第7話 挨拶
目の前に浮かぶ人の頭ほどの大きさの水の球を眺める。
水球がその場で一瞬のうちに霧状に変わる。霧状になった水が一カ所に集まるようにまとまると少し歪な氷の塊になる。氷の塊が泡立つように熱湯の歪な球体に変わる。
ブクブクと泡立ち沸騰するが湯気を出さない塊をゆっくりと左側へ動かす。熱湯の歪な球体から霧状になった水分が帯状になりながら右側へ移動し小さな氷へ変わっていく。小さな氷は霧が右側へ移動するたび徐々に大きくなり、左側の熱湯の球体は徐々に小さくなっていく。全てが右側へ移動すると少し歪な氷の球体へと変わる。
今度は真逆の現象が右側から左側へ移動しながら魔法によって引き起こされる。
これが自分で魔法を使い起こしている現象だとしても不思議だ。ほぼ毎日の練習で見慣れたとはいえ、改めてじっくり観察すると、なぜこんなことができるんだろうと思ってしまう。
この世界では魔法は一般的だが、沸騰した水が一瞬で氷の塊になったり、氷が一瞬で熱湯に変わったり、霧状に変わったりと一瞬で変化させることができる魔力とはなんなのか。もう少し大きくなったら、この手のこの世界で「当たり前のこと」に対する疑問を聞いたり調べたりしてもおかしいとは思われないだろうし、他の種類の魔法でできる状態の変化や、魔力についてもっと詳しく知ってみたい。
魔法を使った攻撃方法について考えているけど、この世界でどんな魔法攻撃があるのかをまだちゃんと見たことがない。兄たちの遊びのような魔法を軍人が使ってるとは思わないし、どれくらいの威力の魔法があるのかも知る機会が無い。自分の思いつく魔法を使った攻撃が効く効かないはもちろんだけど、射程範囲とかも全く見当がつかない。
危ない魔法は小さい子供に見せるものではないだろうし、見せた結果、好奇心の塊のような子供に真似でもされたら事故が起きるだろう。
今の自分でできそうなことは水の塊をぶつける、氷塊をぶつける、蒸気を吹きかけるくらいだろう。本気で魔法を遠距離へ飛ばしたことがないのでどれくらいの距離まで飛ばせるかわからないし、距離が伸びたら多分当てるのも難しい。ゲームのように魔法に追尾機能なんて付けられないだろう。
爪の大きさほどの氷を庭のバケツに向けて飛ばしてみたけど、見える範囲なら大体当たるくらいで距離が離れるほど当てるのが難しかった。見えてれば当たるというわけではなくて、ボールを投げるのと同じで、魔法も距離が離れれば離れるほど、魔法を飛ばす魔力も、精密さも必要になる感じだ。
ただ魔力で魔法を飛ばすとほぼ直線的に飛ぶ。放物線を描くのではなく、直線的に飛んで失速し落ちる。飛びすぎて勢いが強いまま当たるか、失速して外れるかかのどちらかだった。失速を計算して当てるのには一発では無理で、何回か試さないと当たらなく、かなり難しそうだった。
飛ばした後に「曲がれ曲がれ」と魔力を操ろうとしてもできなかったが。
魔法を操るようにぶつけるにしてもそんなに速度が出せないし、余計に魔力を使う分魔法を飛ばした方が効率はいい気がする。魔力量が増えた場合でも、その分ばらまける数が増えるわけで追尾式の魔法は今の状態だと現実的じゃなさそうだ。
水の形を変えて生き物みたいにして攻撃するというのは、カッコいいかもしれないが、現状を考えると凄い非効率的で非現実的だということだ。
結局軍人が使うような魔法を見たことがないので、知らない技術で追尾機能をつけてるのかもしれないし、そもそも魔法以外で攻撃をしているのかもしれない。魔獣見学の時に見た軍人たちの中には、銃らしきものを装備してる人もいたし、軍の車両にもそれっぽい見た目の武器のようなものがついていた。
倒した金属製のバケツに氷を当てると鈍く響く音が鳴る。勢いが強すぎるとバケツが凹んでしまうのであまり多くは練習できない。小さい水球はちょっとぶつけてみたが物凄いびしょびしょになりそうだったので絶対に怒られるとわかって早々に辞めた。
浮かべた水球に指を突っ込んで少し舐めてみる。
「魔法の水を飲むのはやめなさい、魔力で気持ち悪くなるわよ」と怒られたのだが、やっぱり全く味のしない水だ、舐める程度なら気持ち悪くならないようだ。
