第4話 至近弾

 魔獣見学から三か月後


 今日は二つの月が二つとも綺麗に見える日だ。

砕けて大きなへこみがある方の月はエーニュ、まん丸く綺麗な方はデノ。満月の夜は月に見られているから出歩くな、という話がこの国にはある。お月見の習慣は無いようで、うちの家でも月を見るなら家の中からにしなさいと母に言われるくらいである。特に今日は月が二つともよく見える日なので家族全員夕方以降は家の中にいる。


 窓から見える町もいつものように出歩いている人は少ない。たまに歩いている人を見るけど、走って家に帰っている人の方が多かったりと、いつもよりも静かな気がする。


「月に生き物はいないの?」

「月には生き物は住めないのよ、だから生き物はいないわよ」


 といつものように親に聞いてみたがいないようだ。エルフのお店に行った時も聞いてみたがやっぱり同じで生き物はいないといっていた。見た感じの色的に水や森は無さそうだし、やっぱり大きさと重力の関係で生き物が住める環境ではないのだろうか。

 望遠鏡があったら今よりもう少し観察できるかもしれないけど、買ってとねだってまでするのは気が引けるので、大人になったら自分で買おうと思う。星の観察とかも本に書いてあるので、将来自分で買う時に望遠鏡あんまり高くないといいな。


 あんまり長時間月を見てると母に注意されるので、最後に五分ほど眺めておく。綺麗だけどもう少しこの世界で生活していたら、この感覚も変わっていくんだろう。すでに魔法に対しては初めて見た時程の感動はほぼ無くなっている。周りで当たり前のように使われてたり、兄たちのなんちゃって能力者バトル遊びを見てるとさすがに慣れる。ある意味火の玉豪速球も存在したし、手からエネルギー波もどきも見れた。


 そんなアニメや漫画の中での出来事を見せてくれた兄たちに、魔獣見学のあとに聞いたが本物の魔獣はあの時初めて見たらしい。普段は魔獣が倒されても大人たちだけが軽く見て終わるそうだ。軍もわざわざ人を集めてまで見学させたりはしないそうで、あれは珍しいイベントだったのだろう。まあ今回は綺麗に倒せたからということだろう、ぐちゃぐちゃになった魔獣を公開するグロテスクなイベントを、軍が子供に見せないのは正解だと思う。


 あれからいっそう真面目に取り組んでいる魔法の練習もちょっと成果があった。ミミズのエイリアンからミミズに胸鰭もどきと尾がついた。目を細めてみればクジラに見えなくもない。もはや意地になってるけど魔力を使い切らないように毎日続けている。一応細かく霧のようにしたり、それを纏めて水球にしたり、熱湯にしたり、凍らせたりはできた。思っていたよりも簡単に変化させることができたけど、なぜか水で形を作るのだけはものすごく難しい。


 それとは別の問題もわかって、魔法で作ったものは魔力を多く含む。これは当たり前のことで魔法で凍らせた氷は魔力を含み続ける限り溶けない。これは状態を完璧に維持させてるとは少し違って、溶けた分が魔力を消費しまた凍ってるらしい。魔法として生み出した時の状態を、作ったときに込めた魔力で作り直しているだけで、溶けたものは残ってしまい、環境や状況によって維持できる時間は変わる。



 説明が難しいのだけど魔法で作った氷は食べ物を保存するためには向かない。魔力がほぼ抜けて氷として本来含まれるだけの魔力量になると、普通の氷と同じ扱いができるので食料保存に使える。これは熱湯も同じ。そして魔法として水を作っても魔力を含み過ぎてると飲むのに適さない。魔力を魔法として多く含んでいるとそれがある意味攻撃として作用してしまう。


 つまり、魔法は便利で強力だが魔法を使った掃除や料理などは、素材や調理器具を含まれた魔力で壊してしまうそうだ。魔法で料理できたら便利かどうかをいつものエルフのお姉さんに聞いたらそう教えられた。ならば完璧に制御できればいいのかと思ったけど、ただの料理でそこまでするなら普通に魔法を使わず料理した方が楽だし、早いし、おいしいと笑いながら言われた。魔法で鍋をあっためて鍋ごと料理をダメにする、もったいないからしたら駄目よ、と。


 他の種類の魔法も同様で、魔法を練習し始めた子供が考えて必ずする失敗らしい。

なんでも魔法だけで済まそうとすると余計にお金がかかると。もちろん魔法を使って作業をする仕事もあるけど、そういったものは細かい作業が多く、規模の大きいものは限られていると。

 そう教えられると魔法があっても科学が発展するのは当然なのかもしれないと思える。ただ、知ってる科学とは違って自然魔力というこの世界特有のものを含む科学なので、元の世界と全く同じなのかがわからない。


 そんなわけで魔法の練習をするのはいいけれど作った氷や熱湯をポイポイと庭に捨てると怒られるので、小さいサイズで何度も何度もいじくりまわして最後は霧にして少しずつ捨てている。兄たちの燃やしたりした庭の一部が雑草すら生えないのは魔力のせいだったことが分かった。といっても子供のやった程度のことなので一年後には影響は消えていると。生き物や自然にも魔力はあるので魔法の魔力の影響を打ち消せる範囲で打ち消しているようだ。


 環境魔力のように地面からや植物、色々なものの混ざった自然に存在する魔力と、一個人に魔法として生み出された魔力が環境や生物に与える影響が違うのも、魔法が強力な影響力を持っているためである。



 練習してて思うけれど、複数の種類の魔法を使える普通の人たちは色々な状況で対応できて便利そうだけど、練習することが物凄く多くて大変だと思う。魔力切れを起こさないようにしないといけないし、一度に複数の種類の練習は無理だろうし、得意不得意もあるようだし、ある意味一種類しか使えないというのは悩まなくていい分よかったのかもしれない。



 どたどたと走る音が聞こえる。兄たちがまた何かやったのであろう。

 

 バンと勢いよく扉が開かれる。


「うわ真っ暗な部屋で月見てる」

「ここじゃなくて違う部屋に逃げよう」


兄たちがバタバタと走って去ったあと部屋から出ようとしたら母がいた。


「ノアも月を長く見るのはやめなさいと言ったでしょう?早く部屋から出なさい」


遊んで散らかした部屋を片付けずに逃げた兄たちのついでに、月の見過ぎで怒られた。


 




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