1-5|オーウェンの宝物
イリスとオーウェンはほどなくしてやってきた騎士団に、盗賊を引き渡して、騎士団から軽く事情聴取を受けた。騎士団は盗賊たちを、触れてはいけないものに触れてしまったのだね、という同情の目線で見ていた。
騎士団から解放されたときには、空には茜色の夕焼けと群青の夜の空が混じりあう時間になっていた。
「それじゃあ、急いで宿屋に向かおうか。」
「よろしくね。」
イリスとオーウェンは宿屋までの道を歩き出した。
宿屋までの道を歩いている途中で、イリスがふと思い出したようにオーウェンに尋ねる。
「そういえば、さっきのペンダント。どこで手に入れたのかまっだ聞いてなかったわ。」
「そうだったね。それじゃあ宿屋に向かいながらその話をしようか。」
オーウェンはそう言うと、少し顔を上げ、何かを思い出すような表情になった。
「このペンダントを手に入れたのは魔剣士学園に入ってすぐのことだった。1年の春だね。」
オーウェンは一呼吸置くと、そのまま言葉を続ける。
「ある日、講義の教室を移動していた時にね、用務員さんが学内の不良にたかられていたんだ。それを見て、助けなきゃ、って思ってね。用務員さんと不良との間に割って入ったんだ。」
「へえ、オーウェンはすごい勇気があるのね。」
イリスが感心したようにそう言うと、オーウェンは苦笑いしてイリスの方を見て返答する。
「いや、勇気があるというよりは体が勝手に動いたって感じだったかな。そのときは、不良を相手にして脚が少し震えていたからね。」
オーウェンは再び何かを思い出すような表情になる。口の端が少し上がっている。
「そしてそのあと、俺はその不良たちにボコボコにされたんだ。」
「えっ!?あんなに強かったのに!?」
イリスは直接戦闘を見ていなかったが、自分は無傷で、盗賊の一人を蹴りの一撃だけで沈めたということを事情聴取の時に聞いていたので、オーウェンが負けたという事実に驚きを隠せないようだった。
「ああ。でも、ただボコボコにされていたわけじゃない。用務員さんを守るように何回も何回も立ち上がった。何回やられても何回も立ち上がった。それがおもしろくなかったんだろうね。不良たちは俺を見て気味が悪そうにしながらどこかに行ってしまったんだよ。」
少し上を向いていたオーウェンは無意識に頬をさすりながら、地面に目を向けていた。
「不良がどこかに行ってしまったことで緊張の糸が切れたんだろうね。俺はそこで気を失ってしまったんだ。次に気が付いた時は医務室のベッドの上だったな。」
再び、オーウェンは懐かしいものを思い出すように空を見上げる。
「医務室までは、俺が助けた用務員さんが運んでくれたんだ。ベッドの横で、俺が快復するのをずっと待っていてくれたんだ。このペンダントは、用務員さんがお礼として俺にくれたんだ。その時にペンダントと一緒にくれた言葉が、それ以降の俺をずっと動かしている。」
オーウェンは、イリスの方に向きなおって、真剣な表情で、しかし穏やかな表情で次の言葉をつづけた。
「『助けてくれてありがとう。お礼にこのペンダントを君に預けよう。これはこれからの君の活躍を見守ってくれるお守りだ。絶対に手放してはならないよ。』ってね。さらにこんなことも言ってくれた。」
オーウェンは再び空を見上げた。イリスからは表情はあまり見えなかったが、口の端は笑っているのがわかる。
「『君は将来必ず強くなれる。今回そうしたみたいに、自分が守りたいと思うものを守り通せるように、その力を振るいなさい。』この言葉は、それ以降の魔剣士としての力をどう使っていくかを俺の中で決定しているんだ。」
「素敵な言葉だね。守りたいと思うものを守り通せるように…か…。」
オーウェンはペンダントを服の上から触った。
「それから俺は、今まで以上に魔剣士としての鍛錬に励むようになった。そして、このペンダントと用務員さんがくれた言葉は、俺にとっての宝物になった。と、まあ。これがペンダントを手に入れた経緯かな。退屈だった?」
オーウェンは穏やかに微笑んだままイリスを見て尋ねる。イリスははかぶりを振って答えた。
「いいえ、退屈じゃなかったわ。あなたの人となりが知れて良かった。あれだけ強いんだもの、きっとその事件の後、ものすごい努力をしたんでしょうね。」
「ハハハ。そう言ってくれるのはうれしいな。ありがとう。」
話し終えたオーウェンがすっと路地の先を指さす。歩いてきた裏路地はもう終わろうとしていた。
「ここが知り合いの宿屋だ。俺の話に付き合ってくれてありがとう。」
「いいえ、大したことじゃないわ。あなたの昔話、楽しかったわよ。」
「そっか、それは良かった。」
オーウェンは宿屋の亭主と知り合いだった。宿屋に泊まる簡単な手続きを行った後、イリスを部屋へ案内した。
「ここがイリスの部屋だね。お金は俺が払っておくから、気にせずに使ってくれ。一応五日間で宿をとってあるから。今日は疲れただろうから、また明日これからのことについて話そう。おやすみ、イリス。」
「ええ、おやすみ、オーウェン。」
イリスはベッドに寝転んで今日あったことを反芻していた。オーウェンと魔剣士学園を回ったこと、スカラロポリスを回ったこと、魔法を使って盗賊を討伐したこと、オーウェンがペンダントを手に入れた経緯。どれも刺激的な経験で、大切な思い出になるだろうと感じられた。
そんなことを考えているうちに強烈な睡魔に襲われたイリスは、その眠気に抗うことはせず、すやすやと規則正しい呼吸をして、深い眠りについた。
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