第3話 魔獣
魔獣が駆除されたらしい。
買い物から帰ってきた母達が嬉しそうに教えてくれた。
数日前にこの町で補給し、目的地へ向かったイーヴェルズ教国軍の人たちが、魔獣を駆除して帰りの補給のためにこの町へ戻ってきた。
イーヴェルズ教国。
千五百年程前にフーヴォラトゥ大陸南部にあったとされるエルフの大国から枝分かれした国。
七百のエルフが大陸南部から大陸北東部まで移動し、そこにあった二つの魔人種の国と一つの獣人種の国を一つにまとめて生まれた国である。
現在他国との国境線は一つのみで、海岸線は北から南までと広く、今も無人の北東方向へ国土を開拓中で、建国以降はほぼ開拓のみで国土を増やした国。
教国自体が多種族ということもあり多神教、トップは法王のエルフ、その下に五人の聖人、聖女と呼ばれる権力者がいる。その下には国の成り立ちから、貴族位を三つの位の貴族制に変え、それが現在も残っている国。
単純に性別で聖人、聖女と呼ばれてるだけのようだ。名前、種族は記事などに出るけど顔は表に出ない人たち。
その権力者にも派閥があり、種族と寿命、権力争いにより入れ替わりがある。
教国の軍は大きく三つの軍に分かれてるらしく、対魔物の教国本軍、対魔獣の第ニ北方軍、対人の第三南方軍の三つ。
家にある本や新聞では、軍についてそれくらいのことしか書かれてないので大まかなことしかわからなかった。
とりあえず親に「これ読んで読んで」作戦で日々勉強中である。
新聞を読んでもらってる感じでは魔物が一番人的被害が大きく、魔獣は水際で阻止、他国とはこちらが一方的に攻撃みたいな感じだ。
四歳にしては頑張った情報収集能力だと褒めてほしい、文字覚えたり、よく食べよく寝て色々頑張ってるので。
魔獣。
新聞だと発生地域と種類それにカテゴリー、駆除状況次第で写真が載せられている。
カテゴリーというのは聞いたところによると体のつくりの違い?で決まるらしくて基本的に長生きほど危ないようだ。
一度だけ魔獣についてという記事を見かけたことがあったのだけど、その頃はまだ文章を全然読むことができなかった時期で、読んで作戦を実行しても「ノアにはまだ早いですよ~」と読んでもらえなかったのを覚えている。
まあ親としては、まだ小さい子供に危ないとわかっている怖いものを聞かせたくないのだろうなという気持ちもわかる。
もし自分が小さな子に聞かれたら「危なくて怖いんですよ」くらいの軽い説明しかしないだろうし。わざわざ書かれている記事を読んで説明なんてしないだろう。
結局のところ文字と写真だけでは危ないという事以外わからないので、勝手なイメージだとかなり危険な野生生物のような感じだ。道を歩いていたらイノシシに遭遇したという状況よりもきっと危険なのだろう。
夕食時に軍が駆除して運んできた魔獣の積み替え作業が明日行われると話題になった。魔獣は駆除しても食べられるわけではなくて、研究用に回収されるそうだ。今回は短時間で発見し駆除出来て、しかも外傷少なく綺麗なまま回収できたのでこの町で輸送用に積み替える際に見学できるとのこと。
「うおおおお」
「絶対見に行きたい!」
「俺の攻撃でも倒せるかな!」
「燃やした石投げてやる!」
「レオ!ビル!静かにしなさい。椅子の上に立たないの!」
「ビルあんた魔法で遊んで壁焦がしたの忘れたの!」
二人の兄が軍が駆除した魔獣の話を聞いて二人の母に騒いで怒られている。二人とも八歳だけどいつも外で遊んでいるし、この前は庭で石を投げて的当てしてて、最終的には魔法を使い火事になりかけて物凄い怒られてた。
階段から見てたけど、よくわからない技名を叫びながら二人で濡れた石や、吹き飛ぶ泥団子、燃えた小石を投げていた。そのあとは木の棒を魔法で濡らしたものと、燃やしたものでチャンバラごっこながら振り回してたところを見つかって怒られていた。
この世界の子供の遊びは過激だ。二人とも人に向かって投げたりはしないし喧嘩になっても、二人で叩き合ってるだけだからいいけど、加減できない子とかが怒って魔法使ったなんてこともたまに聞く。子供だろうと問題を起こせば軍の人が来るのでやはり魔法というものは危険なものなのだろう。
「ノアも見に行くか?」
「うん、いく」
父が兄二人と一緒に連れて行ってくれるみたいなので、ついていくことにした。安全に魔獣がどんなものなのか見れるならいい機会だし、軍の人たちがどんな装備をしているのかも見れるかもしれないのでちょっと楽しみだ。
母達二人は見に行かないようだ、まだ目立たないけど二人とも妊娠中なので魔獣は見に行かないそうだ。見に行く人多いだろうから父から離れないように気をつけなさいと言われた。
翌日。
帽子をかぶって準備ができたので父に抱かれ軍の輸送機が置いてある広場へ向かう。父は背が高くムキムキなので目線が高くなり、いつもとは違った景色にキョロキョロしてしまう。やっぱりどの建物にも一階に窓がなく二回に玄関があり、普段は近づくと見上げるほど大きな壁のような光景が、今日はちゃんと建物の一階に見える。店などは一階部分にも扉があるがとても頑丈そうだ。
同じ方向へ向かう人たちが増えてきた。兄たち二人は走って「はやくはやく」「終わっちゃう」と待ちきれない様子だ。