水なんだからそりゃ味しないだろと思うかもしれないけど、本当に味がしないし、おいしくない。家の水道で飲む水の方が何十倍もおいしいといえばいいのか、そんな感じだ。
そんなわけで結局いつも通りにあまり大きくない水球を作り、状態を変化させるようなことを繰り返している。歪めたり、曲げたり、伸ばしたり、薄く広げたりと色々形を変えながら変化させるのは楽しい。
ふと視線を感じてそちらを見ると、いつも魔法について教えてくれているエルフ夫婦が教会の人らしき人と一緒に家の門の前でこちらを見ていた。目が合うと軽く会釈を返してくれた。
「こんにちは」
「こんにちは、魔法の練習をしてたのね、邪魔しちゃったかしら?」
首を横に振りそんなことないとアピール。
「今は一人なの?」
「家の中にお母さんがいます」
聞かれたので首を横に振ってから答える。こういう場合どうすればいいのか、エルフ夫婦は知っているが、教会の服装をしている人は知らない女性だ。知らない人にはついて行くなというのはこの世界でも常識であり、まあ目立つエルフが一緒で、教会の人っぽいし誘拐は無いとは思うが一応距離を離したまま答えるのが正解だろう。
「少し話があるのだけど、お母さんに都合のいい時間を聞いてもらえる?忙しいようだったらまた来るから」
「わかりました、聞いてきます」
何の話か知らないが、わざわざ訪ねて来るぐらいだし子供の自分が答えるようなことでは無いだろう。素直に庭から移動し、階段を上り玄関の扉を開ける。扉を開けるときにちらっと振り返ってみたが、三人とも門の前で待っているようだった。
「ノア、外から戻ったなら手を洗いなさいね~、お菓子あるわよ~」
「お母さん、エルフの店の人が教会の人と一緒にきた。話があるって」
「え?教会の人もいるの?なにかしら」
「ミリー、エルフのお店ってお茶屋さんよね?」
いい匂いのするお茶の香りと甘いお菓子の匂いがした。二人はリビングでお茶を飲みながらお菓子を食べてたようだ。あれはこの前買ってた妊婦でも飲めるお茶だろう。
二人ともいきなり訪ねてきた理由はわからないようで、とりあえず家の中に入ってもらい話を聞くことにするようだ、兄たちはまだ帰ってきてないので騒がしくならなそうだし丁度いいのかもしれない。
母と一緒に玄関まで行き、門の前で待っている三人をリビングまで連れてきた。
リビングではマーサお母さんがお茶の準備とお菓子を準備していた。来客用のお茶は別のを出すようだ、さっきまでと香りが変わっていた。
私は空気が読める子供なので、大人の話し合いには参加せず部屋に戻っておとなしくしているつもりだ。過去の新聞記事を読むことにしよう。知らない単語はあとで聞くためにメモしておくので、文字の練習にもなって学習できてるって感じがする。
「こちらにどうぞ、エルフの方にお茶を出すのは緊張しますね」
「ふふっあまり気にしなくてもいい、変に凝ったものを出される方が困ってしまうのでな」
「急にきてごめんなさいね、今日は知り合いが用があるみたいで案内するためについてきたの。これこの前買ってたと茶とは別だけど妊婦でも飲めるお茶よ」
「ありがとうございます、これいい値段する方のお茶ですよね、いいんですか?」
「値段とかは気にしなくていいわ、こっちがいきなり来てしまっただけだもの。それより初めてだろうし紹介だけさせてちょうだい、こちら教会で聖女の補佐をしている一人、ルルカ・エーキノ。」
「へえ、聖女様の…」
一瞬家の中の空気が固まった。
ぼーっと自己紹介でも眺めてから、お菓子を貰って部屋に行こうと思ったら聖女という単語が聞こえた。
「はい、現聖女ヴィネア様の補佐をさせていただいてる一人、ルルカ・エーキノと申します。急なご訪問にもかかわらずご対応いただきありがとうございます」
そう言って教会のマークの入った身分証を見せてきた。
その身分証を見て母が固まっている。
「じゃあ、僕は部屋にいるね」
「そ、そうね、ノアは部屋に…」
「いえ、今日はそちらのノア君、ノア・シーキ君に御用があってまいりました。」
僕も固まった。
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