第5話 観察日記
少し広めの日当たりのよい部屋。
壁はコンクリートのような材質で飾りっけは無く、床材だけは深みのある色合いの木材が敷かれている。部屋の中には数人が座れるソファ二台とテーブル一台、それと窓際に一脚だけ床材よりも濃い色合いの木材で作られたイスが置いてある。
部屋の中には五人。一人はソファ、その向かい側のソファにもう一人、扉の前に一人、窓際のイスに一人とそのすぐそばにも一人。
「こっちの男は産まれた時から髪も目も白かったので調べたが、魔力は平均的、魔法も複数種類使えることが確認されているし、血液検査でも同じ結果が出ている」
ソファに座っている一人、服装はきっちりしているが、大柄な体型で腹が出ていて腕と指には大量の金属類を身に着けている男。イーヴェルズ教国北西部で最大都市を治める貴族、シャーハム・イドウ。九十五歳。
教国建国前に存在した魔人種国のうちの一つであるイドウ国の血を引く男。魔人種の平均寿命が二百から二百五十歳であるから魔人種としてはまだ若いが、教国三派閥の開拓派、維持派、戦争派のうちの一つ維持派の聖女を除くとトップである。
「ついでに言うと、見た目と本人の性格で親も持て余してたみたいで、魔法暴発で軍に連れてかれても引き取りに来なかったから、こっちで抑えた。八歳だから教育すれば最低限見た目でダミーにはなるだろ」
「それではやはりもう一人が当たりと?」
向かい側のソファに座る金髪セミロングでエルフの女性がテーブルの上に置かれた写真と資料を見ながら聞き返す。
「ああ、こっちは確実ってレベルで大当たりだ。生まれた直後は片目だけ銀色だったが、年々髪の毛も眉毛もまつげも白いのが増えてる。血液検査も複数回してるが全部同じ結果で当たり、おまけに何故か聖女様のとこのエルフに、子供が魔法を一種類しか使えないからって魔法の練習方法を母親と相談に来てた」
「家族関係や性格、周囲との関係は?」
「それはこっちの資料にある、父親はゴウ・シーキ、六七歳魔人種、五年ほど軍に所属結婚後は町の地下農園の管理補佐。母親はミリー・シーキ四七歳魔人種、軍歴は三年。兄がレオ・シーキ八歳魔人種。もう一人の方のはマーサ・シーキ四八歳魔人種、軍歴無し、ビル・シーキ八歳魔人種」
シャーハムは別の紙をエルフの女性の方へ差し出して説明を続ける。
「ノア・シーキ四歳魔人種、父親、母親、もう一人の母親とも一緒に出掛けるなど関係は良好、兄弟仲は一緒に遊ぶほどではないがいじめは無し。同年代付近とは交流はほとんど無し。性格は素直だと思われる。疑問に思ったことを聞いて説明を受ければ、そこから考えて聞き返す頭はある。魔法も小規模ながら水の状態変化をさせたり、長時間魔法維持しておくこともできてる。確認してる限り同一種の魔法しか使っておらず、血液検査から見ても間違いない。」
「この写真はいつ頃のですか?」
「それは三か月ほど前に対象の周囲に人員増やすついでに魔獣討伐した時のものだ。駆除した魔獣を公開して見学させた時だな」
シャーハムがその後も確認時に得た情報や写真を説明していく。
「過去の記録にある通り一種類の魔法しか使えず、他の三種類の魔法発動が苦手ではなく一切使うことができない。もちろん一種類以外を合わせた複合も使えない。ただ一種類のみを自在に操る。写真の顔付きと記録を比べて見ても原初として過去に大陸南部で存在が確認されてた『水』だ」
「『火』は別として、『風』と『土』は教国となったあとでも確認はされ記録に残っていますが、『水』は塔が崩れ消えてからは記録になく、最後の記録は塔の消える前にすでにあった海へ消えた『水』のみです」
写真に写る顔と、この国が持つ過去の消えてしまったエルフの大国から残る記録を見ながら話を進めていく。
多種族よりも寿命が圧倒的に長いのエルフという種族がいるため、記録が伝聞にならず記録として形を変えずにきちんと残されていた。
「このまま情報を隠し続けることはできるか?」
「………おそらく一年後、町の学校に入った時点で漏れるのを防ぐのは難しいかと」
窓際の濃い色合いのイスに座っていた青い髪が腰まである、首と腕まで隠れる黒いインナーの上から浴衣のようなものを着たエルフの女性に聞かれたシャーハムは、それまでとは違い背筋を伸ばして答える。
「せめて原初の体と魔力の成長が終わるまでは隠しておきたい」
「家族仲が良好なのでダミーのように軍を使い引き取るのはむずかしいかと、それに一家自体を纏めて移住させても学校に入れさせないという選択はしないと思われます」
「原初だけをこちらが引き取って隠せば、家族の方は任せてもいいか?」
「それならば今まで通りで済みますので何も問題はありません、ただ最悪の場合家族の方には口を塞いでもらいますが」
「…今後を考えるとそれは避けたい」
「でしたらやはり学校へ入る前に接触するのが一番かと」
部屋の中で数分、誰も言葉を発さない時間が過ぎる。
「こちらからも人員と場所を出す、馬鹿どもが騒がないように押さえておいてほしい」
「はっ」
その後も暫くの間、部屋の中では会話が続いた。
〇月×日 晴れ 十三日目
今日も水をあげた、つぼみがさらに膨らんできた。
つぼみにちょっと色もついた。
兄たちが学校から持ち帰ってきた植物の世話をしている。
持ち帰った初日の夜から二人とも水やりをしなかったので、母達に許可を取り水やりを変わった。兄たちはあとで観察日記を見せることで快諾、去年は二人とも面倒くさがって魔法で水をあげて枯らしてしまっていたらしい。
六歳になると十年間学校に通うことになるようだ。十年と聞くと長く感じるけど最初の数年は一日数時間通い、徐々に習うことを増やしていく。卒業後は軍に入るか専門的なことさらに学ぶかに分かれるそうで、軍に入った場合でも真面目なものは国営の施設に数年で就職できたりするらしい。家業などがある場合でも軍とのつながりは大事なので数年は軍に入るのが基本のようだ。
専門の知識を学ぶ場合は、卒業後に別の学校に通いその後専門の職に就くようだ。学者などは軍属後からでもなるものが多く、結局のところ軍に入っても得意不得意で配属される先が変わり、専門の知識を学ぶために学校に入れられたりする。
最初から研究のようなことをするために軍に入る人もいるので、学校へ通う十年間というのは将来を決める重要な期間なのだろう。
学校でどんなこと習うのかを聞いたら落書きだらけのノートを見せられた。落書きの隙間に計算や授業内容が書いてあり、兄たちはあんまり勉強が好きじゃないようだ。二人とも将来は芸術家になるのかもしれない。
魔法で水を撒くと魔力が強すぎた場合、枯らしてしまう可能性があるのでコップに入れてきた水を毎日あげている。ちょっとづつ大きくなってきてて、つぼみが膨らみ先の方の色が少し変わってきた。
ちゃんと毎日記録してるので綺麗な花を咲かせてくれるといいな。
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