開拓されていない土地を、戦争派は他国の土地を、維持派は現在ある領地の発展を国力を伸ばすために必要だと判断しています」
「…」
「私達維持派は国内の安定と属国の安定により人口、国力を高めることを目標に掲げています。そのためには適度な開拓はまだしも、現在再開した海への複数個所の基地建設などで前回同様の大量の人員を失うことや、他国との戦争により人員や国庫を圧迫されるのは困るのです。もちろんそういったことが技術を急激に発展させることは認めますが。なので開拓派と戦争派という別派閥に原初という強力な存在を渡すことによって起きるであろうことを少しでも減らしたいのです」
てっきり平和な国だとおもってたけど、やっぱり国内も結構ドロドロしていそうだ、国というものはそういうものなのかもしれないが。
「…派閥と家族の安全がそこまで関わるものなんですか?」
「はい、間違いなく。今現在、ノア君という原初が存在しているという事実は維持派によって可能な限り秘匿してきました。ちなみに、ご主人の働いている施設のトップ、この町に派遣されている医者、ここにいるエルフの夫婦も維持派です。そしてノア君の存在が確認されてからはこちらの派閥の人員が周辺地域も含め警備もしています」
「私達は維持派というよりヴィネアの知り合いだよ。騙していたわけじゃないし、その子に教えたことは本当のことよ、まさかこの国で水の原初を見ることになるは思わなかったわ」
母達はそれを聞き目を見開いて驚いていた。
だからエルフ夫婦はこんな子供の相手をしてくれてたのか。どおりで母達から聞いていたエルフの印象と違ったわけだ。今後はエルフを見かけたら対応には気を付けよう。それよりエルフのお姉さんが聖女様を呼び捨てにしてるけどいいのか。
「他派閥の私のいう事なので信じられないかもしれませんが、開拓派の海への開拓は一度失敗してから、教国本来の目的である陸地での開拓に必要な人員をかなりの数で海岸方面へ配置転換しています。そして開拓時の海からの強力な魔物、魔獣の脅威に対抗するために戦力も増やし始めました。水の原初は間違いなく海での開拓に必要な人員です。そして戦争派は最も過激です。もともと獣人族が多いのですが属国とその隣国を教国として作り直し、その功績をもって獣人の聖人聖女の人数を増やし教国の舵取りを目論んでいます。そのためならば戦争派も間違いなく戦力として原初を望むでしょう。おそらく存在が知られれば親族などを原初を利用するための脅しの材料に使うでしょう。」
「…維持派違うのですか?」
「本音を言えば戦力としての原初は欲しています。ですがそれは現在の領土内に限ったことであり、既に存在する国内のダムや、貯水池での活躍をしてもらいたいと思っています。もちろん水辺は危険なのですが水の原初という存在はそれを解決できる存在ですので。今回一番早く原初の存在に気付いたのが私達維持派だったのもありますが、少なくともノア君を預かった後もご家族の安全は守る用意はできています。」
「……」
「ノア君が学校に通うと間違いなく他の派閥に原初という存在がばれて、別派閥の専用の人員がこの町に送られてくるはずです。そうなると間違いなく他派閥との衝突が起きます。学校自体は国内ならば必ず全生徒の情報が中央に集められますから」
「なんで……どうすればいいのよ…ノアが…何も悪いことはしていないのに!」
「ミリー…」
エーキノさんは机の上に置いた写真をしまい始めた。
詰んでない?これ。これが物語の主人公なら家を出て他国へ行くとか、冒険者?になって生き抜くとかありそうだけど、そんなこと絶対無理だし国外に出る前に絶対捕まるやつだ。
それに家族が危険な目にあうのは嫌だし駄目だ。
「とりあえず、今日ご主人の方にもこちらの人員が同じ説明を行っているはずです。ノア君が学校に通う前になるべく早くご決断いただけた方が、今後のためにこちらも動きやすくなります。今日は現状の説明のためにここへ来ました。このことはくれぐれも他人へお話しませんようにお願いします。通話施設や手紙は全てを把握できる状態ではないので何かの拍子に他派閥に知られる可能性もございます。私達に御用の場合はこちらのエルフの夫婦のところへお願いします。」
「…」
「…わかりました」
エーキノさんが説明を終えると、エーキノさんとエルフの夫婦は三人は立ち上がり帰る準備を始めた。
「たっっだいまあああああああああ!!!!」
「たーだーいまーーーーー!!!」
「俺の勝ちだああ」
「ドア開けたの俺だぞ!!!」
兄たちの帰ってきた声がした。
それと同時に三人がこちらへ軽く頭を下げ挨拶し帰っていく。
バタバタと走る音が聞こえ、一度立ち止まり「こんにちは」「こ、こんにちは」と緊張した声が聞こえる。
「今のだれだれ!」
「めっちゃびじん!」
「あんたたち静かにしなさい!お客さんに迷惑でしょ!」
「お茶を買ったのだけど買ったものを忘れてて届けてもらっただけよ」
母達はいつも通りの顔に戻っていた。
母の目が少しだけ腫れていたが。
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