2-3|転入試験に向けて
翌朝、イリスは鎧に着替えてオーウェンが到着するのを待っている。昨夜は早く寝たため、早起きをすることができたのだ!
イリスがオーウェンを待っていると、オーウェンが走ってやってくるのが見える。
「オーウェン、遅いわ!早く来なさい!」
イリスが両手で口を囲って、声が遠くまで聞こえるようにする。オーウェンは少し驚いたような表情をして、走る足を速めた。
「おはよう、今日は早いんだね、イリス。」
「おはよう、オーウェン。“今日は”はいらないんじゃないかしら?」
軽くあいさつをしたオーウェンに、イリスはむっとした表情で返す。
「あはは。そうだね。それじゃあ行こうか。俺がいつも走り込みをしている砂浜へ。」
オーウェンは、いつものランニングコースの終着点である砂浜でイリスに剣の稽古をつけるようだ。
「それじゃあ、遅れないようにしっかり付いて来てね。」
オーウェンはそういうと、宿屋の前の道を走り始めた。イリスも置いて行かれないように追いかけて走る。宿屋から砂浜までは、走るとおよそ20分くらいだろうか。
5分ほど走ると、イリスが良き
「そろそろ、ハァハァ…、休憩、しない?…あなたも…、疲れて、ハァハァ…、いるでしょう?」
オーウェンは全く疲れを見せずに振り返って応える。
「もう疲れたのかい?俺は全然平気だけど、イリスにはこの距離を走るのは辛いか。」
イリスはオーウェンの言葉を、自分にはできるけどキミにはできないか、という嫌味に捉えてしまったらしい。イリスは悲鳴を上げつつある体に
「ま、まだ疲れて…、ないわよ!まだ、走り続け…られるわ。」
「そっか、辛くなったら言ってくれよ?」
オーウェンは振り返らずに返事をする。
その1分後、イリスは宣言虚しく、道端にへたり込んでしまった。その後も走ったりへたり込んだりしながら砂浜を目指し、イリスとオーウェンが砂浜に到着する頃には、宿屋を出てから40分ほど時間が経っていた。
「つ、疲れたわ。もう動けない…!」
イリスが、ペタンと砂浜に座り込みんでぜえぜえと荒い呼吸をしながら弱音を吐く。
「もう動けない、って、まだ剣の練習始まってすらないんだけど?」
オーウェンがあきれたように肩をすくめる。
「でもまあ、最初からこの距離を走るのはきついよな。俺も最初は走る距離はだいたいこの4分の1くらいだったもんな。徐々に慣れていけば良いよ。」
オーウェンは昔を思い出すように付け加えた。
「じゃあ、あと10分休憩したら剣の稽古を始めようか。」
オーウェンの提案により、10分休憩すると、イリスの呼吸も元の規則正しいものに戻り、ある程度運動ができるくらいには体力も回復したようだ。
「よし、それじゃあこれで休憩おしまい!それじゃあ稽古をはじめようか。」
「わかったわ。でも、剣はどこにあるの?」
「剣を持ってくると重くなっちゃうから、氷の魔法で作るんだよ。終わったら海に流すなりすれば良いしね。」
オーウェンはそういうと、両手の拳をくっつけて詠唱する。
「『凍てつく刃をわが手に』
拳同士を地面と平行に離すと、そこには氷でできた長剣が現れた。先の盗賊との戦いのときにも使った剣だ。
「イリスもやってごらんよ。」
イリスもオーウェンの動きを真似て両手の拳を胸の前でくっつける。
「『凍てつく刃をわが手に』氷剣!」
拳を離していくと、イリスの手が通った空間にパキパキと音を鳴らしながら、氷剣が現れる。
「できたわ!」
「いや、まだだ!集中して!」
「へ?」
オーウェンの忠告は少し遅かった。イリスが作っていた氷剣が途中でバキッと音を立てて折れ、そこから飛び出てくるようにたくさんの柱状の氷が広がった。
「きゃぁっ!?」
イリスが思わず作っていた剣を放るようにして手を離すと、そこには不格好にたくさんの氷柱が途中から突き出た氷の塊が落ちていた。
「できるまで集中していないと、こういうことになるから気を付けてね、イリス?」
「わ、わかったわ。もう一度やってみるわね。」
そう言って、拳を胸の前に構え、再び詠唱し、氷剣を作っていく。最後まで気を抜かずに集中して剣を作ったので、途中から折れてしまうことはなかった。今度はオーウェンのものと似たような剣を作ることができた。
「これでオッケーだね。それじゃあ始めようか。まずは構え方から…」
オーウェンを師としてイリスの剣の稽古が始まった。
オーウェンは自分の流派の剣術の基本をイリスに叩き込んだ。剣の構え方から基本の型までを一日目にしっかりと叩き込んだのである。
オーウェンが使う剣術の流派は「ベイリー派」と呼ばれる剣術流派で、その剣術はベイリー家の家系に連なる者にしか伝授してはならない、という掟がある。
オーウェンは母親がベイリー家の出身であるため、ベイリー家の家系に連なる者として、ベイリー派の剣術を習うことが許されたのである。
オーウェン自身は「家系に連なる者」しか伝授してはならない、という掟に疑問を持っているために、こうしてイリスに一家秘伝の剣術を教えているのだ。オーウェンは流派の発展には
ベイリー派の剣術の特徴は、手数の多さにある。基本とされる五つの型はそれぞれが他の技へとつなげられるようにできていて、一度攻撃を始めると、敵の攻撃を防ぎつつ流れるように連撃を繰り出すことができるのだ。
他の流派の剣術は一つ一つの型が独立しているため、一度攻撃すると、もう一度攻撃するのにわずかに次の型につなげるための時間が生じる。そのため、ベイリー派は他の流派のものと戦うときは、戦いが長引けば長引くほど手数の多さで有利になることができる流派なのだ。
イリスとオーウェンとの稽古は主に実戦形式で行われた。基本の5つの型を教えた後は、ひたすら実戦形式でその型を体に叩き込んだ。
先に説明したベイリー派剣術の特性により、イリスは最初の方はオーウェンの手数の多さに苦戦していたが、徐々にベイリー派の剣術に慣れてくると、実力が拮抗するようになった。
実のところはオーウェンが大きく手加減しているのもあるのだが、それはイリスの知るところではない。
そして、一日目の夕方にその日の稽古が終わると、オーウェンは、魔力制御ができないと魔法を扱いながら剣を振るのは難しいだろう、という理由で、イリスに試験の日までにナイフ大の氷剣を作るように課題を出したのだった。
大きく作ることができるのなら後は膨大な魔力を制御して剣の長さを小さくしていけば良い。イリスは宿に帰り夕食を摂ると、寝る前に氷剣を50本作るのであった。イリスは意外と努力家なのである。
2日目以降は1日目と同様に基本の型を1時間ほど練習した後、午前中は剣だけで模擬戦をし、午後は魔法も使っての模擬戦をした。
そのようにして
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