2-4|転入試験①

 転入試験の前日の夜になった。この日はオーウェンも一緒に宿の食堂で夕食を食べている。オーウェンが夕食を食べながら、イリスに尋ねる。


「もう、試験前日だけど、調子はどう?」

「少し緊張するけど、魔力制御はばっちりよ。」自信満々といった様子でイリスが微笑む。「ちょっと見ててね。『凍てつく刃をわが手に』!氷剣ひけんっ!」


 イリスがくっつけたこぶしの中に魔力が集中するのがわかる。そうしてサッと拳を離すと、右手には小さなナイフ大の氷の刃ができていた。


「おお〜!こんな短時間でここまでできるなんてすごいね!俺が見込んだだけのことはあるよ。氷剣づくりの課題は合格だね!」

「やった!でも、模擬戦でうまく立ち回れるか心配だわ…。」


 魔法を見せたときとは違い、イリスが不安そうな表情をする。オーウェンは気にすることはないという風にイリスを励ます。


「大丈夫!模擬戦はこの五日間、俺とさんざんやったじゃないか。」オーウェンは人差し指を突き出す。「そもそも模擬戦の試験は勝ち負けじゃなくて、これからの成長の伸びしろを見る試験なんだから、稽古通りやれば大丈夫さ。」

「そう、かしら…、いや、そうよね!ここで暗くなっちゃだめよね!」

「そう、その息だ!明日に備えてたらふく食うんだぞ!」


 夕食を食べ終わったイリスは、合格をもらった氷剣の課題に再び取り組んでいた。五日間という短い間だったが、なんとなくルーティンのようになっていたのだ。


 明日は良い結果になる気がする。そんな漠然とした思いを胸に、床に就くのだった。



 そして、転入試験当日がやってきた。


 当日も、五日間のうちに日課になった、砂浜までのランニングと1時間の基本の型の練習をしてから魔剣士学園に向かった。魔剣士学園に到着したのは午前10時ごろ。天気は快晴。イリスを応援しているかのような良く晴れた日になった。


 二人は校長室へ向かった。オーウェンが両開きの校長室のドアをノックする。


「失礼します、オーウェンです。イリスを連れてきました。入ってもよろしいでしょうか?」


 一瞬の沈黙があった後、中から芯の通ったはっきりとしたデボラ校長の声が聞こえてきた。


「入りなさい。」


 二人が部屋に入ると、部屋の奥にある机の向こうに、デボラ校長が顔の前で手を組んで座っていた。その隣には戦闘訓練用の装いをした侍女が立っている。


「失礼します。」

「失礼します。」


 イリスとオーウェンは軽く頭を下げる。デボラ校長が観察するように二人を眺める。そして、デボラ校長が口を開いた。


「イリス、五日間の猶予期間を与えましたが、剣術を扱うことができるようになりましたか?」

「…いえ。まだ不安要素だらけです。オーウェンから基本の型を教えてもらっただけなので、十全に扱えるようになったわけではありません。」


 デボラ校長の問いに、イリスは一瞬迷ったものの正直に自分の気持ちを述べる。その答えに、デボラ校長は立ち上がり、口角をあげてうなずく。


「良いでしょう。自分の実力をよくわかっています。それではこれから試験を始めましょう。イリス、ミア、オーウェン。第3闘技場へ向かいましょう。」


 第3闘技場以外は講義で使用中なので、4人は第3闘技場へ向かう。その道中では、誰も一言も言葉を発さずに静かに歩いた。


 第3闘技場に着くと、すぐにバトルフィールドへ行き、イリスと校長付侍女のミアは戦闘配置につく。オーウェンがどこかから練習用の木剣を二本持ってくると、イリスとミアにそれを手渡した。


 オーウェンとデボラ校長が横に並んでフィールドの外に立つと、デボラ校長はルール説明を始めた。


「ルールは魔法の使用を可能とする形式とします。どちらかが戦闘不能になるか、こちらで瀕死の攻撃を受けたと判断した時点で終了とします。もし、両者のいずれかの命に危険があると判断した場合は、私とオーウェンが止めに入ります。そうなった場合も模擬戦は終了とします。お二人とも、準備はよろしいですか?」


 イリスとミアは校長の方を見てうなずく。そしてイリスは中段に、ミアは下段に木剣を構える。


「それでは…始め!!」


 デボラ校長の合図と同時に動き出したのはミアだった。ミアは下段に剣を構えたままイリスに迫る。イリスはミアの様子を観察し、少し前に出る。


 ミアは下段から剣を左上に切り上げる。イリスはその切り上げを剣身で左に逸らしながら半身はんみになり、攻撃を逸らしたことで上がった剣を振り下ろすようにしてミアを切り付ける。ミアは自分の攻撃がらされたのを見てとっさに距離をとったため、イリスの攻撃は当たらなかった。


 ミアが再び仕掛ける。今度は右から左に剣をいだ。飛び退いたミアを見てイリスは後ろに回避する。回避する前にイリスがいたところをミアの剣が通り過ぎる。


 イリスは、ミアの右手が剣から離れたところを見逃さなかった。無防備になったミアの右半身を攻撃するために、イリスは剣を振りかぶる。しかし、剣を振り下ろそうとした瞬間、ミアの周りに突風が吹きイリスはその突風に吹き飛ばされて、距離を離されてしまった。


 ミアは風の魔法を使ってイリスから距離を取ったのだ。


「あと少しで攻撃を当てられたのに…!」


 イリスは歯噛みする。


 模擬戦は振出しに戻った。

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