こうして見るとやっぱり不思議な光景だ。道路はものすごく広くて小道でも四車線くらいの広さがあるし、車もごつく頑丈そうで大きく、そして窓が少ない。父に聞いてみれば一定以上の大きさの車は軍関係者しか持てないそうだ。さっき見た大きな車はあれでも一般用で小型の方だと。
軍の輸送機が置いてある広場が見えてきた。特に看板や屋台などといったお祭りでありそうなものは一切なく、ただ広い広場での作業を見学するだけの感じのようだ。
車輪と窓ガラスのない大きな装甲列車のようなものが三台、それよりは小さい車が一台ほど停められていて、その前に横向きで一台、形の違う窓のない大型バスくらいある装甲車のようなものが停められていた。その前に簡易的な柵で広めの作業のための空間があり、そこからもう少し離れた場所で集まった人たちが、作業をしている軍人さんを座って見学したり、立ち見していた。
三百人くらいの人たちが見学するためにいるようだ、兄たちが父に抱き上げろとせがむので足元で待機。前にいる人達が座ってくれているので背が低くても隙間から覗くことができた。見た感じまだ始まってなさそうだ。
大型の車は軍のみって聞いてたけどあの大きいのも車なのか。タイヤがあるようには見えないけど見えない位置にあるのかな?それにしても大きくて厳つい、この大きさのが通るために町の道が広かったのか。それと比べては小さい方の装甲車っぽいものもかなり大きい。
軍人の方は全身が灰色と銀色、フルフェイスで顔が見えなく、全身スーツのようなものの上に追加で防具のような装甲を付けているようだ。フルフェイスの耳の位置に出っ張りがあったり、頭頂部に出っ張りがあったり、腕と背中だけ重装甲、下半身だけ重装甲だったり個人で色々違いがあって気になる。
広場の警備をしているらしき軍人は背中に銃っぽいもの背負ってたり、メイスのようなものを持ってる人もいる。剣を持ってる軍人は一人もおらず、盾のみを持ってる軍人は数人見かける。どうやら剣と剣で戦ったり、剣と魔法で戦う感じではないようだ。
知識も無しに見て「あれはなんだろ?」と頭の中に?を浮かべながら色々見てたら三台ほどの大きな車両が広場に入ってきて作業エリアに停まった。
最初から横向きに停めてあった装甲車のようなものの後ろ部分が上にずれて開き、中から鈍く光るの箱が出てきた。高さは三メートルくらい、横は五メートルくらいの大きな金属のような見た目の箱だ、横には何か円柱のようなものが複数取り付けられ、そこから太いコードのようなものが伸び箱に刺さっている。どうやらあの装甲車のようなものが輸送機だったようだ。
金属らしきの箱の一番大きな側面が上にずれて中が見えた。
一人の軍人が見やすいようにと箱の中を明かりで照らしてくれて、それと同時に周りから息をのむ音や、驚くような声が聞こえる。さっきまで騒いでいた兄たちの声は聞こえない。
腕の数が多い茶色と黒の斑色をした大型の熊っぽい生物が、体を半分ほど水のようなものにつけられた状態で横たわっていた。
まず物凄く大きい。それに腕が見えてるだけで四本、肩の部分が大きく盛り上がっている、片方に三本と反対側の前一本が見えてる部分だ。後ろ足は二本なのかな。反対側にあるだろう腕は見えないけどたぶん腕が六本あって足は二本のものすごく大きな熊?だ
明かりで照らしてくれた軍人さんが小さな棒のようなものを握って説明を始めた。
「今回ロスポサ付近で駆除したのはコカゲグマが魔獣化したもので、カテゴリーは一、前腕の多肢型、フェーズも一のため通常のコカゲグマと同じ方法で駆除。側面からの遠距離貫通攻撃を二度実行。」
少し間をあけ同じ説明を三回ほどした後に、あとから広場に来た三台の車両から降りた人たちが軍人たちに運んできたであろう灰色の箱を三つ渡した。受け取った軍人たちは魔獣が入っている金属の箱の側面についた円柱のようなものに触れて、箱から取り出した青い物質が入った金属で上下蓋をされた透明な容器を、円柱の中のものと入れ変えていく。積み替えっていうのは、あとから来た人たちが持ってきたあの青いのが入った物のことだったようだ。
作業が終わっても途中から来た人のために三十分ほど魔獣を見える状態のままにしてくれていた。
父に抱き上げられた兄たちは最初は黙っていたが、途中で降ろされたあとは「でっけぇ」「腕が多い」などと二人で静かに盛り上がっていた。
軍人さんの説明でカテゴリーとかフェーズのような意味の言葉を聞いたけど、これがもっと進んだ段階の魔獣になった場合とかもあるんだろうか。すでにものすごく大きいんだけど想像するだけで怖い。魔獣よりも現れたら被害の大きい魔物はどれだけやばい生物なんだろう。
軽い気持ちで見に来たけどこの世界は想像以上に危ないようだ。初めて生で見た魔獣はすでに生きてはいなかったけどかなりの衝撃だった。軍人さんが魔獣を照らす明かりを消し、中が見えるように上げられていた金属側面が徐々に降ろされていき完全に閉じられた。
魔獣の入れられた金属の箱が輸送機に戻され見学が終わった。
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