1-6|学園への誘い
翌日、イリスはオーウェンの声によって起こされた。
「おーい、今日も記憶喪失か?イリス、起きてくれ!もう昼だぞ!」
「あと5分だけ〜…。」
イリスは布団を抱きしめてむにゃむにゃと夢の世界に入り浸っている。
「イリス!早く起きてくれないと、これからのことが話し合えないじゃないか!」
「うぅん…。はっっ!?」
そこでようやくイリスはオーウェンが部屋にいることに気がついてガバッと体を起こした。
「ちょっと!寝ている女の子の部屋に入ってくるなんて非常識よ!」
「大丈夫だ。俺は何もしてないから。それに服も昨日別れた時のままだろ?」
「そういう問題じゃなくて〜!」
ぷく〜と膨れるイリスを傍目に、オーウェンが本題に移る。
「ハァ。これからのことを話そうって言って昨日別れただろ?何事も早い方が良い。」
そう言って、オーウェンは部屋を出て行こうとしながら言った。
「朝ごはんがまだだろ?まあ、もう昼だけど。ロビーの横にある食堂で待ってるから、身支度して食堂に来てくれ。」
オーウェンは扉を閉めていってしまった。残されたイリスはというと…
「もう!デリカシーのない人なんだから…!」
特に着替える服なども持っていないので、簡単にベッドを直したり服の乱れを直したりした後、部屋を出てオーウェンが待つ食堂へ向かった。
昼時は使う人が少ないのか、食堂にいる人は割と少なかった。
「オーウェン、来たわよ。」
「やあ、イリス。やっと起きてきてくれたんだね。食事はもう注文しておいたから、話を始めようか。」
オーウェンはそういうと、居住まいを正す。
「さて、イリス。キミはどこから流れてきたのか、どこへ行こうとしていたのかがわからないと言っていたね。ということは行くあても、帰るあても無いわけだ。」
「そうね。」
オーウェンが言うことは正しいので、イリスは同意する。その言葉にオーウェンはうんうんと満足そうに頷き、言葉を継いだ。
「そこで、だ。キミの魔力量の多さを見込んで、俺が校長に掛け合って、魔剣士学園の転入試験を受けてもらおうと思う。」
「は?」
イリスは、オーウェンの口から飛び出たまさかの申し出に、呆けた声を出した。
「もしキミが魔剣士学園に入学することができれば、これからは寮生活もできるから、宿を探す心配もいらない。」
「でも…」
そう、でも、だ。イリスは早く記憶を失ってしまった故郷のことを知りたいのだ。イリスは、魔剣士学園にとどまるよりも旅をしながらの方が、故郷のことを思い出せる可能性が上がるのではないかと考えた。
しかし、それを見透かすかのようにオーウェンがイリスに言う。
「もしかすると、いや、もしかしなくてもキミは旅をしながらでも故郷を探す、と言うかもしれない。でも、その間の旅費はどうするんだい?キミは何も持っていないんだろう?」
「確かに…あなたの言う通りだわ。」
そう。オーウェンの言う通り、イリスは輸送船の遭難事故により一文無しなのだ。
「じゃあ、なぜ魔剣師学園に?」
「魔剣士学園はこの学園都市スカラロポリスの中でも1、2を争う大きな学校だ。そんな学校だから、集まってくる情報も多い。闇雲に探すよりはある程度当てをつけておいた方が探すのが楽になるんじゃないかな?」
「オーウェンの言うことはもっともだわ。でも、魔剣士学園に入学するように誘導されているような気がするんだけれど…」
オーウェンが言うことはもっともだが、イリスにとって良いことがありすぎる。オーウェンは自分を使って何かを企んでいるようにも思えてしまう。
「ハハッ。イリスは疑り深くて良いね。俺はイリスのためを思って言ってもいるし、学園のためを思っても言っている。キミくらい魔力量が大きい人が魔剣士学園に入れば、学園の色々な研究も進むんじゃないかと思ってね。」
裏のなさそうなオーウェンの態度にイリスは、はぁ、とため息を吐いた。
「わかったわ。魔剣士学園の転入試験を受けるわ。でも、私勉強はできないわよ?」
「大丈夫。学園の転入試験には筆記の試験は無いんだ。完全に己の実力次第だね。文字の読み書きができればそれで良い。文字の読み書きはできるかい?」
「ええ。できるわ。」
「ならよし。それじゃあ早速、校長先生に会いに行こうか!」
良い返事を聞いた、と満足げな顔をしてオーウェンはイリスの腕を引っ張って外へ出ていこうとする。しかしイリスは掴まれた腕をぐいっと自分の方へ戻した。オーウェンがどうしたのか、と不思議がるようすでイリスの方を振り向く。
「ちょっと待って!私まだ朝ごはん食べてないわ!!」
「あ!そうだったね。」
「お待たせいたしました。ご注文いただいたお食事でございます。」
「あ、ありがとう。」
イリスは恥ずかしいところを見られてしまったというような顔で、小さくお礼を言った。
イリスとオーウェンは届いた料理をそれはそれは美味しそうに食べた。それを見ていた別の客が追加で注文したので、彼女らの知らないところで、この食堂の売り上げに少し貢献したのだった。
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