1-4|路地裏にて

「おい、俺のペンダントを返せ!それは俺の宝物なんだ!」


 路地裏にオーウェンの叫び声が響く。ペンダントを盗んだローブの男はその叫びを無視して走り続けている。

 ローブの男はさらに加速するために魔法で身体強化を行った。


「…身体強化…!」

「っ!?身体強化!!」


 ローブの男はほとんど聞こえない程度にしか詠唱を行わないので、オーウェンが加速するのにワンテンポ遅れてしまい、若干距離を離されてしまう。


「ちょっと!待って!」


 イリスは魔法で身体強化ができることを知らなかったので、数瞬加速できないまま二人の後を追いかける。二人が詠唱していたように、イリスも簡単に詠唱する。


「身体強化!…これで良いのかしら?」


 イリスは一旦立ち止まって詠唱をし、走り出そうとする。しかし、イリスは忘れていた。魔力量が多いほど魔法の効果が大きくなることを。


 イリスは今まで走るのと同じように地面を蹴った。イリスの足が、石畳の路地裏の道を蹴った勢いで少し削った。イリスは今までに感じたことのない強い衝撃を足で感じた後、自分が今までにないくらいのスピードで走っていることに気が付いた。


「うわわわわ…!!!」


 かなり離されていた盗人とオーウェンとの距離も、ほんの数秒で縮まった。

 盗人は一瞬後ろを確認しようとして振り向いたのだが、イリスの猛スピードの追い上げにギョッとして、路地を曲がった。オーウェンは進路変更に対応できたが、イリスはそうはいかない。目の前で進路変更を確認したその瞬間には、追っていかなければならない路地は目の前に来ていた。


 イリスは脚で急ブレーキをかけた。強化されている体で急ブレーキをかけたため、石畳がガリガリという音を立てて削れ、石畳の下になっている地面が丸見えになっている。


「ちょっと…ハァハァ…待って……!身体強化は…解除したほうが…良いわね…。」


 イリスは身体強化を解除すると、盗人とオーウェンが走っていった路地へと二人を追いかけていった。



 さて、イリスを置いてけぼりにした二人はというと、まるでどこか行き先があるように路地を複数回曲がった後、路地の行き止まりにたどり着いた。


「おい、もう逃げ場はないぞ。俺のペンダントを返してくれ。」


 オーウェンがそう切りだすと、盗人はにやにやと下卑た笑いを浮かべた。


「誰の逃げ場がないんだって?へへっ、笑わせるなよ。」


 盗人はようやく他人に聞こえるような音量の声を出すと、今自分たちが走ってきた方の路地を見てオーウェンを嗤った。今走ってきた路地には、盗人と同様に下卑た笑いを浮かべ、ナイフを手に持った汚い男たちが5,6人オーウェンの背後を陣取っていた。


「ここがお前たちの根城か。」

「そうだぜ?まあ、お前はこれから死ぬんだからどうでも良いだろう?」

 そういうと、盗人も同様にナイフを取り出した。

「このペンダントは俺が使うからよ、お前は死んでくれや。」

「まあ、話にならないな。お前らなんかに本気を出すほどじゃないんだ。『凍てつく刃をわが手に!氷剣ひけん!』」


 オーウェンが握りこぶしを合わせた後、詠唱しながら握りこぶしを離すように地面と平行に動かすと、オーウェンの手には、氷でできた長剣が握られていた。


「こいつ、魔剣士か?まあ、良い。野郎ども、やっちまえ!」


 盗人が路地の向こうの仲間に指示を出す。それと同時にオーウェンに向かってナイフを突き出す。オーウェンはそれを氷剣の刃で受け流しながら一気に盗人との間を詰める。そして、盗人の腹に蹴りを入れる。吹き飛ばされた盗人は、路地裏に置いてあった荷物に頭をぶつけ、そのまま気絶してしまった。


 それらの攻防はほぼ一瞬のうちに起こった。盗人の仲間たちは一瞬何が起こったのかわからない様だったが、すぐに状況を理解し、オーウェンへ一斉に向かってきた。


「貴様、よくもお頭を!」

「俺がお頭の仇を取ってやる!」


 盗人の仲間たちが向かってくるので、オーウェンも氷剣を構える。しかし、彼らがオーウェンの目の前に来ることはなかった。


「『風よ、吹き荒れよ!旋風つむじかぜ』っ!!」


 何とか追いついたイリスが、風の魔法を詠唱する。盗賊たちは足元に急に現れた旋風にさらわれて、屋根の高さを少し超えるほどの高さまで巻き上げられてしまった。


「「「ぎゃああああああ…!!!」」」

「あら、ちょっとやりすぎちゃったかしら?」


 旋風が収まると、巻き上げられていた盗賊たちは地面に落ちてきた。死んだ者はいなかったみたいだが、腕や脚が曲がってはいけない方向に曲がってしまっている者はいた。意図していなかった空の旅がよっぽど怖かったのか、旋風で巻き上げられた盗賊全員が気絶していた。


「イリス、これくらいやりすぎじゃないよ。相手は武装した犯罪者だしね。無力化しないと、攻撃されるのは俺たちだからね。」

「そうね。」



 その後、オーウェンは何やら魔道具のようなもので誰かと連絡を取った。


「保安騎士団の人たちが来てくれるみたいだよ。盗まれたペンダントも帰ってきたしこれで一件落着だね。」

「きれいなペンダントだね。どこで手に入れたの?」

「でしょ?これは俺が1年の時にある人にもらったんだ。」

「その時の話、聞かせてよ。」

「良いよ。でも、その前に騎士団の人たちが運びやすいように、路地の方にこの盗賊たちを運んじゃおうか。」

「そうね。」


 イリスとオーウェンは保安騎士団が盗賊たちの身柄を確保しに来るまでの間、事故の後処理をすることにした。

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